軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第291話:聖神薬

「天網恢恢疎にして漏らさず。どれほど巧妙に人々の目を欺こうとも、光の女神イリガミットに仕えるこの私の目を欺くことはできないわっ!」

憤懣やる方ない顔で、エヴァリーナはユウを指差す。一方のユウはどこか驚いた表情で、エヴァリーナの顔を見つめていた。

「なにをジロジロと、人の顔を見ているのですか」

「頭に葉っぱがついてるよ」

少年の指摘に、エヴァリーナは慌てて頭やローブについている葉っぱを払う。

「あっ、きのうのうそつきのおねえちゃんだぁ」

「ほんとだ! うそつきのおねえちゃんだ」

「うそつき、うそつきー」

「わ、私が嘘つきっ!?」

子供たちに嘘つき呼ばわりされて、エヴァリーナの端正な顔立ちが引きつる。

「なんだ。コソコソと盗み聞きするだけじゃなく、嘘もつくのか」

「ふぎっ……」

ユウの挑発を受け、さらに引きつるエヴァリーナの顔は、淑女がしていいものではなかった。

「それにわたしたちのことをかわいそうだって」

「ぼくたちはおやにみすてられて、かわいそうだっていった」

「親に見捨てられたお前らが可哀想だって? あははっ」

「あなたはなにが可笑しいのですかっ!」

「くだらない。親がいないほうがいいことだってあるんだ」

「わたしたち、かわいそうじゃない?」

「ああ」

「おかあさんもおとうさんもいないのに?」

「そんなこと大して気にするようなことじゃないな。むしろ運がいいかもしれない」

ユウの言葉にエヴァリーナは絶句するのだが、そしてすぐさま顔を真っ赤にすると。

「あ、あな、あなたっ! 子供たちになんて残酷な言葉をっ!!」

ユウに突っかかろうとしたそのとき、エヴァリーナの全身が鉛にでもなったかのように重くなる。

「不用意にご主人様へ近づかないでいただけますか?」

エヴァリーナが草むらに潜んでいたことなど、ユウやマリファには最初から気づかれていたのだ。マリファはエヴァリーナがなにか行動を起こせばすぐにでも対処できるよう、一匹で約八十キロもあるオスミウム虫を、エヴァリーナの周囲に潜ませていたのだ。

だが――

「あら、どうかしまして?」

何事もなかったかのように、エヴァリーナは歩みを再開する。足に纏わりつくオスミウム虫の重さを、白魔法第5位階『レヴィテーション』で無効化したのだ。

「先ほどの言葉を取り消していただけるかしら?」

ユウの前に出て壁になろうとするマリファを、ユウは手で制す。

「先ほどのって?」

「とぼけないでください。子供たちに向かって残酷な言葉を言ったではないですか」

「残酷な言葉? どこが残酷なんだよ」

「親に見放された可哀想な子たちに向かって、親がいなくて運がいいなどとっ。よくもぬけぬけと、そのような残酷なことを言えたものですわね!」

「事実だからな。そこにいるリリは、親に捨てられただけだからまだマシなほうだ。そっちのルッカは酒癖の悪い父親に毎日殴られて、血だらけで道に転がっているところをシスターが保護しなけりゃ今頃は死んでたろうな。俺の後ろに隠れてるロコは、親から客を――男の相手をしろって言われてたんだぞ。ロコはまだ六歳だ。意味もわからず親に言われるまま、男の部屋に行くところを娼館の女たちが拾ったんだ」

エヴァリーナがロコを見ると、ロコは慌ててユウの後ろへ姿を隠してしまう。

「他のガキ共も似たようなものだ。親に売られたり、虐待を受けて逃げ出したりな。これでもお前は、こいつらに親がいたほうが幸せだって言うのか? まさかすべての親は子供を愛しているなんて、嘘をつくんじゃないだろうな」

「す……好きで子供を手放す親などいません。きっと理由があって、それに神はときに試練を与えます。今は辛いでしょうが、きっとあなたたちなら――」

「舐めたこと抜かすなよ。試練だ? 試練は与えられるものじゃない。自分で受け入れるものだ。この右も左もわからないガキ共が、いつ試練を受け入れるって言った。お前は他の町にあるスラム街を見たことがないのか? 泣き喚くことしかできない赤子が、道端で死んでいるのを見たことは?」

エヴァリーナはなにも言えなかった。スラム街に一歩足を踏み入れれば、 女子供(おんなこども) 、老人に続いて多いのが赤子の遺体である。

「なにもできない赤子にまで試練を与えるのが、神って奴の役目なのか?」

「かっ、神とて全知全能ではありません……」

「ならその神とやらに言っとけ。役にも立たないくせに出しゃばるなってな。なんなら連れてきてもいいぞ。俺がぶっ殺してやる」

「なんて不遜なっ。天罰が下りますよ」

「天罰を下す余裕があるなら、ガキ共を救ってみせろ。それなら無能な神を少しは敬ってもいいぞ」

「あなたがどうしてそれほどまでに神を嫌っているのかは知りませんし、興味もありませんが、偽りの話をなにも知らない子供たちにするのはやめなさいっ」

「偽りの話? いつ俺が嘘をついた。嘘つきなのはお前だろうが」

「とぼけるつもりですか? 私は隠れてあなたの話を聞いていました。最初から偽りだらけではないですかっ」

マリファやナマリに子供たちは驚いていた。こんなに感情的になって、それも少女を相手に言い争うユウの姿など見たことがなかったのだ。

「あなたは異端者です。偽りの話を子供たちに吹き込み、なにが目的なのですか?」

「俺は自分で調べて、その結果から答えを導き出して話している。もちろん、お前らクズ共が自分たちの都合のいい歴史を創作して話している内容も合わせてな。ああ、それでか」

「なにがでしょうか」

エヴァリーナは、すでにユウへの敵意を隠さず剥き出しにしている。

「俺がお前らクズ共の嘘をばらしたから怒ってるんだろ。でもどれのことだろうな。人族の国々が、すべての罪を黒き聖女に擦りつけたことか? 弱いのをいいことに、モノとの戦いを他種族に押しつけて、後方からただ眺めていただけのことか? それとも自作自演で人族の国を滅ぼしておいて、獣人族を嵌めたことか?」

「すべてですっ! あなたの言うことはなにからなにまですべて偽りだらけではないですかっ!!」

「俺が嘘つきで、お前が嘘をついていないって、どこで判断するんだよ」

「私は光の女神イリガミットに仕えるシスターです」

そこには自らの言葉に、行いに、一転の曇りもないと信じて疑わないエヴァリーナの姿があった。そのエヴァリーナをユウは鼻で笑い飛ばす。

「イリガミット教のシスターだからなんなんだよ? お前の根拠のない自信は、まさかイリガミット教が教義で説いているから嘘じゃないなんて、お粗末な内容じゃないだろうな?」

「私が嘘を言っているとでも?」

「お前のどこを信じろっていうんだよ」

「私はイリガミット教の聖――」

そこまで言いかけて、エヴァリーナは言葉を飲み込んだ。自らの地位をひけらかすなど、ましてやその地位を利用して相手を言い負かすことなど、エヴァリーナがもっとも嫌う行為であったからだ。

「いいでしょう。一旦、あなたを異端者呼ばわりした言葉を取り消します」

「別に取り消さなくてもいい。嘘つきになにを言われようが、俺は気にもしない」

「ふぎっ……」

一瞬、取り繕っていたエヴァリーナの表情が崩れる。

「あなたとは歴史や宗教について、話し合う必要がありそうですね」

「千年以上も人を騙すことや、言い負かすことばかり考えている連中と話し合っても時間の無駄だな」

「おほほっ。そう嫌がることはありませんよ。私が直々に、たっぷりと時間をかけて、あなたの性根を正してあげましょう。どのような人生を歩んでくれば、それほどまでに歪んだ人格を形成するのか、興味があります」

「俺はお前に興味が一切湧かないな。それよりもどうしてか、さっきからお前を見ているとムカムカしてくる」

「まあ、私も同意見ですわ。私たち、気が合うのかもしれませんわね」

「おほほっ」と口に手を当てて笑うエヴァリーナの目は笑っていない。

「うわ~ん。ユウにいちゃん、ケンカしないで~」

緊迫する雰囲気に耐えられなくなった子供の一人が、ついに泣き出してしまう。

「まあ、男の子が簡単に泣いてはいけませんよ」

「だって~」

「あなた……足が」

泣き出した男の子は右足を引きずっていた。

「ひっく……うん。ぼく、なかないよ。これ? うまれつきなんだ」

「私が見ましょう」

「余計なことをするな」

「私は白魔法だけでなく、神聖魔法も使えます」

ユウの言葉を無視して、エヴァリーナは男の子の足に触れる。淡い光が男の子の右足を包み込むのだが。

「もう一度」

再度、さらに高位の神聖魔法を発動するエヴァリーナであったが。

「だいじょうぶだよ。なおらないんでしょ? ぼく、しってるから。でもね、ユウにいちゃんがいつかなおしてくれるんだ! やくそくしたもんね!」

無邪気にエヴァリーナへ向かって笑う男の子、その笑顔は逆にエヴァリーナの心を大きく傷つけた。

エヴァリーナは懐のアイテムポーチから、一つの小さな瓶を取り出す。見ようによっては、赤にも青にも黒色にも見える液体で満たされた小瓶、それはくれぐれも有力者だけにしか配布してはいけないと、とても貴重な 材料(・・) で創られていると、アンジェリカから何度も注意を受けている聖神薬であった。

「これを使えば――痛っ……な、なにをするのです」

エヴァリーナの手を、聖神薬の入った小瓶を持つ右手の手首をユウが握り締めていた。ユウの腕力で握り締められたエヴァリーナの右手首の先が、見る見る血の気を失せて白から紫色に変色していく。

「その塵を使ってみろ。殺すぞ」

ぞっとするような眼であった。どんな相手であろうが、一歩も引いたことのないエヴァリーナが、思わず身体が震えてしまうほどに、それほど 憎悪(・・) の篭った眼であった。

「こ、これを使えば、この子の足を治すことができるのですよ」

「この町にその塵をばら撒いてみろ。お前だけでなく他の連中も皆殺しにしてやる」

ユウが手首の拘束を解くと、エヴァリーナはユウを睨みつけながら手首を擦る。

「なにか勘違いをしているようですね。これは名を聖神薬といい。聖国ジャーダルクの技術の粋を集めて創られた、神聖で貴重な薬なのですよ」

「神聖な薬? なにが材料かわかっていて、言っているのか?」

すぐにエヴァリーナはユウに言い返すことができなかった。エヴァリーナ自身も聖神薬の材料がなにかを知らされていない。材料どころか、製法すら知ろうと思ったことがなかったのだ。知っているのは、どんな傷や病気ですら治すことのできる奇跡の薬とだけである。

「ヒルフェ収容所」

なぜわざわざそんなことを言ったのかは、ユウ自身も理解できなかった。ただ、無性にエヴァリーナを見ていると苛立つのだ。なにも知らないで、自身の行動に一切の疑いを持たぬ姿に。

ユウは自分でも気づかぬうちに、ある老婆の姿をエヴァリーナに重ね合わせていた。

「聖国ジャーダルクが誇る、思想教育の施設がどうしたというのですか」

「そこを調べれば、その塵についてわかる。お前が嘘をついていないならな」

「その嘘つき呼ばわりをやめなさい。

いいでしょう。そこまで言うのなら聖国ジャーダルクへ戻り、聖神薬がいかに素晴らしく、安全な薬なのかを調べてからあなたに証明してみせましょう。その暁には聖神薬を塵呼ばわりしたことを謝罪していただきますからね」

都市カマーから聖国ジャーダルクまでは数千キロ以上の距離がある。気軽に行って帰ってこれる距離ではないのに、こいつはなにを言っているんだという目で、ユウはエヴァリーナを見つめる。

「ああ、いいよ」

「嘘の歴史を子供たちに吹聴したことも、謝罪していただきますわ」

「そっちは嫌だ」

「ふぎぎっ……」

子供たちを一人ずつ抱擁しながら、エヴァリーナは別れを告げる。

「私の名はエヴァリーナ・■ォッ■。この名を胸に刻み込み、私が戻ってくるのを震えながら待っていなさい」

最初から最後まで不愉快な女だと、ユウはエヴァリーナを見送りもせず明後日の方向を見ていた。

「マリファ」

「はい、ご主人様」

「さっきの女、なんて名乗った?」

「エヴァリーナ・フ■ッ■です。あのような礼儀知らずな女の名など、ご主人様が覚える必要はないかと」

「そう。そうか……」

そう呟くと、ユウはエヴァリーナが去っていった方角を見つめるのであった。

翌日。

朝早く都市カマーの東門から出発しようとするアンジェリカたちの姿があったのだが。

「シ、シスターエヴァリーナ、今なんて言ったのですか?」

聞こえていたのだが、アンジェリカは聞き返さずにはいられなかった。すでに馬車の客車に乗っている少女たちが、エヴァリーナとアンジェリカのやり取りを窓から覗き見ている。

「少々、調べたいことがあるので、聖国ジャーダルクへ一足早く戻らせていただきますわ」

「そっ、そのような勝手な真似が、許されるとでも思っているのですかっ!」

「ええ。ですから、こうしてシスターアンジェリカに申しているのです」

「言えば済むような――待ちなさいっ! シスターエヴァリーナっ!! エヴァリーナ・フォッド、戻ってきなさいっ!!」

制止するアンジェリカの言葉を無視して、エヴァリーナは北門へ向かって駆けていく。

「おっと」

急いでいたあまりに、エヴァリーナは青年とぶつかる。普段から周囲に気を配っているエヴァリーナらしからぬ失敗である。

「失礼。急いでいたものですから」

「いえ、こちらこそ」

「それでは――」

「あなたに幸運を」

目も合わせずに走っていくエヴァリーナの背に、青年――ロイ・ブオムは、そう言葉をかけるのであった。