軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第286話:スタンプ

「すっげえ!」

「すごいねえ」

「ぜんぶ?」

「ぜんぶだよ」

インピカを囲む子供たちが、羨望の目と称賛の声を惜しまない。

「インピカちゃん、がんばったんだね」

「うん。たいへんだったけど、がんばったよ!」

インピカは首からぶら下げた紐の先にあるプレートを、皆に見せながら自慢する。プレートにはマス目が彫られており、百個あるマス目のすべてにスタンプが押されていた。

このスタンプは子供たちが大人の手伝いをするたびに押してもらえるもので、その数に応じてユウから褒美がもらえるのだ。ほとんどの子供が誘惑に負けて十個でもらえるユウのお菓子を希望するなか、誘惑に耐えながらインピカは百個すべてのスタンプをコンプリートしたのだ。子供たちがインピカを褒め称えるのも無理はないだろう。ではスタンプ百個でなにができるのかというと、山城に泊まることができるのだ。

「じゃあ、王さまのおうちにおとまりするの?」

「いいなー」

「ぜーったいに、おいしいごはんがたべれるよ」

「あたちもおうさまのおうちみたい」

子供たちが妄想を膨らませて、あれやこれやと話が盛り上がる。

「王さまは、きょうはどこにいるのかな?」

「じっちゃんがきょうは王さまがくるっていってたから、おれのいえにいるとおもうぞ」

魔落族の長マウノの孫マダが、自分の家で会議があることを喋る。

「ほんとに?」

「おれはウソなんかいわないぞ!」

「じゃあマダのいえにいこう!」

「「「おーっ!!」」」

元気な掛け声とともに、子供たちはマダの家に向かって走り出すのであった。

「ミスリルと黒曜鉄を融合させた、ミスリル合金の生産は順調に進んでおる。今は壱番隊の重装歩兵の装備を優先しておるが、近いうちに他の隊へも配布できるだろう」

マウノ家の一室、そこにはユウや各族長が勢揃いしていた。

「それはいい話じゃな。ビャルネ殿、堕苦族からはなにか?」

ルバノフから牽制のような問いかけにも、ビャルネは表情を崩さない。

「順調じゃわい」

「なにやら良からぬ薬を作っているとも聞くが?」

ルバノフに同調するかのように、マウノがさらに踏み込む。

「儂ら堕苦族は、常に王様のために尽くすために動いとるわい。獣人族や魔落族に心配してもらうまでもない。ほれ、マチュピ殿を見習って、ルバノフ殿もマウノ殿も、もっとどーんとしておらんと皆が心配するぞい」

「「なにをっ!」」

「儂らが王様に尽くしてないと申すのかっ!」

「ふんっ。こう言ってはなんだが、国に一番尽くしているのは魔落族と思うがな」

いつもの小競り合いである。共に人族から迫害を受けた者たちであるが、種族だけでなく価値観も文化も、なにもかもが違うのだ。ユウが仲良くしろと言っても、簡単にはいかないものである。魔人族のマチュピがこの争いに加わらないのは、マチュピをはじめとする魔人族の大半がこのような政や勢力争いに興味がないだけである。

「はあ……疲れる奴らだな」

後ろに控えるマリファが、ユウからの命令を今か今かと待っているのだが、当然ユウがそのような命令を出すことはない。

「マチュピ」

「はっ!!」

ユウに名前を呼ばれたマチュピが、大仰に姿勢を正してユウの前に跪く。最初の頃はそんなかしこまらなくていいと伝えていたユウだが、今では言っても無駄なのでなにも言わない。

「魔人族の子供を鍛えるのをやめろ」

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「その前になんで子供を鍛えてるんだ」

「それはオドノ様に仕えさせるためです」

さも当然と言った顔で喋るマチュピに、ユウの疲労が増す。

「それは子供の意思でか?」

「生まれいでたときより、魔人族は戦う宿命が定められています。オドノ様の敵を屠り、いつかその命を散らせること、それ以上の誉はありません!」

マリファがマチュピの言葉に同意するように頷くが「ですが、その役目は譲りません」と瞳の奥では炎のような強い輝きが灯る。

「迷惑だから、やめさせろ」

「そ……そんなっ」

「自分の将来は自分で選ばせろ。それでも自分の意志で鍛えるのなら、俺はなにも言わない」

「わかりました……」

肩を落とすマチュピに、ビャルネが気持ちはわかるというような視線を送る。

「「「王さま~っ!」」」

重苦しい空気になった部屋に、勢いよく扉を開けて入ってきたのは子供たちである。

「こらっ! 勝手に入ってきてはいかん」

「じいちゃん、ちょっとだけいいだろ」

「マダ。今日、家で会議があるのを言ってはいかんだろうが」

マウノは口では叱りながらも、マダの頭を撫でる。

「マウノ殿、いかに子供が相手とはいえ、会議の日程を教えるとはいかがなものかな?」

「ルバノフ殿、そう責めんでくれ」

あぐらをかいたマウノの膝にマダが座り込む。普段の険しい顔はどこへやら、マウノは困ったような嬉しいような顔でマダを抱える。

「王さまー」

「なんだよ」

「これ、みて!」

インピカはスタンプが押されたプレートをユウに見せる。

「えっ」

スタンプをコンプリートする子供が出るとは思っていなかったのか、ユウは驚いてプレートを凝視する。

「ズルしてないよ。わたし、おてつだいがんばったもん!」

「なにも言ってないだろうが。じゃあ、明日の朝に迎えに行くから準備しとけよ」

「あしたなの?」

「今からだと昼になるぞ。明日の朝からのほうがいいだろ」

「そっか」

「ほれ、用が終わったなら部屋から出ていくのじゃ」

ルバノフに促されて子供たちは部屋から出ていく。

「王さま、まってるからね!」

「あー、はいはい」

適当な返事をするユウであるが、子供たちはユウが約束を守ると信じて疑わない目である。

翌日の朝。

おめかししたインピカは、ユウが迎えにくるのを待っていた。山城に行くのはインピカだけなのだが、周りには子供たちの姿もある。子供たちも気になって仕方がないのだ。

「いつくるのかな?」

ヘンデと手を繋いでいるムルルが、空を見上げながら呟く。

「たのしみにまってろって、おうさまはいってたよ」

「おれはシロにのってくるとおもうな」

「ちがうよ。きっとコロちゃんたちがむかえにくるんだよ」

皆が思い思いの予想を言うのだが、空を見上げていたムルルがなにかに気づく。

「あれってなーに?」

「ムルルちゃん、どうしたの。おそらになにかいるの?」

「わーっ! あれ! あれみろよっ!」

子供たちが一斉に空を見上げると、そこには一台の馬車が空を駆けていた。馬車を引くのは、黒天馬と呼ばれる翼の生えた黒い馬である。これはナマリが勝手に迷宮で拾ってきたものだ。

「すごい、すごい!」

「えほんみたい」

「インピカ、あれにのれるの? いいなー」

絵本に登場するような豪華な馬車が、子供たちの目の前に降り立つ。

「インピカ 様(・) 、お待たせしました」

「おまたせしました」

「ちまちた」

黒天馬の御者をしているマリファが、本日はお客様であるインピカに一礼する。それに続くのは獣人の兄妹で、二人は御者席から素早く降りると客車の扉を開く。

「王さまーっ!」

「なんでこんなに人がいるんだ?」

客車から降りたユウに、インピカが抱きつく。

「おうさま、このおうまさんはそらをとべるの?」

「黒天馬か? そうだ、こいつは空を駆けることができるんだ。こういう機会でもないと使わないからな」

「かまない?」

「多分な」

「ひひんっ」

そんなことしないよと、黒天馬が鳴いて抗議する。そのまま頭を下げてムルルにスリスリすると、あっという間に黒天馬は子供たちに囲まれる。

「かっこいいな!」

「おれものりたい」

「ほら、もういいだろ」

これではいつまで経っても山城に行けないと、ユウが子供たちを黒天馬から離す。絶対にスタンプをコンプリートして、次は自分が乗るんだと話し合う子供たちの姿に、ユウはうんざりする。

「お、おじゃまします」

緊張しているのか。インピカはカチコチになりながら、客車に乗り込む。

「行きますよ」

「ひひーんっ!」

マリファが手綱で合図を出すと、黒天馬が羽ばたく。魔導処理を施された馬車が徐々に浮き上がっていき。そのまま子供たちの上空をしばらく旋回してから、馬車は山城へ帰っていくのであった。

「まってたんだぞ!」

「「「ようこそ、ネームレス城へ」」」

山城に着くとナマリやモモに、奴隷メイド見習いたちが整列してインピカを出迎える。まるでお姫様のような扱いである。

「わあ……」

そのまま朝食を取ることにし、ユウはインピカを連れてダイニングルームへ向かう。そのテーブルに並べられた牛丼や玉子焼きなどの料理を前に、インピカは思わず声を漏らしてしまう。

「ナマリから聞いたけど、米が食べたかったんだろ?」

「王さま、たべていいの?」

インピカのお腹から可愛らしい音が鳴る。

「ああ、いいぞ」

朝から牛丼は重いかもしれないと心配していたユウであったが、インピカはスプーンで牛丼をどんどん食べていく。

「おいしいっ! 王さま、おいしいよ!!」

小振りのどんぶりがあっという間に空となる。

「食べたか? じゃあ、次だ」

「え?」

物足りないと思っていたインピカの内心を見透かすように、次の料理、豚丼がインピカの前に置かれる。

「色んな種類を食べたいだろ。だから小さな丼で出したんだ。それとも、もうお腹がいっぱいになったか?」

「ううんっ。インピカ、たべれるよ!」

そう言って、インピカが豚丼も食べ終わると次は親子丼である。小さめの丼とはいえ、三杯も食べるとインピカのお腹がぽっこりと膨らむ。

「今日は、お前がもう嫌だって言うくらい食べさせてやるからな」

悪そうな笑みを浮かべて、ユウはホットケーキをテーブルに置く。

「オ、オドノ様、まだあさなんだぞ!」

朝からインピカの前にデザートが置かれてナマリやモモが慌てる。いつもは三時のおやつの時間か、試食のときしかお菓子などのデザート類を食べるのは禁止されているからだ。

「今日は特別にな。そっちから蜂蜜、蟻蜜、それに――ヒスイの本体から採れたメープルシロップだ」

言い難そうにユウは説明する。

「ヒスイおねえちゃんの?」

「なんか今の私なら負けませんとか。意味のわからないことを言って、押しつけてくるんだよ」

蜂蜜、蟻蜜、そしてメープルシロップ、どれをかけて食べてもホットケーキは極上の味であった。

「く、くるしいよ……」

「まだまだ序の口だからな。昼は魚介に夜はお前の大好きな肉、それもタンをもう見たくないってくらい食べさせてやる。それまではナマリたちが、城内を案内してくれるよ」

「あんないしてやるんだぞ!」

城内の巨人でも入るのかと思うような巨大な浴室に、城内にもかかわらず森がある場所や、見たこともない不思議な魔獣たち、夢のような場所を見ているとすぐに昼食である。中庭で魚介類を使ったバーベキューで、そのあとにはアイスなどのデザートである。また朝と同じようにインピカはお腹をぽっこりさせる。午後の案内はマリファも伴って、貴重な魔道具や魔導具が並べられている場所や、嫌がるラスの部屋を押しかけるなど、インピカは楽しくて仕方がなかった。夜になると、お待ちかねの肉尽くしである。

「す、すごい……っ。ぜ~んぶ、おにくだ」

テーブルの上は、どこを見ても肉、肉、肉だらけである。様々な部位を使った肉料理を、インピカは絶賛し、また無言でかぶりつき堪能する。

「次はこれだ」

腐りかけのように見えるタンの塊の表面をユウは切り落としていく。なにも説明されなくてもインピカにはわかる。そのタンの奥から漂う香りが、絶対に美味いということが。

「おいひいよー」

「なんで泣くんだよ」

幸せすぎて怖いのか。インピカはついに泣き出す。その後は巨大浴室で風呂に浸かり、あとは寝るだけとなるのだが。

「おとまりしちゃダメなの?」

お風呂でポカポカになったインピカが、どうしてとユウに問いかける。

「お前は母親が心配するだろ」

「そっか」

「ほら、土産だ」

「ありがとっ!」

帰りも行きと同じように黒天馬の馬車である。その客室に乗り込むときに、インピカは振り返ると。

「王さま、きょうはありがとう! またくるからねっ!!」

「もう来なくていいよ」

ユウにそう言われても、インピカは満面の笑みを浮かべて手を振るのみであった。

その後、スタンプをコンプリートするべく。ナマリやモモだけでなく、村の子供たちまで今まで以上に大人のお手伝いをするようになるのであった。