軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第234話:傍観者

黒い三本の矢が空気を貫きながら進む。

一本は一直線に心の臓を目掛けて、残りの二本はそれぞれ左右に弧を描きながら、喉元と眉間にまるで吸い込まれるかのように唸りを上げて迫る。

しかし、プリリはその三本の黒い矢を苦もなく掴み取る。躱したのではない。高速で飛来する矢を無造作に掴んだのだ。

「無駄ですよ。

弓職でもないあなたが『連射』『曲射』の複合技を放ったのには驚きましたが、今の私は筋力だけじゃなく動体視力も向上しているので、あなたが射った矢もスローモーションのように見えます」

マリファにとって最善は矢が急所を射抜くこと。次に身体もしくは衣服を掠めることである。そうすれば、矢に纏わせたバレットアントがプリリに毒針を突き立て、毒がもたらす激痛によって身動きが取れなくなる。

プリリと対峙するマリファは、そのときを静かに待っていた。だが、プリリが握る黒い矢が波打つと、矢から塗装が剥げ落ちるかのように大地へバレットアントが次々と落ちていく。落ちたバレットアントは苦しそうにしばらく藻掻くが、やがてその動きを停止させた。

「だから無駄だって言ったじゃないですか。

あまりこのようなことは言いたくはありませんが、私とあなたの相性は最悪と言っていいでしょう。私が持つ多種多様な薬や猛毒耐性によって、あなたの樹霊魔法や使役する虫の効果はほぼ望めません」

決して誇張ではない。

プリリの周囲は本来であれば足首ほどまでしかない草花が、マリファの樹霊魔法によって腰までの高さにまで無理やり成長促進させられている。そのプリリの足元にある草花に目を凝らしてみれば無数の虫の死骸や枯れた毒花が、あるいは石化した状態で目につくであろう。

プリリはマリファの反応を見るが、降参するどころか闘志は微塵も衰える気配を見せず、その眼はプリリを捉えて離さない。

「もう仕方がないです――ねっ!」

プリリが地を蹴る。風と草花をかき分けながらマリファに迫るその動きは、小さな子供が駆け回るかのように、フォームもなにもあったものではない。しかし、その動きは恐るべき速度を生み出していた。

虎人のメラニーにすら容易く追いつくプリリの速度を以ってすれば、前衛でもないマリファなど逃げるどころか攻撃を躱すことすらできないであろう。

だが、攻撃しようとしていたプリリの動きが、その姿勢のまま止まる。なぜなら、すでにマリファはそこから消えており、離れた場所からプリリに向かって樹霊魔法を放つところであった。

「う~ん。これは困りましたね」

樹霊魔法第3位階『 螺爆(らばー) 』、スパイラルツリーと呼ばれる螺旋状に絡まった幹が対象を貫いたあとに拡がり損傷を与える魔法なのだが、プリリは先ほどと同じように掴み取って、拡がろうとする幹をそのまま力に任せて握り潰す。

「狼に鞍なんか載せて、どうするつもりかと思っていましたが、本当に騎乗して戦えるんですね。そちらの狼を解剖してみたいなぁ」

肉体強化をして尋常ではない身体能力を発揮するプリリを相手に、前衛職でもないマリファが接近戦を挑むのは無謀である。そのためマリファは劣る身体能力を、コロに騎乗することで補っていた。

思わず本音が飛び出たプリリに対しても、マリファからの反応はない。

「ゴブリンクイーンの魔眼ですが、竜眼に似た予測または予知のようなスキルを持っていると推測しました。どうしてかというと、私が行動する前にあなたはすでに回避行動に移っていたのがその証拠です」

コロに騎乗して機動力が上がっているとはいえ、プリリが攻撃を仕掛けようとする前にマリファは回避行動を取っているのだ。

これではプリリでなくともマリファがなんらかの魔法かスキルを使用して、攻撃を察知していると気づくだろう。

「ああ……。実験したいのに、解剖したいのに、それができないなんてジレンマですよね。

どうか私が自制できている内に、そろそろ降参して頂けませんか?

あちらの獣人は私の一撃で両腕は骨折、陥没した胸は肋骨が折れて肺に突き刺さっている可能性があります。両方の肺に穴が空いていれば手遅れでしょうね。魔落族の少女に至っては、私が調合した石化毒を喰らったんですから、他の者では元に戻すのは難しいと思いますよ」

一歩足を進めるごとにプリリの身体から発せられる石化毒によって、足元の草花が次々と石化していく。マリファは逆に距離を維持するようにコロを後退させる。

「私達は身も心もご主人様に捧げています。ご主人様の敵と戦って、たとえ死ぬことになろうとも、ティンもメラニーも喜びこそすれ後悔などしません」

淡々と言い放つマリファであったが、状況は芳しくない。

草に伏せて攻撃の機会を窺うランは、プリリの攻撃や石化毒によって右前足を消失、尾は石化し、毒が侵食する前に尾を喰い千切っていた。

近距離を担当するティンとメラニーは共に倒れ、遠距離から幻惑魔法を発動していたポコリとアリアネの二人は、なぜかいつまで経っても援護しに来る様子がない。

そして――

「あっ。やっと効いてきたみたいですね」

プリリが嬉しそうにマリファを指差す。

マリファの左手の指先が石化し始めていた。

「あれぇ? あんまり驚いてくれないんですね。

えへへ。答えはですね。ずっと微量の毒を撒き散らしながら動いてたんです。私がなにも考えずに当たりもしない攻撃を、ただ繰り返していたと思いました?

おそらくあなたのゴブリンクイーンの魔眼は、敵意や殺意を目に見える形で捉えることができるんじゃないですか。どうです? 当たらずといえども遠からずではないでしょうか。

そこで私は考えました。無意識に毒をばら撒けばどうなるのかと」

思案顔で語るプリリは明らかに時間を稼いでいた。マリファ達に気づかれぬよう微量に散布していた毒では、効果が現れるまでに時間がかかるからだ。

対するマリファは、そのことに気づいていながら動きを見せず。ただプリリの言葉に耳を傾けていた。

そのため、マリファの左手は指先から徐々に石化していき、次に癒しの腕輪が、さらに魔甲蟲のガントレットが石と化した。

「これでおしまいです」

手のひらを合わせてプリリが嬉しそうに宣言する。通常の解毒剤やポーション、治癒魔法では、自分の調合した毒を治せないと自負しているのだ。

「コロ、やりなさい」

プリリはマリファがなにを言っているのか理解できなかった。

ためらうコロに向かって、マリファはもう一度命令する。

「あなたはなにを――」

プリリが言葉を言い切るよりも先に、コロの吐く高熱のブレスがマリファの左肘より下を消し飛ばした。

「なにを……あなたはなにをやっているんですかっ」

マリファのとった行動を信じられないといった表情で、プリリが凝視した。それもそのはず。事態は一向に好転していないのだ。

今もプリリの身体からは無色無臭の毒が散布されている。いずれはマリファの身体のどこかは毒に侵され石化し始めるのは明白である。

それだけにマリファが左腕を捨てたのを理解できないでいたのだ。

「このままでは全身に毒が回るので左腕を消し飛ばしただけですが、なにかおかしな点でも?」

何事もなかったかのように話すマリファであったが、支払った代償は大きかった。なにしろ左腕の肘から先がなくなったのだ。肘の傷口は炭化しているため出血はしないとはいえ、その痛みたるや凄まじく。全身から脂汗が噴き出し、顔色も血の気が引いている。それでもマリファは気丈に立って戦う意志を見せていた。

「わかっているんですか。そんな真似をしても一時しのぎにしか――ごほっ。な……んでっ……すか……これは? ま、まさ……か、これ、は……毒っ?」

吐血したプリリが地面に蹲る。それだけではない。全身を凄まじい悪寒が駆け巡り、立っていることすら困難になる。

「やっとですか」

膝をつき、自らが毒に侵されたことがいまだ信じられないプリリをマリファが見つめる。その背後からは隙を窺っていたランが徐々に距離を詰めていた。

「あなたが勝ち誇ったフリをして時間稼ぎをしていたとき、私も同じように時間稼ぎをしたかったのです。

使役する虫は毒で殺され、樹霊魔法でいくら攻撃しても驚異的な再生力で瞬く間に回復する。真正面からではあなたに勝つことができない。なら――」

「ど、毒です……か? ですが、ごほっ……ふ、普通は……わた、しを相手に……ごふっ、し……ませんよ」

血を吐き出しながらも、プリリは周囲を見渡す。

草花に潜んで必殺の一撃を与えんとするランへの警戒もあるが、マリファが自分に毒を盛った方法を探していたのだ。

目を凝らして見れば、草花の中に都市カマー周辺では自生していない花がいくつか目につく。

「だからこそです。

毒に対しての耐性に絶対の自信を持つあなただからこそ、そこに勝機を見出しました。

それにこれは私の予想ですが、あなたはポーション類の薬が効き難い体質なのでは? 先天的なのか後天的なのか、それとも薬の影響なのかはわかりませんが、先ほどから解毒剤を飲む素振りすらありません」

マリファの予想は当たっていた。

プリリは様々な生物や植物で実験を繰り返してきた。調合した毒を毒耐性や抗体を持つ生き物に、どのくらいの分量で効くのか。ときには人や魔物を相手に実験を繰り返し、その後は解剖して損傷具合を確かめる。

そして狂気の実験は自らの身体にまで及んだ。致死量ギリギリまで投与し、その状態での意識の混濁や身体機能の確認などである。

そのような実験を繰り返している内に、自然とプリリは『猛毒耐性』や通常の『再生』スキルを上回る『高速再生』などのスキルを身につけていた。

しかし、その結果。プリリは毒だけでなく薬まで効き難い体質となっていた。

「殺す前に他の食客達の装備やスキル、使用する魔法などを教えて頂きます」

「わ、わかり……ました」

悪寒で震える身体を腕で押さえつけながら、プリリが指差す。その指差した先には、蒼い六つの花びらの花が、次に指差したのは赤と橙の色鮮やかな花びらが交互に咲き乱れる花が、それぞれ他の草花の中に隠れるように咲いていた。

「が…… 合食禁(がっしょくきん) 、げほっ。この、場合は合吸禁とでも……ふ、ふふ、言うんですかね」

昔から食べ合わせの悪い物を合食禁という。科学的根拠のないものだと鰻と梅干し、キュウリとこんにゃくなど、有名な話だとドリアンと特定のアルコールを摂取すると死に至ると言い伝えられている国もある。

「あ、蒼い、ごほごほっ……花は『魔鳥の籠』の、湿地帯に……のみ自生するブルラリング、そち……げほっ、らの赤と橙の、花び……らが特徴的な花は『ゴブリン大森林』の最下層で、じ、自生するタリラリデン。こ、の……」

立ち上がろうとしたプリリがよろけてまた膝をつく。そしてマリファが言葉を継ぎ始める。

「ブルラリング、タリラリデン、この二つの花は基本的には無害な花ですが、ある条件が揃うことによって恐るべき毒を生み出します。

その条件とは、ブルラリングの花粉とタリラリデンの花粉を体内に取り込んだときです。不思議なことにブルラリングの花粉を吸っても人体には影響は出ません。それはタリラリデンも同様です。二つの花粉を同時に一定量を取り込んだときのみ猛毒となって猛威を振るうのです」

「あ……あなたが、に、逃げ回っていたのは……花粉を舞い上げ、るため……でもあったんですね。成長させた……く、草花は……従魔の、姿を隠すだけでなく。こ……この花を、隠すためでも……」

「その効果はあなたが身をもって体験しているとおりです。たとえ猛毒耐性を持っていようが、無害な花粉には効果はありません」

マリファが言っているとおり、花粉がもたらす猛毒がプリリの猛毒耐性を無効化しているわけではない。実際には毒に変質した瞬間に抵抗はしているのだ。ただ、完全に無効化するまでには至らず。プリリから身体の自由を奪っているのである。

「ここに解毒剤があります」

マリファが液体の入った小瓶をプリリに見せる。

わざわざ解毒剤があるとマリファが告げたのは時間稼ぎであった。

予め薬を摂取しているマリファ達とは違い。プリリは花粉の猛毒を喰らったにもかかわらず、即死するどころか喋る余裕すらあるのだ。反撃の力がまだ残っていると判断したマリファは、毒が回りきるのを待つためにあえて解毒剤という生き残る選択をプリリに与えることで、時間を稼ごうとしたのである。

「ふ、ふふ。解毒剤を、渡す代わりに……他の、げほっ……しょ、食客達の情報を渡せということですか――」

「ええ。話せばあなたは助かりま――っ!? コロっ!!」

「――あんまり私を舐めないでくださいよっ!!」

プリリの全身から無色無臭の毒が散布される。その威力、範囲はプリリを中心に半径十五メートル内の草花を一瞬にして石の彫刻と化した。さらに石化毒の範囲は拡がり続け、緑豊かな平原を石の平原に一変させた。

そして攻撃を察知したマリファとコロは間一髪のところで範囲外に逃げることができたのだが、伏せて機を窺っていたランは右前足を失っていたこともあり。プリリの毒をもろに受けて石化してしまう。

「殺すなと言われているから殺さないだけで、その気になればあなた程度はいつでも殺せるんですよ。それこそ石化だけでなく。お望みとあらば、出血、腐敗、窒息、融解、爛れ、好きな死に方を選ばせてあげます」

信じられないことにプリリはこのわずかな時間で、花粉の猛毒に適応し始めていた。咳や吐血はすでに止まり。身体の自由を奪う悪寒は、ほぼ治まりつつあった。

そして逆にマリファは――

「あまり状況は良いとは言えませんね」

足の指先から足首までが石化し始めていた。

心配そうに鳴くコロもすでに全身の二割が石化していた。

さらに不幸は続く。

「あ~、ララさんだ」

マリファとプリリの視線の先に、ゴシック調の服に身を包んだ少女が立っていた。その姿は死を告げに来た死神と言われても納得できそうなほど、神秘的な美しさを放ち。見る者に死への恐怖を与える佇まいであった。

「どうしたんですか? 今回ララさんは参加しないって聞いてたんですよ」

駆け寄ってきたプリリをララが問答無用で斬りつけた。

「ありがとうございます。便利ですよね。その暗黒剣の、なんていう技でした?」

「『 呪禁(じゅごん) 解剣』」

「そうでした。お陰様で身体の悪寒が消えました」

暗黒剣『 呪禁(じゅごん) 解剣』は、斬りつけた対象にかかっているバッドステータスや邪気や魔を退ける技である。未熟な者が使えば、そのまま対象を死に追いやる危険もある技なのだが、ララはプリリに確認もせずに使用したのだ。それだけ自分の腕に絶対の自信を持っているとも言えるだろう。

「よりにもよって『魔剣姫』ララ・トンブラーですか」

ムッスが抱える食客の中でも屈指の実力者の登場に、マリファに焦燥感が生じる。ただでさえ、プリリ一人を相手に倒しきれていないのだ。

そしてララの側に倒れているポコリとアリアネの姿を見て、二人がなぜ援護に来れなかったのかを悟る。

ララ・トンブラー。その武名を知れば知るほどマリファですら戦慄を覚えた。

デリム帝国領内で暴れていた砂竜ムダロ・モロンの討伐、レーム大陸最大の湖があるブレイ湖で水竜ラ・ムーロステルの討伐、その他にも名ありの火竜や地竜に岩竜などを含めると十数頭を苦もなく屠っている。

セット共和国領内では名ありの巨人族や大型の魔獣を、自由国家ハーメルンから聖国ジャーダルクにかけては同じく名ありの天魔を数十体、単独で撃破しているのだ。

ララは剣の腕だけならジョゼフを上回ると言われており、魔法の腕はAランク冒険者の後衛職に引けを取らない。近距離、中距離、遠距離、全てのレンジで戦うことができ、なおかつ剣も魔法も使いこなすのである。つまり、つけ入る隙がないのだ。

マリファが少し調べただけで、これだけの戦歴である。戦慄を覚えるのも無理はないと言えよう。

「このまま無駄死にするわけにはいきません」

こうしている間にも石化は侵食し、マリファの身体を蝕んでいるのだ。マリファは覚悟を決める。

勝てないまでも、最低どちらか一人を道連れにすると。

いまだ言うことを聞かせるどころか、使用者であるマリファにすら襲いかかってくる凶悪な虫と植物を、相打ち覚悟で召喚しようとするのだが。

「ここは殺風景」

そう言うとララは魔剣グラムを石と化した大地に突き立てる。

発動したのは暗黒剣『 呪禁(じゅごん) 解剣』の上位技『 持禁(じきん) 解剣』である。溢れんばかりの黒い光が大地を駆け巡る。すると、石と化していた大地が見る間にもとの緑の大地へと姿を取り戻す。それだけではない。

「ララさん、これは一体どういうつもりですか」

「なにが?」

「どうして敵まで治すんですかっ」

ララの放った『 持禁(じきん) 解剣』の黒い光は石化した大地のみならず。すでに全身が石化したティンやランに、マリファやコロからも負を追い払ったのである。

「ララさん、説明してください」

ララの取った行動に納得できないプリリが詰め寄る。しかし、ララは悪びれもせず。

「プリリはなにか勘違いしている。

私はこの不毛な争いを止めに来ただけ」

「それはムッス様のために動いている私が、つまらないって言ってるんですか」

プリリの全身から殺気が漏れ出す。マリファ達を相手に使った石化毒のような生易しいものではなく。強力無比な魔物が相手でないと使用許可が下りない凶悪な毒を、十指の指先からいくつも調合、分泌していた。

「やめた方がいい」

最早、隠す気もないのか。溢れ出す殺気を身に纏ったプリリに対して、ララは淡々と告げる。

「プリリじゃ私には勝てないよ」

「なっ!?」

ララの手にある魔剣グラムが吠えるように唸る。

「ほら、グラムも言ってる。

プリリを殺しても面白くもなんともないから、やめとけって」

これほど舐めた態度を取られても、プリリは攻撃を仕掛けることはなかった。否、正しくは仕掛けることができなかったのだ。

どこから、どのように攻撃をしても、次の瞬間には自らの首が刎ねられているイメージしか浮かばないのだ。

納得はできないが、かと言って攻撃することもできず。プリリは歯ぎしりしながらララに従うしかなかった。

そこにもう一人、納得ができない者が。

「どういうつもりですか」

プリリと同じセリフで、マリファがララに問いかける。

「答えなさい。

なぜ石化を治したのか」

声を荒らげることはなかったが、マリファが怒りを我慢しているのは声音でララですらわかった。

「黙して語らずですか。いいでしょう。

私はあなたに感謝などしませんからね。ここで私を見逃したことを必ず後悔する日が来るでしょう」

敵から見逃されるという屈辱的な目にあっても、マリファは耐えた。ここで誇りをかけて戦いを挑んでも、待っているのは確実な死である。そんなことは主であるユウは望んでなどいない。であれば、マリファが取る行動は撤退しかない。

睨むように凝視するマリファに、ララが指差す。そこには横たわるティンやメラニー達が、しかし死んではいない。むしろ傷は、ララによって癒やされていた。

「くっ……」

マリファは意識を取り戻したランとコロの背にティン達を乗せていく。そして、警戒を緩めず平原から去っていった。

その後姿をララとプリリは見送ったのだが、一つマリファは勘違いしていた。

「あの子、クラウディアとおんなじ怒りん坊」

終始マリファの問いかけに黙っていたのは、ララが口下手だからであった。

「ララさん、私はまだ納得していないんですからね」

「プリリも怒りん坊。私に感謝するべき」

「なにを訳の分からないことを言ってるんですか」

「だって、私がとめなかったらプリリは死んでたよ」

そう言ってララはある場所へ視線を向ける。釣られるようにプリリも同じ方向へ視線を送ると、そこには。

「なんですか。あれ……」

そこには血塗れの鎧と兜に身を包む戦士が、仁王立ちでこちらを凝視していた。どれほどの血を浴び、乾き、また血を浴びる行為を幾度繰り返せばそのような色合いになるのか。鎧と兜はどす黒い血がこびりついていた。『鑑定』スキルを使うまでもない。戦士の身に纏う防具は明らかに呪われていた。

そして顔は兜で覆われて見えぬものの、その戦士が只者ではないことは、いつからそこにいて、こちらを見ていたのか。気づくことができなかったプリリには十分に理解できた。

「多分、サトウのところのゴブリン」

「ああ、そういえばサトウの従魔に黒いゴブリンがいましたね。

私が解剖したい魔物の一匹です」

「やめた方がいいよ。まだ死にたくないでしょ」

「私では勝てないなら、ララさんはどうなんですか?」

「私は誰にも負けない」

木龍との戦いで防具が砕け散り、ユウから新たな防具を受け取ったクロは、マリファ達がその場を後にしてもプリリ達を監視していたのだ。やがて危険はないと判断すると、クロも平原を後にし姿を消すのであった。

「あー、ヤークムさんになんて言い訳しましょうか。きっとあの人のことだから、ガミガミ煩いんだろうな~。そうだ! いっそ、毒で黙らせるのもいいかもしれませんね。

あっ、そろそろ私達も帰りましょうか」

「プリリだけ先に帰って」

「え? どうしてですか」

「とばっちりを受けたくない」

「もうっ! 本当にララさんは、なにを考えているのか。プリリには理解できません」

その場から動こうとしないララを置いて、プリリは平原を後にする。

「プリリ、死なないでね」

ララは魔剣グラムを撫でながら、誰が聞くこともなく呟いた。