軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第231話:俺は怒ったぞ!

むかーしむかし、そのまたむかし。人族や獣人、巨人にエルフなどが創られるよりも遥かむかし、国すらないレーム大陸では多くの神々が覇権を争っていました。

ある時、龍神と獣神がケンカをし始めました。理由は些細なことで、自分の頭上を飛び回る龍神が目障りだと獣神が言ったとか言ってないだとかです。争いの発端はくだらないことでしたが、そこはお互いに神と神の争いです。二柱の神の争いはそれはそれは凄まじく、天が鳴き、地が割れ、天変地異が起こるほどでした。

さらに互いに実力が拮抗していたのが災いし、龍神と獣神の争いは数十年に亘って続きます。戦いの最中に龍神の鱗が剥げ、肉が爆ぜ、大陸中に飛び散ります。その細かな欠片が竜や竜人の元になったと言われています。特に龍神の力の源である角の欠片は龍となり、その中でも大きな八つの欠片からは龍王が生まれました。即ち『古龍』『凍雲星龍』『皇龍』『盡龍』『鬭龍』――などの八大龍王です。

また獣神も同様に肉や牙が四散し、そこから獣や魔物が生まれ、特に大きな十八の牙の欠片からは獣神の力を大きく受け継ぐ十八体の恐るべき兇獸が生まれました。

「知ってる!」

ナマリが膝の上で手を元気よく挙げる。ナマリの頭の上に座っているモモも、私だって知っていたと両手を挙げる。

「なんだありゃ。鬼人のノアに『赤き流星』盟主のトロピ、巨人のエッカルトに……あのガキはユウがよく連れているナマリとかいうガキじゃねえか」

都市カマー冒険者ギルド二階。

その部屋の一角に陣取るナマリ達へ、他の冒険者達から視線が注がれる。

「お前の言うとおり変なメンツだな。

それにしてもよ。『狂人』の二つ名を持つ者が、なっさけねえよな。ガキ相手に絵本を読んでんだぜ? なんだよあの喋り方はよ」

「まあ嬉しいんだろうよ。まだ嫁さんとガキは帰ってきてないらしいからな」

ノアは自分の膝上に座るナマリに絵本を読み聞かせているのだが、いつもは他を寄せつけないほど険しい顔が、傍目からでもわかるほど破顔していた。

「ねーねー。ナマリちゃん、ユウ兄ちゃんはボクのことなんて言ってたの?」

ノアの隣に座るトロピが、ナマリの肩を揺する。

「えっと。トロピは変なやつだけど、ま、まなぶ? ところはおおいからってニーナ姉ちゃんたちに――モモ、わかったから頭を叩くなよーっ!」

モモがナマリの頭をペシペシ叩いて絵本の続きを催促する。一方、トロピは「ぐふふっ」と笑いながら足を揺すっていた。

「ノア……さん、続き読んで!」

「なんだよナマリ。その他人行儀な呼び方は」

「だってオドノ様が、おせわになってるめ、めうえの人をよびすてにするなって怒るんだもん」

「グシシ。ユウに叱られだのか」

エッカルトが意地悪そうに笑いながらナマリの頭を撫でる。ナマリは気持ちよさそうに目を細め、モモはエッカルトの大きな手を感心するように見つめる。

「オドノ様、ひどいんだよ! 今日だって俺を置いてどっか行っちゃうしさ」

「まあ、なんだ。俺はそんな呼ばれ方されても背中がこそばゆいからよ。いつも通りの呼び方がいいな。よし、じゃあ本の続きを読むぞ」

「うん、わかった!」

龍神と獣神が争っている中、他の場所でも神々の争いが勃発していました。山と見間違うかのような大きな身体を持つ巨神と、頭部から三本の角を生やす鬼神です。

争いの発端はどちらの方が強いのかという、こちらもくだらない理由でした。先に攻撃を仕掛けたのは巨神でした。その一撃は山を木っ端微塵にするだけにとどまらず、大地をも砕きました。

しかし、相手も神です。砕け散った大地の底で、鬼神は巨神の振り下ろした槌を受け止めていたのです。怒号のような咆哮とともに、鬼神は巨神の槌もろとも巨神の腕を弾き飛ばします。山のような巨神の身体が宙に舞い、落ちると辺り一帯は地震が起きたかのように大地が揺れ悲鳴を上げました。

こちらの争いも両者譲らず、百年以上続くことになりました。この時に飛び散った血肉が、巨人や鬼人の元になったと言われています。

争うと言ってもあまりにも永い時を戦いに明け暮れる巨神と鬼神の争いに、ついに見かねたあまり争いを好まない一柱の神が間に入ることで、やっと二柱の神の争いは一旦は治まりました。しかし、悠久の刻を生きる神々の争いは、これからも続くのでした。神々の争い第三巻より。

「うおおっ! すっごい!! 神さまってすごいなっ!!」

ナマリが興奮してノアの膝上で身体を揺する。ノアはナマリが落ちないように身体を支えるのだが、拙い自分の朗読に一喜一憂するナマリやモモの姿に満足そうに何度も頷く。

「戦うのをやめなかったら、どっちが勝ったのかな?」

言ってはいけない一言であった。ナマリは純粋に知りたかっただけなのだが、この場には鬼人のノアと巨人のエッカルトがいるのである。

鬼人の神と巨人の神。どちらが強いかなどと聞けば面倒なことになるのは、少しでも鬼人族と巨人族のことを知っている者であれば容易に想像できた。

「そら鬼神に決まってる。なんたって鬼人の神様なんだからな」

「オデは巨神だど思うど。巨人の神は戦いに関じでは、どの神より強いのは誰だっで知っでるど」

ノアとエッカルト、両者の間の空気が張り詰めていくのが、周囲にいる冒険者達にも伝わっていく。

「ほお、鬼神が巨神なんかに負けるって言うのか?」

「巨神なんか? 聞ぎ捨でならないど。偉大なる巨人族の神を馬鹿にずるのは、ノアと言えど許ぜんど」

「まあ待てや。ナマリの見てる前で大人気なく争うのは、あまりいいとは言えねえ。ここは男らしく腕力で決着をつけるってのはどうだ?」

「腕力だど?」

「おうよ。Bランクの俺がCランクのお前に勝っても当然過ぎて嬉しくもなんともねえ。そこで腕相撲で勝負といこうじゃねえか」

「ぐぬ。だしがに、戦闘ならノアにオデは一歩劣るな。だども腕相撲なら負けねえど!」

周囲ではすでにどちらが勝つかで、ラリットが胴元となって賭けが行われていた。

ナマリやモモは目を輝かせ、ノアとエッカルトに熱い視線を送る。

「ナマリ、見てろよ? 俺の強さを見せてやる!」

「おお、ノアはとうちゃんだもんな!」

「おうよ!」

ノアが分厚い筋肉で覆われた胸を強く叩いて気合を入れる。鬼人族の多くは争いごとが大好きなのだが、もちろんノアもその例に漏れない。しかし、今回は違う。ナマリが見ているのだ。自分の容姿を少しも恐れず、目が合うと笑顔で駆け寄ってくるナマリの見ている前で、無様に負けるわけにはいかないと、ノアは闘志を漲らせていた。

「トロピはどっちが勝つと思う?」

「えー。ボク、むさ苦しい人達の争いには興味ないなー。それよりも、ユウ兄ちゃんのとこに行こうよー」

「俺だってオドノ様とあそびたいけど、どこにいるかわかんないんだ」

「もうー。ナマリちゃんはダメだなぁ」

「うるさいなー」

ナマリとトロピがじゃれ合いをしている側では、ラリットが周囲の冒険者を煽っていた。

「『狂人』の二つ名を持つ、戦闘力だけならカマーでも指折り! Bランク冒険者ノアっ!! かたや有望な盾職として十以上のクランから勧誘を受けている孤高の巨人族エッカルト!! どちらが勝つかっ!? 現在のオッズはノアが1.3倍、エッカルトが3.4倍だ!! 堅実にいくのか、冒険者らしく大穴を狙うのかは自由だぞ! さあさあ、賭け金はこっちだぞー!!」

「いくら鬼人族のノアでも単純な腕力じゃ巨人族のエッカルトに分があるだろ。よっしゃ! エッカルトに金貨三枚だ!!」

「馬鹿がっ! ノアの怪力を知らねえのか? 巨人族が相手だって引けを取らねえよ!! ノアに金貨五枚だ!!」

「勢いに乗ってるエッカルトに金貨二枚っ!!」

「カマー最強候補は伊達じゃねえ! ノアに金貨十枚だぁっ!!」

「おおっ!? 十枚、金貨十枚でました!!」

冒険者ギルド二階以上にいる冒険者は全員がCランク以上である。Dランク以下とは比べ物にならない収入があるだけにその賭け金も高額で、あっという間にラリットの目の前にあるテーブルには金貨が積まれていく。

「ほんっと男ってのは馬鹿だねぇ。よし、ここは私も――」

「モーラン、あなたは私にお金を借りてるんだからダメよ」

「うっ。でもメメットだって賭けに参加してるじゃないか。あー、装備新調してなけりゃあなぁー」

男達の馬鹿騒ぎを離れて見ていた『金月花』のモーランは、アプリに釘を刺されて盛り上がっているラリット達に未練がましい視線を送る。

「盛り上がってきたな。おい、エッカルト! 降参するなら今のうちだぞ」

「グシシ。勝負をする前がら降参する巨人族なんでいないど」

ノアとエッカルトが互いの手を握り締める。それだけでテーブルが悲鳴を上げるかのように軋む。

八人掛けのテーブルが、ノアとエッカルトの前では小さく見えるのは気の所為ではないだろう。

「おっし。純粋な力比べだからな? 『闘技』なんかのスキルは使用禁止だぞ!」

「わかってる。ラリット、いいから早く始めろや。

ナマリ、見とけよ。俺の強さを!!」

「オデもいつでもいいど」

「ちっ。こういうのは段取りが大事だってのに」

ラリットが愚痴るが、周囲からも早く始めろの大合唱である。

「わかったわかった!

それじゃ、いくぞ! 用意~どんっ!!」

始めの合図と同時に、ラリットはノアとエッカルトの手を軽く叩いた。

「オラァッ!!」

「ぬんっ!!」

ノアの身長は約二メートル、対するエッカルトは二百五十センチである。人族では中々お目にかかれない巨体同士の力比べである。

その迫力たるや、並大抵の魔物などでは相手にならぬほどである。

「ノア、格下相手になにやってんだ! こっちはお前に金貨二枚も賭けてんだぞ!!」

「馬鹿野郎っ! エッカルトっ!! そのでけぇ図体は飾りかよ!!」

「頼むっ! エッカルト、勝ってくれ!! じゃないとツケが払えねえんだよ!!」

罵るような応援である。金がかかっているだけに、どの者も目が血走っていた。

「なっ、中々……やるじゃ……ねえかっ!! だけどよ。そろそろ腕が限界なんじゃねえのか? 悲鳴を上げてんぞっ!!」

「グ、シシっ。そではごっちのセリフだどっ!! い、いい加減に……負けをみどめねえど、腕がへし折れでもじらねえどっ!!」

冒険者ギルドは荒くれ者共が集まる場所である。

そこらの店舗とは比べ物にならぬほど頑丈な作りであるテーブルが、ノアとエッカルトの力に耐え切れずにヒビが入り始める。

「お、おおっ!? マジかよ。互角じゃねえか」

「みたいだな。ノアも手加減してる様子はねえ」

「このままだと、テーブルが先に限界を迎えそうなんだが」

超重量級の長期戦に場の熱はさらに上昇する。

「ノアもエッカルトもがんばれっ!」

ナマリの声援が耳に届くと、ノアが押し込んでいく。

「おうっ! こ、れ、が、俺の実力だっ!!」

「ぬぐうぅ……っ!? こ、こでは拙いどっ! ふんぬばっ!!」

エッカルトが手首を返し、盛り返していく。

「いいぞっ! エッカルト、俺のために勝ってくれ!!」

「ざけんな!! ノア、普段のーがきたれてる鬼人族の強さとやらはどうした!!」

「なにやってん――。てめえ、いいとこで……お前はっ!?」

「いでっ、押すんじゃ――げっ」

ノアとエッカルトの腕相撲対決は最高潮に達していた。その場に人垣を押し退けながら進む者がいた。割って入られた者や力尽くで押し退けられた者達が、その礼儀知らずな乱入者を睨みつけるのだが、その姿を見るなり押し黙った。

「いけーっ!」

「おう、邪魔するぞ。お前がナマリっちゅうガキか。ちーと 顔(ツラ) 貸さんかい」

天井に届かんばかりの巨躯であった。

ナマリに声をかけたのは、ムッスが誇る食客の一人、巨人族のヤークムである。

「やだ! 俺はノアとエッカルトの勝負を見てるんだ!!」

「ごちゃごちゃ言うとらんで、素直に来んかいっ」

ヤークムがナマリの後頭部を叩く。ヤークムは軽く叩いたつもりだったのだが、それでもヤークムの膂力はあまりにも常人離れしていた。それは巨人族の中でもである。

「わーっ!?」

坂道を転がるボールのように、ナマリと頭の上で寝そべって観戦していたモモが人垣を突き抜けて部屋の壁まで転がっていく。そのまま勢いは落ちず、壁にぶつかりようやく動きが止まる。振り落とされないように掴まっていたモモなどは、目を回しふらふらである。

「てめえっ!! なにしやがる!!」

エッカルトと腕相撲をしていたノアが、勝負を中断してヤークムの顔をぶん殴る。しかし、ノアの拳をまともに受けたヤークムからは、ダメージを受けた様子は見受けられない。

「儂は鬼人族が嫌いなんじゃ。引っ込んどれや」

「ぐあっ」

逆にヤークムの拳を受けて、ノアが宙に舞う。

次に仕掛けたのはエッカルトである。その巨体を活かした体当たりであったのだが。

「ふん。若造がなんの真似じゃい?」

巨人族の中でも大きな部類に入るエッカルトよりも、ヤークムはさらに頭一つ大きく強かった。盾職であるエッカルトが全力で体当たりをしたにもかかわらず、ヤークムは微動だにしないのだから、その頑強さは異常と言えるだろう。

「ナマリに謝っでもらうどっ!!」

「じゃがしいわいっ!!」

顎に拳打を喰らったエッカルトが膝をつく。すぐさま立ち上がろうとするも、よろけて倒れる。耐久力が要の盾職であるエッカルトが、たった一撃で昏倒したのだ。

「お、おいおい。エッカルトの奴、効いてるじゃねえかっ!」

「一発かよ」

「どけっ!」

人垣を押し退けて、ノアが戻ってくる。

「お前、確か勝利を約束する傭兵団『グリム・バーヴォ』のヤークムだな。

鬼人族が嫌いだと? たった一人の鬼人に傭兵団を潰されたって噂は本当みてえだな。なにが勝利を約束する傭兵団だ。敗北してんじゃねえかよっ!!」

「おんどれ……。死にたいんか?」

ヤークムが右手に握る巨大な戦鎚を手放す。その見た目に相応しい重量である戦鎚の重量に耐えかねて、床が音を上げへし折れる。

「はんっ。殺れるもんなら殺ってみろや!!」

ノアとヤークムの凄絶な殴り合いが始まる。その様はまるで部屋の中に突如発生した暴風雨である。巻き込まれれば一溜まりもない。

「ちょっ!? は、離れろ! このままじゃ巻き込まれるぞ!!」

「冗談じゃねえ。

鬼人族と巨人族の殴り合いに巻き込まれるなんて、堪ったもんじゃねえぞっ!」

荒事に慣れた冒険者達ですら、巻き込まれまいと距離を取る。

「はあはあっ。こ、この野郎……っ!」

「ちーとはやるようじゃが、まあこんなもんじゃろ」

真っ赤な肌をさらに自らの血で染めたノアが、ヤークムを睨み上げる。一方のヤークムは顔に痣こそ作るも、さして効いてる様子もない。

「うーんと、むさ苦しい人達が勝手に争うのはいいんだけどー。ここで傍観してると、あとでユウ兄ちゃんからナマリちゃんを見捨てたのかって、ボクが怒られそうだから――えいっ!」

ひょこっとノアとヤークムの間に現れたトロピが、ヤークムの足に蹴りを放つ。可愛らしいかけ声とは裏腹に、トロピの蹴りは樫の木の三倍は硬いと言われる黒リグナムバイタの樹をへし折る威力があるのだ。

その蹴りを受けたヤークムの太股から凄まじい打撃音が鳴り響く。

ヤークムのズボンが弾け、丸太のような太股がトロピの蹴りによって内出血で青黒くなる。

「このボケがっ!!」

「こわーい」

ヤークムの放った裏拳を、後方に飛びながらガードするトロピであったが、それでも威力を殺せずに、テーブルや椅子を巻き込みながら吹き飛んでいく。

「おい、大丈夫かっ!?」

ラリットが、折れたテーブルや椅子の残骸に埋もれるトロピに声をかける。

「いったーい。

乙女の鼻を折るなんて、ボク許せないなぁ。うん、殺そっかな」

「ま、拙いっ。ラリット、離れろ! トロピもキレてやがるっ!!」

土の精霊が慌ただしく動き回り、木々の残骸を吹き飛ばしながらトロピを覆い尽くし、甲冑を形成する。

笑ってはいるものの、流れ出る鼻血を舐め取るトロピの目は据わっていた。

「くそっ! なんだってんだよ。ナマリは大丈夫なんだろうな」

ラリットが危機を感じ取り、慌ててトロピから離れる。

甲冑に身を包んだトロピが矢のように駆け、ノアとヤークムの戦いに参戦する。

「モモ――は大丈夫だな。目を回してるだけだ。ナマリ、しっか――」

「コウゲキヲカクニンシマシタ」

ナマリから無感情な女性の声が発せられる。

「タイショウヤークムノセントウリョクカラ、テイコウシナイノハキケントハンダン。ハイジョシマス」

ラリットの目の前で、ナマリの巻き角から一匹の黒いスライムが滲み出るように、その姿を現していた。

「お、おい……なんなんだよ」

さらに黒いスライムが新たに一匹滲み出ると、そのままナマリの全身を覆い黒い外骨格となる。異形の姿となったナマリが、ゆっくりと立ち上がる。

「ナマリ、大丈夫だよな?」

恐る恐る声をかけるラリットであったが、ナマリからの返事はなかった。

「俺は怒ったぞ!」

ラリットの声が耳に届かないほど、ナマリは怒っていたのだ。

「はあはあ……はあはぁっ……」

「もう十分にわかったはずだよ」

スラム街の空き地でジョズと戦うニーナであったが、双方の姿を見ればどちらが優勢かは明らかである。

全身に滝のような汗をかき、呼吸が大きく乱れているニーナに対して、ジョズは呼吸どころか汗一つかいていない。

「はあはあっ。ま……まだまだだよっ!」

ニーナが地を蹴りジョズに接近戦を挑む。踏み込むと見せかけてジョズの足の甲を踏み抜こうとするが、ジョズはわずかに足をずらして躱す。ニーナはそのまま肘打ちへ移行する。肘打ちでジョズの鳩尾を狙うが手で受け止められる。そのままニーナは流れるように黒竜・爪で首を突く。かすり傷でもつけることができればランダムの毒が発動し、絶命させることすら可能である。

「動きも連携への繋ぎも遅い」

「はあ゛はあ゛っ……はあっ!!」

ニーナが短剣技『インフィニティーブロー』を発動。MPが続く限り放たれるブローを、ジョズはこともなげに捌いていく。

同じ短剣二刀流の使い手であるが、それだけに実力の差が如実に現れる。

無酸素運動の影響で、ニーナの肌が青紫色に変色し始める。

「ぜえぜえっ……うぷっ……はっ!」

吐き気を無理やり抑え込んで、ニーナは攻撃を続ける。狙いは短剣に意識を向けさせることである。

「いい加減にしろっ!」

ジョズがニーナの二本の短剣を弾く。ニーナの両腕が大きく左右に開かれる。短剣こそ手放さなかったものの体勢は崩れ、演技でも誘いでもない明らかな隙ができる。その瞬間、ニーナは影技『シャドーバインド』を発動する。ジョズの足元の影が、拘束しようとジョズの足へ纏わりつこうとするのだが、そのとき激しい光が周囲を照らした。

「光照玉だよ。地面に叩きつければ、激しい光が周囲を照らす」

ジョズの右手の中には、 天鷹爪(てんようそう) の他にいくつかの玉が握られていた。

「ぜぇぜぇっ……ま、まだ……っ!?」

膝から崩れ落ちたニーナが、慌てて手で口を押さえる。

「ニーナ、君はもう限界を超えている。これまでに八回、僕が君を仕留めることができたことに気づいているかい?」

口を押さえるニーナの手から嘔吐物が溢れる。

「これだけ相手をすれば、どんな手を使っても僕には勝てないことがわかったはずだ。

言いたくはないが、他の食客達は僕のように甘くはない。

レナ達になにかあってからじゃ遅いんだ。もしレナ達になにかあれば、ユウが黙っていない。そうなれば、双方Aランク以上の実力者だ。ムッス様のためなら命を懸けるような者達と、敵には容赦しないユウが戦うことになるんだ。どれだけの被害が出るか想像もしたくもない。カマーの住人にだって被害が及ぶかもしれない」

「お……ぇっ。ぜえぜえ……う、嘘ばっかり。はあはぁっ……ジョ、ジョズさん、だって……ほ、他の、人達のことなんか……はあはあ、全然……心配なん……か、して、ないくせに……はぁはぁっ」

「なんの関係もないカマーの住人に犠牲が出てもいいのかい?」

「はあはぁ……。ふ、ふふ。どうして会ったこともない人達と、ユウを天秤にかけないといけないのかな」

「犠牲になるのは、君の知り合いの冒険者や受付嬢かもしれないんだぞ」

「誰にだって優先順位があるんだよ。ジョズさんだって、カマーの人達よりムッスさんのことを優先するでしょ?」

ニーナが周囲を警戒するように注意深く見渡す。

「ここには僕しかいないよ。

僕が格下相手に伏兵を潜ませるような卑劣な真似をするとでも……待て。ニーナ……どういうことだ? なぜ君は立っていられるんだ」

ジョズはニーナから感じる違和感に気づく。

先ほどまで呼吸が乱れに乱れ、自らの短剣の重みにすら耐えきれず、膝をつき嘔吐していたはずのニーナが、何事もなかったかのように平然と立っているのだ。

青紫色に変色していたはずの肌も元通りに、呼吸も整い、二本の短剣を羽でも持つかのように軽やかに構えていた。

「うん。本当に誰もいないみたいだね。ちょっと拍子抜けしちゃったかな。でも、もうすぐ怖い人が来るから、そろそろジョズさん――」

「ニーナ、今なんて言っ――」

「死んで」

ジョズの右手に握る 天鷹爪(てんようそう) の刃が半ば欠け、地面に落ちる。一瞬、停止した時が動き出したかのように、遅れて鮮血が宙に飛び散った。