軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第229話:話は終わっとる

「ばっかじゃないの」

呆れ果てた様子のクラウディアがヤークムに言い放つ。

「そんなことジョゼフが許さない」

続いてララが警告するように、しかしヤークムは「ふんっ」と大きく鼻を鳴らす。

「あがぁなボンクラのことはどうでもいいわい。

大事なんは、明日明後日にも来るいう財務大臣の使者が出す無理難題に、どう対応するかじゃ。それにはあのサトウとかいうガキに、どがな手を使ってでもこちら側に協力するようせんといかん!」

「なんで財務大臣の使者とあの子が関係してるのよ」

「さっきから方言が出てる」

ララのツッコミを無視し、語気を荒くしながらヤークムは話を続ける。

「これまでも派閥への誘いを散々に断っとったぁムッス殿に対して嫌がらせはあったがの、今回は向こうも本気じゃ。あんのクソ財務大臣が権力にモノを言わせて、言うこと聞かにゃあカマーの税を倍にする話じゃ! それに向こうからの要望で、サトウに勲章を授けるから連れて来い言うとる」

「はあ? あの子がそんな見え透いた罠に乗るわけないでしょうが」

「罠とわかっとうても行ってもらわにゃいかん!」

「ムッスはなんて言ってる?」

「おんどれっ! 敬称をつけんかいっ!!」

ヤークムの怒鳴り声に、ララは素早く耳を塞いだのだが、クラウディアは反応が遅れ耳鳴りでふらつくと、椅子から転げ落ちそうになり慌てて体勢を立て直す。

「ムッス殿は近隣の貴族達との会談で留守だよ。まあ、使者が明日にも来るかもしれないから、それまでには戻ってくるさ」

怒りで身体を震わせるヤークムの代わりに、壁にもたれかかっているローレンがララの質問に答える。

「痛っ……。このバカ! アホ!! 私の耳が聞こえなくなったらどうしてくれるのよ!!」

「私はあなた達と違ってムッスに借りはない。だから敬称もつけないし、言うことも聞く必要がない」

ヤークムの怒声を警戒しているのか、ララは耳を塞いだままである。

「もう! ララのせいでとんだとばっちりだわ」

まだ耳鳴りから回復していないクラウディアがララの頭を叩こうとするのだが、それをララは軽々と躱す。

「話がサトウのことなら私は反対だからね」

「私も。ジョゼフに怒られる」

「話ならとうに終わっとるわい。賛成五、中立一、反対が一じゃい」

「どういうことよ」

クラウディアの目が細まっていく。

いつの間にか、ローレンが扉の近くに立ち位置を変えていた。

「おんどれらが反対するのはわかっとるわい。最初から数にいれとりゃせん」

「またジョゼフにボコられたいの? 今度は謝っても許してもらえないでしょうね」

「あんなぁ怖くもなんともないわい。最近は口を開けばユウ、ユウとまるで乙女みとうで気持ちが悪い。カマーに来たばかりの頃はそりゃ強かった。なにより怖さがあった。じゃが、今はもう腑抜けとる」

クラウディアとララは椅子からわずかに腰を浮かせていた。いつでも動ける体勢である。

「儂と殺る気か?」

「あんまり調子に――っ!?」

螺旋の回転を伴った矢が、窓よりクラウディアの後頭部を射抜いた――かのように見えたのだが。

最小限の動きでクラウディアは矢を躱したのだ。矢はそのまま分厚い木のテーブルを貫き、床に突き刺さっていた。それでもなお、矢は回転をし続けている。

「マーダリーっ」

この場にいない食客の一人、マーダリーの名をクラウディアが呟く。

ララが窓から外を見るが、視界内にマーダリーの姿は影も形もない。

どれほどの距離から矢を射ったのか、まして室内にいるクラウディアの頭部を狙うなど、恐るべき弓の腕前であった。

「わかっとると思うがぁ、今のは手加減しとるぞ」

「うっさい!」

先ほどのマーダリーが射った矢によって、髪が数本巻き込まれたのでクラウディアは激怒していた。それに呼応するかのように、クラウディアの周囲に漂う精霊達が慌ただしく動き回っている。

「どういうつもり?」

興奮しているクラウディアに代わって、ララがヤークムに問いかける。

「どうもこうも邪魔されるわけにはいかん。

マーダリーには、ここでおどれらの足止めを頼んどる」

「そんなことできると思ってるのっ!!」

「できるさ」

答えたのはヤークムではなく、ローレンである。

「窓からはマーダリーの矢が、扉は私が護ってんだ。武器どころか、防具すら身に纏っていない軽装のあんたらが、どうやって突破するつもりだい」

「こうやって」

そう言うと、ララが壁に裏拳を放つ。Aランク冒険者の『闘技』を纏った一撃である。本来であれば、壁など粉々になっていそうなものであるが、壁は壊れるどころかヒビ一つ入らず、部屋全体が波打つように衝撃を吸収した。

「あんたらには言ってなかったけどね。この部屋はランポゥが土の精霊魔法で強化した特別仕様さ。ちょっとやそっとの攻撃じゃ壊せないよ」

「精霊に干渉して解除できる?」

ララが同じ精霊魔法の使い手であるクラウディアに尋ねるが。

「難しいわね」

「期待した私がバカだった」

「な、なんですってー!」

ヒステリックな金切り声を上げながら、クラウディアがララを捕まえようとするが、ララはするりと躱す。ララは横目でヤークム達の様子を窺うが、隙を見出すことはできなかった。すると、クラウディアは動きをピタリと止めて舌打ちする。

「やっぱり演技かい。

あたしを騙そうたってそうはいかないよ。あんた達の強さは誰よりも知ってるつもりさ。警戒を強くすることはあっても、弱めることはないからね」

「ほな。かーちゃん、そろそろ儂は行くで」

「あいよ」

「待ちなさ――ちっ」

外から数十の矢がクラウディアに襲いかかる。直射、曲射、様々な軌道の矢がクラウディアを貫かんとする。クラウディアは風の精霊魔法で矢を弾くが、それ以上ヤークムを追うことはできなかった。

悠々と部屋を出て行くヤークムを、クラウディアとララはなにも出来ずに見送ることしかできなかった。

都市カマーの大通り。

雑踏の中、人の波に埋もれるように歩くレナの姿があった。

「……むっ」

左を見て、杖を振るう。

「……むむっ」

右を見て、眉間に皺を寄せる。

「……誰も来ない」

本人は至って真面目で周囲へ睨みを利かせているつもりなのだが、その容姿から周りの人々からは微笑ましい視線を向けられていた。

さて、レナは街中にもかかわらず、杖やローブなど普段の冒険をするときの格好である。これから迷宮に潜るわけでも、大森林などで狩りをするわけでもない。

なにをしているのかというと、自分を餌に街中を彷徨いているのである。

アガフォン達が襲撃されたことは、レナにとってもショックな出来事であった。しかも、襲撃した相手は自分と同じ人族だ。

ユウお手製のアイテムポーチを奪われたフラビアの落胆ぶりはそれは酷いモノで、レナは自分とフラビアを重ね合わせ、首から下げている花柄のアイテムポーチをローブの上から思わず強く掴んでしまうほどであった。

そのアガフォン達はユウから失望されたと、信頼を取り戻すために朝早くから迷宮へ潜っている。その健気なアガフォン達の姿に、レナは表にこそ出さぬものの心の中では怒りが炎のように燃え盛っていた。

「……少し休憩」

都市カマーで一番人が行き交う大通りで、自分はここにいるぞと主張するように何時間も歩き続けていたために、レナの額には薄っすらと汗が浮かんでいた。大通り沿いにあるオープンカフェに移動すると、レナは飲み物と軽食を頼む。

両手でしっかりと木のコップを掴んで、果実水を飲みながら大通りを監視するように見続ける。

半分ほど果実水を飲んだところで、レナはコップをテーブルに置く。

「……お腹が空いてるの?」

テーブルに数羽の鳥が降り立っていた。小さな鳴き声で、餌を強請るように顔を傾げてレナのサンドイッチを凝視していた。

レナはサンドイッチを鳥が食べやすいように千切って与える。鳥達は大喜びで啄むのだが、一羽だけ食いつかない鳥がいた。

「……どうしたの? 食べ――っ。ゴーレム」

あまりにも精巧で自然な動きだったために、レナは注意深く見るまでその鳥がゴーレムだと気づくことができなかった。鳥のゴーレムはレナについてこいと促すように、首をしきりに振る。

レナは代金を支払うと飛び立つ鳥のゴーレムを、ミスリルの箒に跨って追いかけるのであった。

「くそっ、ダメだ。あれじゃ追いかけられねえ」

「仕方がない。ここまでだ」

「ああ、報告だけは忘れないようにな」

周囲でその様子を見守っていた『レナちゃんファン倶楽部』の者達が、悔しそうにレナの飛び去っていった方角を見続けた。

「手を止めない」

「もう言われなくてもわかってるから。やんなっちゃう」

屋敷の庭に蔓延る草木をネポラとティンが刈り取り整えていた。

以前はヒスイが住んでいたので、手出しができず無尽蔵に繁殖し放題だった植物達も、今となっては主のユウが住む屋敷に相応しいようにと、マリファがティン達に手入れさせていた。

それでもヒスイがいた影響なのか、通常よりも植物が繁殖する速度が速いのだ。月に数度は手入れしなければ、あっという間に屋敷を取り囲む外壁を草木が覆うのだ。ティン達とは別の場所ではマリファとメラニーが同じように草木を刈っている。

「ねえ、ティン」

「ん?」

「お姉様の機嫌が朝から悪いように見えるのは、私の気の所為かしら?」

ネポラが巻角にかかった髪を払いのけながら、マリファのいる方へ視線を向ける。側で一緒に作業をしているメラニーはどこが怯えているようにも見えた。

「気のせいじゃないよ。ご主人様が今日も一人で出かけちゃったから、お姉様は置いてかれたみたいで拗ねてるのよ」

「なるほど。だからナマリとモモは朝から拗ねて、町へ行ったのですね」

「ティン、なにか言いましたか?」

ダークエルフのマリファは耳が非常に良い。ティンとネポラの会話など、最初から全て聞こえている。

「なにも言ってませーん。ね、ネポラ?」

「私を巻き込まないで下さい」

「同じ奴隷メイド見習いなのに見捨てるなんて、ネポラは酷い。やんなっちゃう」

「人聞きの悪いことを言わないでちょうだい。今のはティンの失言でしょう」

ティンがネポラのお腹をぽかぽか殴りながら抗議する――と見せかけて、ネポラの大きな胸を揉みしだいていた。

「全く、あの二人はなにをしているのですか」

「ほ、ほんとですよね」

朝から不機嫌なマリファにビクビクしながらメラニーが同意する。マリファの機嫌を窺いながら作業するメラニーであったが、門の向こうからこちらへ駆けてくるヴァナモの姿が視界に入る。

「お姉様っ」

スカートの端を摘みながら駆けてきたヴァナモが、マリファの前で急停止する。

「どうしたのですか。

あなたには屋敷周辺の雑草を刈り取るよう命じていたはずですが」

「それどころではありません! お姉様、こちらをご覧下さい」

ヴァナモが手にした手紙をマリファに差し出す。

「これは……。ムッス伯爵の紋章ですね」

「罠や魔法などは施されていないのは確認済みです。先ほど、ムッス伯爵家に仕える使用人を名乗るものが、こちらの手紙をお姉様に渡すようにと」

「ご主人様にではなく、私にですか」

マリファは手紙の封を丁寧に剥がし、中身を確認する。その手紙に書かれた内容を目で追う毎に、長耳がピクリと動く。

「お姉様、手紙にはなんと書かれているのですか?」

ヴァナモは手紙に書かれている内容が知りたいのか、つま先立ちしてマリファの手元を覗こうとするが、それでも身長が足らなかった。

「ネポラ、アガフォン達の姿が見えませんが、どこにいるかわかりますか?」

「はい。早朝より迷宮に潜っております。夫のオトペは、最低でも一週間は戻らないと言っていました」

「それは好都合です。

ヴァナモ、すぐに皆を集めなさい」

「はい! かしこまりました」

マリファは手紙をメイド服に縫い付けているアイテムポーチへ仕舞うと、ヴァナモに奴隷メイド見習い全員を集めるよう指示するのであった。

都市カマーのスラム街。

ユウとスラム街を牛耳るマフィア達とで起こした企業アルコムによって、多くの住人に仕事が割り当てられ、安定した収入を手にした者達がスラムで金を落としていく。その恩恵を受け取った者達が、またスラムで物を買うことによって金が動く。金銭の循環が行われることによって、住所不定のスラム街の住人達は以前とは比にならないほど金と物を手に入れることができるようになり、生活水準が大きく向上していた。

貧すれば鈍す。スラム街の住人達が豊かになるに伴い治安も改善され、他の都市にある多くのスラム街とは一線を画すほどである。しかし、それでもスラム街はスラム街である。

少し通りから道を外れれば、そこはなにがあってもおかしくないほど危険な場所なのである。

ニーナとジョズがいる場所も、そんな危険なスラム街の一角であった。周囲は今にも崩れそうな建物に囲まれている空き地である。

危険な臭いに敏感なスラム街の住人達は、ニーナとジョズから漂う只ならぬ雰囲気に、波が引くようにその場をあとにした。

「話は伝えたとおりだ。

ニーナからユウに協力するよう頼んでほしい」

「う~ん」

「君達は気づいていないかもしれないが、これまでも多くの貴族や勢力からムッス様はユウを護ってきた。その恩を少しでも感じるなら協力してくれないか。

もちろん、ユウが王都に行く際は、僕も護衛として付き添うのを約束しよう」

先ほどからジョズがニーナの説得を試みるが、ニーナの反応は思わしくない――どころではない。まるで興味がないかのように関心を示さないのだ。

「時間がないんだ。

今このときにも、他の食客達が力尽くでユウに言うことを聞かせようと、レナやマリファの元へ向かっている。どの者も僕と匹敵、もしくは上回る剛の者達ばかりだ」

「なんでムッス さん(・・) の厄介事に、ユウが巻き込まれないといけないのかな?」

「ニーナ、ムッス 様(・) だ」

怒りを無理やり押さえ込んでジョズが忠告する。

「そんなくだらないことは~、ムッスさんが自分でどうにかすればいいと思うな~」

「二度目だぞっ」

今度は怒気も殺気も隠さなかった。ジョズの全身から放たれる殺意がニーナに叩きつけられるが、風に吹かれる草木のようにニーナは受け流す。

「そんなことよりも、もっといい方法があるよ」

ニーナが後ろ手に腕を組みながら歩いて行く。

ふいに振り返ると、そのまま前のめりになりそうなほど身体を傾ける。両の手には黒竜・爪、黒竜・牙の二本のダガーが握られていた。

「ごめ~んね」