軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第217話:龍退治

「応っ!」

クロが全身から溢れ出る闘志を魔物達へ叩きつけるかのごとく吼える。

「ゴガア゛ア゛アウ゛ウッア゛アゥー」

一方、魔物の群れからは恐怖を振り払うかのように、悲痛な叫び声がそこかしこから聞こえた。

魔物の群れ後方では追い立てるように木龍が迫っており、逃げ遅れた魔物はその巨体に容赦なく踏み潰されていた。

先頭を走る魔物が、クロの前方四十メートルほどにまで迫る。

先手を打ったのはクロであった。

「むんっ!」

クロの上半身が一回り肥大化し、右手に握る天魔アンドロマリウスの大鎚を地面へと叩きつける。放たれたのは槌技『 大地割壁(だいちかつへき) 』。砕かれた大地が見る間に壁を形成し、魔物の進軍を拒絶するかのようにそびえ立つ。クロはまだ足りないとばかりに槌をさらに振るう。大地がクロの願いに応えるかのように盛り上がり、次々と土壁が形成されていく。

「ガアッ!?」

「ビャアアっ!?」

驚いたのは先頭を走っていた魔物達である。突如眼前に巨大な壁が出現したのだ。木龍から逃げるために全力で走っていた魔物達は慌てて急停止しようとするのだが、背後から押し寄せる魔物達がそれを許さなかった。

「ガピュッ……」

「ギャンッ!!」

「アボベッ……ウゥッ……」

土壁と後方から押し寄せる魔物との間に挟まれ、先頭を走っていた数百匹の魔物が圧死する。それでも万を超える魔物の暴走は止まらない。圧死した魔物を踏みつけ、乗り越え、土壁へ体当たりしていく。

「ブオ゛オオオーンッ!!」

一匹の多角犀が土壁をぶち破ると一気に魔物達がなだれ込む。破られた土壁からは次々と魔物が姿を現し、クロの横を通り過ぎていく。クロを攻撃する様子は微塵もない。それもそのはず。魔物の群れの目的は木龍からの逃避である。

「主が某を見ているのだ。一匹たりとも見逃すわけにはいかん」

クロは左腕に力を込める。左手に握られた血塗られた大地の戦斧の柄からは、軋む音が漏れ出す。次の瞬間、クロがその場で一回転する。クロの回転に合わせて戦斧から伸びた闘気の刃が、円状に魔物達を斬り裂く。数十匹の魔物が横半分に斬り裂かれ、一瞬遅れて上半身と下半身へと分かれ、滑るように上半身が地面へ落ちる。残る下半身は惰性のまま走っていくのだが、上半身がないことを思い出したかのように速度を落とすと、そのまま地面へ倒れた。

クロが放ったのは斧技『気円斧斬』。闘気を刃と化し、回転して円状に斬り裂く技である。その刃が及ぼす範囲は使い手次第であるのだが、腕の立つもので半径五メートルほどである。しかし、クロが今放った『気円斧斬』の範囲は少なく見積もっても半径三十メートルを超えていた。

「おお。あの黒いゴブリン、随分強くなってるじゃねえか」

わざわざ遠くまで見渡せるよう、ユウに土魔法で創らせた丘に寝そべりながらジョゼフがクロを褒める。

「黒いゴブリンじゃない。クロだ」

「そんな名前だったか。

しっかし、木龍ってのは本当に身体が樹でできてんだな。デリム帝国にいた頃に砂龍なら見たことあるんだが、あっちは砂ってより岩みたいな身体してて刃が通り難いのなんのってな」

「マスターの下僕を名乗るからには、あの程度はできて当然です。

それよりもマスター、あの木龍――」

「操られているかもしれないって言いたいんだろ?」

ユウの言葉にラスは無言で頷き、ジョゼフは興味ないのか鼻をほじっていた。

「財務大臣の仕業でしょうか?」

「そこまでバカとは思えないんだけどな」

「木龍を操り国に騒乱を起こし、民草から国や王への不平不満を高めたところで国を乗っ取る気やもしれません」

「それでも自分の国を襲わせるか?」

「人族ならあり得るかと」

「いもしない獣人の軍隊をでっち上げて、国を滅ぼした連中みたいにか」

ラスの反応は沈黙であったが、全身から放たれる魔力は複雑な感情が絡み合うかのように、不安定で乱れていた。

「そろそろクロと木龍がぶつかるぞ」

ジョゼフの言葉にユウとラスが視線を向ける。

そこには数千の屍に囲まれながら戦うクロの姿があった。

当初はクロを無視して駆け抜けようとしていた魔物の群れであったが、それを許さぬクロの存在に排除しなければ通り抜けられないと頭ではなく本能が理解する。

「ガアアアアッ!!」

「ゴガァッ!!」

「ヴォオオオンー!」

連携など欠片もない。数に物を言わせた攻撃である。

「笑止」

クロが武器を振るう度に魔物が肉片を撒き散らしながら息絶えていく。あるいはクロが相手でなければ、数の暴力が通じたのかもしれない。だが、クロはアンデッドである。疲れを知らぬ肉体は些かの衰えも見せず、常に全力で動き続けることを可能とした。

「どうした。かかってこぬのか?」

魔物の群れの暴走が止まった。

万を超える魔物の群れがたった一匹のゴブリンによって止められたのだ。

前進すれば待っているのは死。戻れば後方から迫る木龍によって、こちらも待っているのは死。魔物の群れはどうすれば生き残れるのか、判断を迫られていたのだが。

「ぬっ!?」

土壁が爆散した。魔物によって穴を空けられていたものから、クロが新しく創ったものまで全ての土壁が突如爆発したかのように、四方八方へ砕け散った。

吹き飛んだ土壁の欠片は魔物が逃げる間も与えず、頭部や身体を貫いていく。欠片は当然クロにも襲いかかるのだが、クロは『闘技』を纏い欠片をやり過ごす。ここで隙きを見せるわけにはいかなかった。

それはこの惨状を引き起こした者が、眼前で自分を見下ろしていたからだ。

「さすがは龍。尾を振るうだけで某の土壁を打ち破るか」

体長七十メートルはあろうかという木龍は、紅に染まった瞳でクロを見つめていた。

「相手にとって――」

クロの言葉が言い終わるよりも先に、木龍の精霊魔法第8位階『 創草樹誕(ク・サーハ・エル) 』が発動する。地面より草木が高速再生するかのように生え、魔物の身体に纏わりつき、体内へ取り込みながら絞め殺す。取り込まれるのを慌てて躱した魔物達も、次々に地面から生える蔦や樹の枝に捕らわれ、その命を散らしていく。

数千の屍と共に残る魔物達も、木龍の創りだした森林の糧となった。クロが槌技や斧技、己の肉体を駆使し半数まで減らした魔物の群れを、木龍は一瞬にして殲滅したのだ。

クロは周囲を見渡す。見晴らしのいい平原が、木龍の魔法によって森林へと変貌していた。

「な、なんという出鱈目な魔法、強大な魔力! 某が半数まで減らした魔物の群れをたった一発の魔法で皆殺しにするとは!!」

クロは自分を絞め殺そうとする草木を薙ぎ払いながら木龍を見上げた。対する木龍は身体をわずかに揺すったかのようにクロには見えた。

「ごはっ……」

木龍の尾が木々をへし折りながら、クロの身体を天高く打ち上げる。

飛び散る木々と共に、クロは高度数百メートルまで舞い上がる。『悪魔の牢獄』で酷使して老朽化していたとはいえ、長い間クロの身体を守り続けていた兜、鎧、ガントレットなどの防具がガラスのように砕け、空に散っていく。

「馬鹿者めっ! 気圧されるからあのような攻撃をまともに喰らうのだ」

「クロのことが心配なのか?」

「ち、違います!

私はマスターの下僕でありながら、不甲斐ないあの羽虫が腹立たしいだけです!!」

ラスは宙を漂いながら、心外ですとばかりにローブをばたつかせる。

「マスター、今からでも遅くはありません。私にお任せ下さい」

「クロはまだ諦めてないみたいだぞ」

鎧や骨を砕かれながらも、クロは武器だけは決して手放さなかった。それどころかより一層闘志を漲らせ、眼下に拡がる森林と木龍を視界に捉える。

時速数百キロで降下するクロは、地面と接触する直前に槌技 暴凶破壊槌(ばくきょうはかいつい) を放つ。

轟音と共に木々と大地が消し飛ぶ。地面には巨大なクレーターを刻みつけられ、土煙の中からクロが姿を見せた。

「龍の一撃、しかとこの身に刻んだ」

貴様の言葉など聞くに値しないとばかりに木龍は息を吸い込む。木龍の胸部が異様に膨らみ、クロと目が合うと同時に木龍の口から『龍の息吹』が放たれる。

膨大な魔力が木へと姿を変え、数千の槍と化してクロに襲いかかる。

「これは躱せぬ」

クロの判断は早かった。躱せぬとわかると、槌技『 大地割壁(だいちかつへき) 』で土壁を創り出す。しかし、木龍の創り出した木の槍は分厚い土壁を紙のように貫き、大地を剣山のように木の槍で埋め尽くした。

「あっ……」

思わずラスが声を漏らす。

「大丈夫みたいだぞ」

「私はなにも言っておりませぬ」

土煙を斧を振るって晴らしたクロの身体を黒い靄が覆っていた。黒い靄がさらに濃く密度を高めると鎧のようにクロの全身を覆った。

「んん。ありゃなんだユウ?」

ジョゼフが尻を掻きながらユウに尋ねる。

「暗黒魔法第4位階『 暗黒鎧(ダークネス・アーマー) 』だ。ラスが使うのと似てるよな」

「 ゴブリン(・・・・) の分際で生意気な」

今まで羽虫と侮り。クロのことを決して認めなかったラスが、わずかとはいえ認める発言をしたことに果たして本人は気づいたのかどうか。

「なるほどな。ところで、あの木龍ってなんか変じゃねえか。時間が経つほど弱くなってる気がするぞ。それに龍にしてはあまりに弱過ぎねえか?」

「お前ってゴリラのくせに勘だけはいいよな」

「マスター、それではゴリラに失礼ですよ」

「お前らな」

『異界の魔眼』を持つユウと『真理追究』を持つラスは、木龍の状態異常『狂乱』『異常促成』に気づいていたのだが、ジョゼフは勘でそれを言い当てたのだ。ユウが感心するのも無理はなかった。

「さすが……。さすがは最強の種族の一つと言われる龍族。一瞬の油断が即、死へと繋がる。

だが、某も負けるわけにはいかぬ。主が――某のような最弱のゴブリンが、龍に勝つと言ってくれた主が見ているのだ。そなたを斃し、主に献上してみせる」

クロの全身が圧縮するかのごとく縮まっていく。

「いざっ!」

地面が爆ぜる。一筋の黒い矢と化したクロが、木々の間を縫うように走り抜け木龍へと襲いかかる。

一方の木龍に慌てた様子はなかった。そもそも自身の感情が、状態がよくわかっていない。なにか大事なことがあったようなのだが、それを考えようとすればするほど目の前が真っ赤になり殺意で塗り潰されるのだ。

それに眼下で小さき者がなにをしようと、自分の身を傷つけることなどできないとわかっていた。少し前に小さき者が集団で襲いかかってきた際に思わぬ深手を負わされたのだが、それは結界で動きを封じられ、小賢しきも 二匹(・・) の力ある者がいたからだ。

今は違う。三万もの小さき者達はおらず、あの小賢しき二匹もいない。自分を害することなど――

「驕ったな」

小さき――確かゴブリンと呼ばれる小さき者達の中でも最弱の種族。その最弱であるゴブリンの呟きが木龍の耳に届いた。

黒い靄が全身から右腕に移動し、大鎚へ集められ振りかぶるクロの姿を見ても、まだ木龍は自身の身体に漂う死臭に気づけずにいた。

『狂乱』状態のためか、あるいは小さき者の中でも最弱のゴブリンと侮っていたためか、木龍は回避する素振りすら見せなかった。

ウードン王国が誇る三万の精鋭が放つ数々の矢に魔法、剣や槍を軽々と弾き返した木龍の結界が砕かれ、腹部の龍鱗が肉諸共吹き飛ばされても、いまだ木龍は現実の出来事だと認識できずにいた。

「勝機っ!!」

天魔アンドロマリウスの大鎚が妖しく輝くと、スキル『対象の物理耐性・魔法耐性を半減』によって木龍の結界や身体がさらに弱体化する。その好機をクロは逃さない。

なにが起こっているのか理解していない。否、理解できない木龍の右脚へ、クロは槌技『 號槌(ごうつい) 』を叩き込む。

大地が悲鳴を上げたかと思うほどの地響きが起こる。木龍が創り上げた森林の大部分が消し飛び『 號槌(ごうつい) 』が直撃した木龍の太腿の付け根から下が消失していた。片脚を失いバランスを保つことができなくなった木龍が横転すると、二度目の地響きが起こる。

眼下に見下ろしていたゴブリンが、自分の眼前で横に両手を拡げ武器を握り締めていた。

そこで木龍は初めて自身に死が迫っていることを理解する。

木龍は恥も外聞も捨て無様に泣き叫んだ。

「木龍よ。某を失望させるな」

それが木龍が最期に耳にした言葉であった。

強力な再生を持つ龍族。木龍はその強力な再生が発動する間もなくクロにとどめを刺される。

三度目の地響きが起こると木龍の命も同時に消えた。

そして木龍を討ち滅ぼしたクロの前方には『絶対なる勝利をもたらす騎士』パラム率いる千の騎士の姿があった。