作品タイトル不明
第205話:大丈夫だ、問題ない
『悪魔の牢獄』第五十三層。
そこは生半可な攻撃では傷をつけることすら叶わない魑魅魍魎が跋扈する階層である。強者のみが生きることを許され、弱者は安易な死を受け入れることを強要される過酷な環境なのだが、そこで不思議な光景が拡がっていた。第五十三層でも屈指の強者であるはずのペインデビルと思われる肉片が数体分、他にもアークデーモンやグレーターデーモンなどの天魔族の死体が、そこら中に無残に放置されていた。そしてその中心では人族の少年と最弱の魔物の一つとして挙げられる一匹のゴブリンの姿があった。
ゴブリンはまるで神や王の前にでもいるかのように、少年の前で跪いて言葉を待っているように見えた。
「主の手を煩わせた塵共を、全て屠ってご覧に入れましょう」
「うん?」
鼻息の荒いクロとは裏腹に、ユウはなにか話が食い違っていると感じた。
「クロ、俺の話聞いてたよな?」
「一言一句、聞き漏らしておりません」
「俺の国の奴らが少し力をつけたからって、調子に乗って軍を作りたがっていると言ったよな?」
「主から与えられた力を独力と思っているのでしょう。塵の分際で許しがたいことです」
「このままだと無駄死にするだけだから、ゴブリンを統率してたクロの力を借りたいって言ったよな?」
ユウからの「力を借りたい」という言葉に、クロの全身が震える。
「お任せ下さい!! 有象無象の塵共など、主の一の下僕である某が全て屠って――」
「違う! 誰が殺せって言ったんだよ。俺はお前に軍を率いろって言ってんだよ」
「で、では。主に迷惑をかけた塵共は殺さないと?」
「当たり前だろうが。なんで育ててきた奴らを皆殺しにするんだよ」
「なるほど。さすがは某の主、心が広い」
自分の周りの連中はなぜこうも好戦的なのかとユウは溜息をつく。
クロを見れば頻りに頷いているのだが、本当にわかっているのか不安になるユウであった。
「ところでクロ、その武器ボロボロじゃないか」
クロの傍らに置いている二本の武器、血塗られた大地の戦斧に魔人の大鎚はどれほどの魔物を屠ってきたのか、血がこびりつき刃は欠け、微細な罅が至る所に入っていた。特に魔人の大鎚は、簡単には修復できそうにないほど劣化していた。それにクロの身に着けている防具を見れば、武器と同様に消耗しており、靴などは穴が空いて足が剥き出しになっていた。
「特にその魔人の大鎚は、ここの連中を相手するには力不足だろう。
この『悪魔の牢獄』でずっと篭ってたんだし、宝箱からもっとマシな武器とか手に入らなかったのか?」
「はっ。ずっと戦っていたので宝箱などは一切開けておりませぬ。代わりにこちらを集めていました」
クロがアイテムポーチから取り出したのは完全な魔玉であった。以前と同じように欠片は自分に使い。完全な魔玉はユウに献上するため取っていたのだ。
「自分で使えばいいのに。
まあ、いっか。ほら、新しい武器と靴やるから使えよ。靴はもう修復できないだろうが、他はおっちゃんに頼めばいけるだろ」
クロは跪いたまま、ユウから武器と靴を受け取る。その姿はまるで王より下賜される臣下である。
「武器も靴もスキルは付与してないから、使ってみてなにか不満があれば好きなスキルをつけてやるぞ」
「滅相もございません! 主から頂いた物に不満などあろうはずがっ!」
「あー、うるさい。
とりあえず戻るぞ。ナマリから連絡があったから、ニーナ達を回収しないといけないしな」
「かしこまりました!」
「うるさいっての」
「ユウ~。ただいま~!」
『ゴブリン大森林』の探索を終えたニーナ達が、ユウの時空魔法で創った扉で戻るなり、ニーナがユウに抱きつこうと飛びかかるのだが。ユウは軽く躱すとニーナはそのままユウのベッドへと頭を突っ込む。
「ユウ、ひどいよ~」
「オドノ様、あのね。俺がこうバーンってなぐって、ゴブリンのボスをやっつけたんだ! それでね。モモが――あれ? クロがいる」
ユウに抱きつきながら、迷宮での自分の活躍を報告するナマリであったが、クロの存在に気づくと「俺がやっつけたゴブリンは、クロの友達じゃないよね?」と心配そうに話しかけていた。モモは連日の探索で疲れ果てていたのか、ユウの顔を見るなり飛行帽の中へ潜り込み、そのまま寝てしまう。
「ご主人様、ただいま戻りました」
「……少し疲れた」
マリファはユウの前で跪くと帰還を報告する。側にはコロとランが伏せているが、ユウに会えて嬉しいのか尻尾を激しく振っていた。
レナは少し疲れたと言っているが、本人が自覚している以上に疲労しているようでユウのベッドへ倒れるように飛び込むと、先にベッドで横になっていたニーナが慌ててレナを受け止める。その際にニーナの胸がクッション代わりになったのだが。
「……自慢?」
「ええ~!? 違うよ。いたっ。レナ、胸を抓らないで~」
ニーナの胸に埋もれたレナが「……この胸が憎い」と言いながら、ニーナの胸を枕にして眠ってしまう。
「ご主人様、こちらが『ゴブリン大森林』で手に入れた品々になります」
「あ~! マリちゃん、自分だけズルいよ~! ユウ、私! 私が宝箱の罠をぜ~んぶ解除したんだからね。ね、聞いてる? ユウってば~」
ニーナがマリファに抗議するのだが、レナを抱えているため動けないようで足をバタバタさせて精一杯のアピールをする。
実際、Bランク迷宮である『ゴブリン大森林』の罠が設置されている宝箱を無事に回収できたのは、ニーナの功績によるものである。しかしマリファは、そのようなことはご主人様はわかっていますよとニーナの相手をせずに、アイテムポーチから魔導書や貴金属に武具など次々と手に入れた品々をユウの前に並べていく。
「魔導書は宝箱からか」
「はい! は~い! 私だよ。私が罠を解除したんだよ~」
「はい。ニーナさんのおかげで、誰も傷つくことなく宝箱から回収することができました。そしてこちらがゴブリン達が栽培していた植物になります」
マリファはアイテムポーチとは別に用意していた鞄から取り出したのは、赤や黄、紫など様々な色の植物であった。
「お、これ欲しかったやつだ。こっちはラスが欲しがってたな」
市場では滅多にお目にかかれない貴重な植物を前に、ユウが珍しく興奮する。その姿にマリファは嬉しそうに長耳をピコピコ動かす。
この植物を生きたまま持ち帰るために、ニーナ達はアイテムポーチではなく予め用意していた普通の鞄に入れて持ち帰ったのだ。
「ありがとうな」
ユウはマリファの長耳を掴むと、横に引っ張りながら礼を言う。マリファは「あっ、あぁ……あふん」と喘ぎ声のような声を漏らしながらも、本人はキリッとしたつもりの顔で「これくらい大したことではありません」と答えていた。
「コロとランもありがとうな」
コロは「ウォンッ」と吠えて腹を見せる。撫でて欲しいのかと、ユウが手を伸ばすがランの尻尾がユウの手首に巻きつき、ランの頭へとユウの手を誘導させる。ユウは「しょうがない奴だな」と言いながらも、先にランの頭を撫でる。このランの横槍にコロは怒り心頭であったが、ここでランとケンカすればマリファに叱られるのはわかっているので、自分の番がくるまで唸りながらも耐え続けた。
「ねーねー。オドノ様ー」
ユウがコロの腹を撫でていると、ナマリがユウのズボンを引っ張る。
「ナマリ、どうした?」
「ニーナ姉ちゃんがすねてる」
ユウが自分のベッドを見れば、レナを抱きしめたままのニーナが頬を膨らませていた。マリファ達ばかりを褒めるなということなのだろう。
ユウは仕方がない奴だなと苦笑しつつも、ニーナの頭を撫でる。
「えへへ~」
膨れっ面であったニーナだが、ユウが頭を撫でると途端に笑顔になる。
「ご主人様、私がいない間になにか問題などはなかったでしょうか?」
マリファの問いかけに、ニーナの頭を撫でるユウの手が止まる。長達からあった建軍の話をマリファに話せば、間違いなくややこしいことになると判断したユウは。
「なにも問題は起こってない。大丈夫だ、問題ない」