軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第156話:魔人族の決意

腐界のエンリオ五十六層、風によって舞い上げられた砂塵の中をユウ達は進んでいた。腐った大地は一歩進むごとに足首まで沈み込み、歩行するだけでユウ達から体力を奪う。粒子の細かい砂はいつの間にか衣服や靴の中へと侵入し、時には目に飛び込んでは視界を妨げ、大口を開けて歩いていたニーナは口の中に入った砂によって咽ている。

「コロ、いけいけ~!」

そんな過酷な環境の中、ナマリはコロに跨ってユウの周りをグルグルと走り回り、楽しんでいた。雲豹のランはコロ達が鬱陶しいのか、完全に無視して澄ました顔で歩いていたのだが、突如身体をビクッ、と震わす。ランがゆっくり振り返ると、そこにはランの尻尾を掴んでニンマリと笑みを浮かべているナマリの姿があった。

「ミ゛ャアッ!」

ランが全身の毛を逆立たせながら吠えると、イタズラが成功したとばかりにナマリはコロと共に笑いながら走り去っていく。逃げるコロ達を追いかけようとしたランであったが、ユウが尻尾を撫でると先程とは違う意味で身体を震わせる。顔は前を向いて興味はないと装ってはいるが、ランは尻尾を左右に振りながらユウの太腿辺りに尻尾を絡ませるなど、見ようによってはイチャついているようにも見える。面白くないのはコロである。普段からあまり仲が良いとは言えないランが、自分の大好きなユウと楽しげにじゃれついているのである。

「ウゥ゛……ウオォンッ!」

コロが勢いよくランに飛びかかると、ランも負けじと噛みつく。コロの方が身体が大きい分、まともに戦えばランの方が分が悪いのは明らかであったが、ランの尻尾より煙が――いや、固有スキル『雲海』によって創り出された雲が溢れだす。ちなみにコロが跳びかかった際にナマリは当然のように地面へと振り落とされていた。

「こら、やめろ」

「ご主人様の前で恥ずかしい真似はやめなさいっ!」

ユウとマリファに諌められると、コロとランは見てわかるほど項垂れる。ユウがコロとランの頭を撫でると、二匹は身体をユウへとすり寄せた。

普段であればこうなる前にマリファが注意するのだが、今のマリファにそこまでの余裕はなかった。いや、マリファだけでなくニーナとレナも同様に余裕はなく。三人の顔を見れば、疲労からか目の下には隈ができており、表情も固くなっていた。

それもそのはず、最後にユウ達が休憩をとってから二日間休まずに探索をしていたのだ。特に四十八層、四十九層の冒険者の間で腐れ沼と呼ばれている場所では、広範囲に渡って拡がる紫色の沼地からは有毒なガスが噴出しており、それ以外の場所でも底なし沼や、浴びれば肉も骨も腐る腐敗性のガス、金属を瞬く間に溶かす強酸の沼など、進むだけで生死にかかわる場所である。さらにそんな場所で魔物が襲ってくるのだ。何度も死にそうな目に遭いながらも、ニーナ達は乗り越えてついには魔人族の村がある五十六層にまで辿り着いたのであった。しかし、いつも明るいニーナからは笑みが消え、大口を開けながらぜぇぜぇと呼吸しては砂が口に入り込み咽る。レナは砂塵に混じる腐敗臭を嫌ってか、ローブで顔半分を覆っている。マリファは表情に変化はないように見られたが、長い耳が元気なさげに垂れ下がっていた。

「ふふ。あいつら、ちゃんと冒険者を頑張ってたんだな」

目の前を黙々と歩くニーナ達を見ながらユウが嬉しそうに呟いた。

「失礼ですが、私にはマスターが気にかけるほどの者達には見えません。先程も雷耐性を持つ雷蛇のアンデッド相手に、レナ殿は雷の魔法を放つ始末。この先、これ以上の成長が見込めるとは私にはとても思えませんが」

ラスはニーナ達を認めることができないのか、辛辣な言葉で厳しい評価を下す。

「ラスが言うほど酷くはないぞ。ニーナ達が一度でも泣き言を言ったか? それにレナはわかっていて雷蛇相手に雷の魔法を使ってるはずだ」

「どういうことですか?」

「この程度の相手なら、耐性を持っていようが押し切る事ができないようじゃ、この先やっていけないって思っているはずだ。その証拠にレナは雷蛇の弱点を知っているし、弱点である火の魔法を使える。

このままいけば、数年もしない内にラスも驚くくらい……魔人族の村が見えてきたな」

「ユウ~、村が見えてきたよ~」

「見りゃわかる」

村が見えてくると、途端にニーナが元気になる。

「あれが魔人族の村ですか……やっと、いえ……ご主人様のお力で三十層から探索を開始したのですから、大分早く着いたのでしょうね」

「……疲れたの?」

「まるでレナは疲れてないみたいな言い方ですね」

「……私はへっちゃら。マリファは私より年下だから疲れて当然」

「嘘を吐きなさい。レナだって先程まで項垂れながら歩いていたではないですか」

「……私は超余裕。これが姉の力」

「誰が誰の姉ですか! 私より小さいくせに!」

マリファの言葉にレナは自分の胸に手を当てると、悲しそうな顔でマリファを見詰めた。

「あっ……その……胸ではなく身長の……あいたっ!?」

しどろもどろになるマリファの脛を杖で叩くと、レナはニーナの胸へ飛び込んだ。その豊かな胸の感触にさらなるダメージを受けるのだが、所謂自爆である。

「全くなにをやっているんですか」

地面へ蹲りへこんでいるレナを、ニーナが何事かと心配そうに声をかけていた。マリファはそんなレナの姿に呆れ果てる。

「ナマリ、お前が説明しに行くんだよな?」

「うんっ! 俺に任せてよ!」

「任せて大丈夫なんだろうな?」

「大丈夫っ! 俺を信じて!」

ナマリに任せるのが少し不安なユウであったが、自信満々で目を輝かせているナマリにいまさら任せないとは言えない――と思われたが。

「そこまで言うならわか――いや、やっぱり俺が説明する」

以前、同じようなやり取りがあった際にどうなったかを、ユウは思い出したのだ。

「ええ~、俺で大丈夫なのに……」

ボロ屋と言って差し支えない部屋の中では、ユウ達と魔人族の老婆が向かい合っていた。老婆の側では若い魔人族の女性が、ナマリを膝の上に抱きかかえていた。さらに後ろには、以前ユウと戦ったマチュピという名の男性が控えていた。

元々、その容姿から様々な種族に忌み嫌われてきた魔人族である。普通であれば敵意むき出しで、話し合いになどなるはずはないのであるが。

「わかりました。オドノ様の提案、喜んで受けさせて頂きますじゃ」

ユウからの、正確にはナマリの魔人族をユウの国に住ませてほしいという願い。今いる村を捨てて移住しないかという提案を、魔人族の年老いた老婆は二つ返事で了承した。その瞬間、魔人族の若い女性――カムリの膝の上に座っていたナマリは飛び上がり、バンザイをしながら部屋の中を走り回る。途中、カムリに捕まえられて怒られるのだが、懐かしいのかどこかナマリは嬉しそうであった。

「本当にいいのか?」

「このままここにいても、待っているのは緩やかな滅び。前にオドノ様が下さった果物のおかげで、飢えはなんとかなっておりますがぁ、迷宮の魔物に殺られる者が日に日に増えておりますじゃ」

おババはユウの手を取ると、自分の額をそっと当てる。魔人族の間で感謝を伝える際の作法である。

「マチュピ」

「はい」

おババの呼びかけに、今まで一言も喋らなかったマチュピが返事する。

「準備にどの程度かかるかのぅ」

「三日ほど頂ければ、狩りに出ている者は五日もすれば戻ってきます」

「うんうん……あいわかった。

オドノ様、狩りに出ている者にも説明したいので、六日後以降でどうじゃろうか?」

「こっちはいつでも問題ない。六日後に迎えに来るから、それまでに準備しておいてくれればいい」

移住することが決定し、ユウとおババは話を詰める。話を詰めると言っても、話の大半はナマリがどうしていたかや、ユウに迷惑をかけていなかったなどの他愛もない話である。ナマリは役に立っていると主張するが、ユウの話を聞くにつれカムリの表情が険しいものへと変わっていき。ついにはナマリを連れて部屋を出ていってしまう。ナマリの助けてという哀願の篭った視線から全員が目を逸らした。

魔人族の村を出る際、村人総勢で見送られたユウはどこかむず痒かった。ユウの横ではなにがあったのか、ナマリがべそをかいており、コロが顔を舐めて慰めていた。ランは仕方ないわねとでも言うような表情で、ナマリの頬を尻尾で撫でた。

「ご主人様、このあとは最下層まで行くのでしょうか?」

「ふっ、身の程知らずが」

マリファの問いかけにラスが鼻で笑うと、マリファが睨みつける。

「わっ、わっ、そういえば魔人族の人達はラスさん見ても驚かなかったね」

険悪な雰囲気を変えようとニーナが強引に話題を変える。

「前に俺が死霊魔法を使っているからな。それにここはアンデッドだらけだから、ラスの姿もそれほど珍しくないんだろう。

マリファ、今日はこのまま家に帰るぞ。マゴ達に頼んでいた品物ももうすぐ届く。お前らの実力もわかったしな」

「かしこまりました」

ユウ達が帰った後、魔人族の村では狩りに出かけている者以外の全員が、広場に集まっていた。

「俺らに異存はありません」

「わかっておる。儂らはオドノ様のおかげで生きながらえることができたでなぁ。今度は住む場所まで与えてくださる。この御恩は儂ら全員の命を投げ打ってでも返さなくてはいかん。それはわかっておるなぁ?」

「勿論です!」

「うんうん。んではカムリ、ナマリから聞いた話を皆へ」

「はい。オドノ様には多数の敵がいます。ナマリから聞いただけでもウードン王国、セット共和国、ジャーダルク、デリム帝国、自由国家ハーメルン。それにイモータリッティー教団……」

カムリの言葉に魔人族達の間でざわめきが起こる。カムリが聖国ジャーダルクをあえてジャーダルクと略したのは、獣人、エルフ、ドワーフ、小人などを亜人と称し、苛烈に迫害してきた聖国ジャーダルクを、聖国などと人族以外は認めていないからである。逆に聖国ジャーダルク出身の者達は、聖国と付けて呼ばなければ気分を害することも多い。信仰心の高い者であれば争いにまで発展することも珍しくはなかった。

「鎮まりなさい。儂はこれを天命じゃと思っとる。長きに渡り迫害されてきた儂ら魔人族は、はぁ……気付けばいくつにも分かれて、今では自分達こそ氏族を纏める族長であると争う始末じゃぁ……儂らも命からがらやっと辿り着いたのがぁ、こんな腐った場所じゃでな。ひゃっひゃ、もうお前らの子供を見ることもなく死を待つだけと思っていた矢先に、坊がのぅ……オドノ様を連れてきたんじゃ。お前らくらい若いのになるとぉ……お伽話じゃろうが……はるか昔には魔人族を引き連れてのぅ……人族を相手に戦ったオドノ様がおったんじゃ」

おババは昔を懐かしむようにゆっくりと話を皆へ聞かせた。誰もがおババの話に聞き入った。若き魔人達は、オドノ様と共に戦った魔人族の英雄達に自分達もなれるかもしれないと思い、自然と胸が熱く脈打った。

「少し話し込んでしまったのぅ……これじゃから年寄りの話は長くて嫌じゃと言われるんかのぅ?」

おババの冗談に皆が笑みを浮かべた。

「ひゃっひゃ、お前ら儂らの役目はぁ……わかっとるのぅ?」

「「「はいっ!」」」

「オドノ様の敵は……」

「「「皆殺しです!!」」」

「同じ魔人族でもぉ……」

「「「滅ぼします!!」」」

「うんうん」

おババは皆の返事に満足したのか、ボロ屋の中へと戻っていく。残された魔人族達の顔には、以前のような絶望に打ちひしがれた表情を浮かべる者など一人もいなくなっていた。