軽量なろうリーダー

幼き魔女は、今日も強く生きている。

作者: 有梨束

本文

「魔女はね、魔女の血を選んで生まれてくるんだよ」

おばば様は目の皺をより深めて、怪しげに笑っていた。

いつもの得意げな顔で言っていたことが、今も頭のすみっこに残っている。

おばば様は、中立の森に住む魔女だった。

中立の森は、世界各地に点在していて、そこに各地の魔女が棲みついている。

魔女が森を管理し、どの国にも属さない。

その代わり、魔女はどの国からも、誰からも脅かされない。

同じ時間を生きながら、人の営みとは別の流れで生きていく。

それが、魔女の掟だ。

…って、おばば様がずっと言っていたの。

こういうのを、受け売りっていうんだって。

今の話を口酸っぱく聞かされていたから、ちゃんと覚えているよ。

おばば様は、わたしの育て親で、魔女の師匠だった。

森の真ん中に木のおうちに住んでいて、木々や動物に囲まれた暮らしをしていた。

おばば様とわたしは、何もかもが似ていなかった。

おばば様は紺色の髪に白髪が混じっていて、目は金色だった。

わたしは栗色の癖っ毛に、ピンク色の目を持っている。

昔、おばば様が紙に顔を写して残す魔法を使ってくれた時に現れた、横並びのわたしたちは全然似ていなかった。

おばば様は鼻が高かったけど、わたしの鼻は小さめだし。

おばば様は猫目だったけど、わたしは丸っこい形をしている。

「トーリは、本当に私に似てないねえ〜!」

よくそう言いながら、豪快に笑って、わたしの頭を撫でてくれた。

そもそも、わたしはおばば様の『孫』じゃないんだ。

人の血という意味では、わたしたちはつながっていない。

だから、似てなくても変じゃない。

魔女は生まれた時から、魔女なのだ。

おばば様が言うには、魂が魔女を選んで生まれてくるんだって。

魔女特有の血を持って生まれてきて、どの子もなぜか赤ん坊の時に中立の森に辿り着くのだと教わった。

魔女を産んだ母は、この子は中立の森の子だと本能的にわかって、預けに来るんだって。

わたしの本当にお母さんもそうだった、と言っていた。

魔女は、魔女が育てる。

そういうつながりで、魔女は続いている。

生みの親の顔も知らないまま、血が同じ魔女に育てられる。

そうやって、わたしもおばば様に育ててもらった。

「自分の子も産んだことないのに、子育てをさせるのだから、魔女とは奇妙な生き物だよ、まったく」

わたしの頭が揺れるくらい撫でてくれる時は、決まっておばば様の機嫌がいい時だった。

おばば様とわたしだけの暮らしだったから、いつも大袈裟に喜んだり褒めたりしてくれて、それでいてたくさん叱られてきた。

森の中の動物との仲良くなる方法、森で食べ物を調達する方法、町に買い物に行ったときの注意事項、生活のさまざまなこと教わった。

それから、もちろん魔法だって教えてもらった。

はじめて魔法を使ったのは3歳の時で、魔力の放出の仕方を練習した。

ぽよんぽよんと、自分の身長より大きくて丸い魔力の塊が、地面を跳ねていくのが楽しくて、何度も繰り返していたら、魔力を使い果たして寝込んだりもした。

「魔力切れになることなく魔法を使うのが、一人前の魔女なのさ」

そう言って、おばば様はニタニタと笑っていた。

おばば様は絵本の中の悪魔みたいに笑う癖があって、小さい頃は「わたしは悪魔と一緒に住んでいるんだ…!」と勝手に震えた夜もあったっけな。

魔力の調整が上達してからは、ふよふよと浮く球体のような魔力の上に寝そべるのが好きだった。

そこで昼寝をするのは、もっと好きだった。

「トーリは豪胆だなあ!」と、おばば様は笑い涙を零しながら、ゲラゲラ笑っていた。

『ごうたん』の意味は、3歳で教えてもらってもよくわからなかった。

そういえば、今もわからないままかも。

「おばば様、もっと魔法をおしえてっ」

「やっぱり、トーリも魔女の子だねえ。魔法、好きかい?」

「うん、いっぱいたのしい!」

「そうかい、そうかい」

おばば様は自分の扱える魔法は、全部実践して見せてくれた。

わたしは夢中になって、魔法を覚えた。

おばば様は大規模魔法が得意だったけど、わたしは生活魔法の方が得意だ。

火おこし、水を綺麗にする、植物の成長を支える、といった魔法が上手にできるし、やっていてもたのしい。

おばば様も、「トーリがいると、まともな生活ができるわあ〜!」とよく言っていた。

わたしの住んでいる森のある国の上には、空に大きくかかる結界が張ってある。

魔女以外には見えにくいらしいけど、七色に揺れるように光っている。

あれも魔法の一つであり、歴代の魔女様たちが維持してきたもの。

おばば様はああいう魔法が得意だから、「引き継いだ時に、より精度を上げた!」と自慢していた。

わたしがあの結界を強くする時には、おばば様が更新した分も直さないといけないんだから、手加減してほしいよね。

「あの結界は、古代遺跡の残りものだと人間には伝わっているが、全部魔女が作ったものなのさ。だから、いつかトーリも修復するんだよ」

「あんな大きいの、わたしにできるんですかぁ?」

「できるさ。お前はこの天才魔女様の弟子なんだから。あー、結界のことは秘密の話だぞ」

「どうやったら、あんなふうに大きくゆらゆらするんですか?」

わたしは空を指差して、首を傾げた。

おばば様は、やっぱり得意げに笑っていた。

「あれは、この近くの王家との契約によるものだからな。魔女の血と、王子の血が必要だ」

「王子様の血ぃ?」

「そうさ。銀髪の美丈夫の血をもらって、空に放つんだよ。あとは修復呪文をかけてやれば、勝手に魔女の血を混ざって、あっという間に、はい完成っ!だ」

「おばば様の説明って、たまに雑だよねぇ」

「こら、敬語の練習をしろと言っているだろう?」

「あっ、ごめん、…じゃなくて、すみません」

ついうっかり零れた言葉に、慌てて口を手で覆った。

おばば様はこわ〜い顔でキッとわたしを見てから、いつものように頭を撫でた。

ぐるぐるとかき回されて、髪がぐちゃぐちゃになるからやめてほしい。

ただでさえ、癖っ毛ではねるのに。

「私がいなくなったら、お前1人で生きていくんだ。あって困らないものは、ちゃんと身につけておけ」

「おばば様って、雷に打たれても死ななそうなのにね」

「なんだと、コラ〜!」

おばば様の腕がグッと首に回って、ぎゅうっと締め付けられていく。

少し前から体が小さく見えるようになったおばば様に寄りかかるように、包まれていく。

「にゃははっ、ごめんなさ〜いっ!」

「余計なこと言うのは、この口かあ〜!?」

「おばば様、くっついたら暑いよ!ちょっとだけ苦しいからっ!」

「このこのこのっ、少しは反省しやがれ!」

「してます〜!ごめんなさいってばあ!」

わたしの笑い声が、森に響くようだった。

おばば様も、いつもみたいに笑っていた。

そうやって当たり前のように戯れ合う日が、残りわずかだということを、この時はおばば様だけが知っていたんだと思う。

「トーリ、結界のことは頼んだぞ。銀髪の兄ちゃんに血をもらうんだぞ」

「うん、王子様にもらうんでしょ?」

「王子が無理なら、王様でもいいからな」

「はーい」

「それから、飯はちゃんと食うんだぞ」

「お金の計算もしっかりしろ、でしょう?」

「そうだ、わかっているならいい」

ベッドから起き上がれなくなったおばば様は、日に日に痩せてはいくのに、弱ってはいかなかった。

ずっと強かった。

「トーリ、森のことも任せるが、できる範囲で構わないからな」

「森の家の当主になって、森の管理人になるのが、一人前の魔女だっておばば様言ってましたよ?」

「そんなの次の魔女に引き継ぐまで、廃れさせなければなんでもいいんだよ」

「前と言っていること違うぅ…」

「こら、敬語」

叱られても怖くない。

森の木からもらった林檎をすりおろして、おばば様の口に運んだ。

「森の恵みは、いつも美味いな」

「正しく魔法を使えば、森は魔女の味方、です!」

「ああ、よく覚えているな」

フッと力が抜けるように笑っているのを見たのは、今思えば、この時がはじめてだったかもしれない。

ニカリと歯を見せて笑ったおばば様は、両手をあげて丸い形を作った。

そこに映し出されたものを、目を細めて見ている。

「トーリ」

名前を呼ばれて、「はい」と当たり前に返事をした。

「お前に朗報だ。この森に接している領地の坊ちゃんが、相当世話焼きのいい奴らしい。お前に力を貸してくれると出ているぞ」

弾んだ声でいうおばば様の口に、林檎をのせたスプーンを突っ込む。

「また、おばば様得意の占いですか?」

「ふぐぐ、林檎は美味い…。占いじゃなくて、予知魔法さ。私のはよく当たる」

「領地の坊ちゃんって、なんですか?」

「んあ〜、この辺を治めている領主様の子どものことだよ」

「ふーん、じゃあ近所の子なんですねぇ」

「そうだ、これで私も少し安心というものさっ」

おばば様は、円を作っていた手を解いて、私の方に手を伸ばした。

「トーリ、お前は私より家事ができるし、生活力もある。ぼんやりしていることもあるが、それはお前の特性だし、あんまり心配はしていない」

相変わらず力強い金色の目が、わたしを見つめていた。

「おばば様より、料理は失敗しません」

「本当にな、私に似なくてよかったな」

「森とも仲良しですよ?」

「ああ、だから大丈夫だと思っている。だから、お前らしく生きていくんだぞ。魔法ももっと練習しなさい。それから──」

おばば様がわたしの手を力の限り握ってきて、少し痛かった。

でも、痛いですとは、言えなかった。

「自分の名前は大事にしなさい」

「名前、ですか?」

「ああ、お前はこれから1人で生きていくんだ。次の魔女がやってくるまで、ずっと1人だ。誰からも名前を呼ばれなくなると、忘れっちまうものなんだよ」

言っている意味はわからなかったけど、うんと頷いた。

おばば様は困ったように笑って、どこにそんな力が残っているのか、ぐいと引っ張られた。

金色の目に、わたしのピンク色の目が映っているように見えた。

「私みたいに忘れたら寂しくなるから、自分の名前は覚えておきな」

「忘れるものなのですか?」

「そうだぞ、魔女はたくさんのことを覚えられる代わりに、優先順位の低いものは消えていっちまうからな」

「う〜ん、わか、りました」

納得がいかなかったけど、やっぱり頷いておいた。

おばば様が最後にガハガハ笑って、わたしの髪の上に手を滑らした。

今までと違って、髪がぐちゃぐちゃにならなかった。

「せめて、お前が成人するまでは一緒にいてやりたかったなぁ」

おばば様の最期の言葉は、今までで一番ほんわり柔らかかった。

悪魔の笑みではなくて、優しい顔で笑っていた。

おばば様の言いつけを守って、木の家の近くに穴を掘って、おばば様を埋めた。

全部魔法でやってしまえば、子どものわたしでも難しくなかったけれど、気持ちが追いついていくわけじゃなかった。

魔力の上にふわふわと乗せたおばば様を、地面まで運ぶ時が、今まで魔法を使ったなかで一番緊張した。

しっかり土を被せて、近くの木の葉っぱをもらって、かけた土の上にそっと置いた。

こうすることで、森が亡き魔女を受け入れてくれるんだと、おばば様が言っていた。

だから、その通りにした。

これまでだって、おばば様のやり方と違うことをして、魔法をたくさん失敗させてきた。

だから、ちゃんと言うことをきいた。

「おやすみなさい、おばば様」

誰からも返事がなくて、風の吹いた森がさわさわと音を立てるだけだった。

「ほんとだ…。誰も、わたしの、トーリの名前を呼んでくれないんだ…」

ぎゅっと拳を握って、慰めてくれる森に、少しだけ泣いた。

今日から、わたしがこの中立の森の魔女だ。

この森の家の当主トーリであり、森の守り人。

そして、偉大なる魔女を受け継いだ、新米魔女なんだ。

「わたし、…ううん、トーリ、頑張ります!森のみんなも、よろしくお願いします…!」

おばば様の埋まっている地面と、それから全方向にお辞儀をした。

森がいつもより優しかった気がする。

気持ちがシャッキリするようだった。

おばば様が亡くなってから、1年くらい経った頃──。

たまたま果物を調達しようとしていた時に、森の湖のそばで、人を見かけることとなる。

その人は、近所の子どもというわけではなく、大きい大人のお兄さんだったのだが。

「銀色の髪の毛、キラキラだ…」

おばば様の言っていた銀髪の人で、トーリにとっても運命の出会いとなるのだった。