軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

下流で見つかった、本隊旗

侵攻本隊本陣——補給統括幕舎。

「……第二補給列、未着?」

低い声だった。怒声ではない。

まだ——理解が、追い付いていない。

「……はい」

報告役の喉が、僅かに鳴る。

「予定刻限を、大幅超過しております」

「……」

幕舎内の地図の上には、赤線での補給線。

南下分派と本線。

侵攻軍にとって、補給遅延は珍しくない。

道。泥。橋。夜間。多少は、ある。

だが——

「……大幅、とは?」

「……」

伝令役は、言葉を選んだ。

「第一補給列との合流予定以後——」

一拍。

「……消息が、薄いと」

「……薄い?」

補給統括官の眉が、寄る。

遅い。なら分かる。停止。なら分かる。

だが——“薄い”

「南下方面混乱の影響か?」

副官。

「煙、火球、伏兵報告は既に……」

「……」

あり得る。南下補給混乱。その余波。

「……第二補給列は、本線寄りだぞ」

南下枝そのものではない。

より本線。より安全。より後方。

「……」

そこへ。

「急報!!」

幕舎布が、勢いよく開く。

泥、水、息切れ。

「確認隊より!!」

「申せ」

「……はっ!!」

確認兵は、顔色が悪い。

「低地帯下流域にて——」

一拍。

「大量の荷馬車残骸、確認!!」

「……!」

「馬、兵、補給箱、多数!!」

「……」

副官が、即座に問う。

「南下補給隊か!?」

「……」

確認兵、数秒だけ止まる。

その間が、妙に嫌だった。

「……違います」

「……?」

「一部は、南下補給旗」

「……一部?」

「……」

確認兵の声が、更に低くなる。

「残る複数——」

喉が鳴る。

「……本線第二補給列旗、です」

「…………」

沈黙。本当に、数秒。

誰も、言葉が出なかった。

「……何?」

補給統括官が、最初に漏らしたのは。

怒りでも、否定でもない。

“理解拒否”

「……待て」

地図を見る。川筋と低地。合流点。

「……第二補給列は」

指が、線をなぞる。

「この低地合流路を、通る予定だったな」

「……はい」

「……」

そこで、全員の脳裏に。

一つの、最悪が繋がる。

南下方面。堰切り。水流。地形。低地。

「……まさか」

副官。

「……流れた?」

「……」

確認兵。

「下流域にて、荷車破損状況が」

一拍。

「……横転というより、“押し流された痕跡”が多く」

「……」

「鎧兵の多くも、泥及び水没」

「……」

「本線補給列、南下補給隊合流前段階にて」

さらに。

「……一部、巻き込まれた可能性」

「…………」

補給統括官は、言葉を失った。

つまり。南下補給だけではない。

“その先”まで、水が届いた。

想定は、南下分派損耗。

現実は——本線本体補給の一部まで、消失。

「……被害規模」

ようやく。

「現在、確認中!!」

「……」

確認中。つまりまだ増える。

誰かが、小さく呟いた。

「……どこまで、流れたんだ」

答えられる者は、居ない。

「……」

侵攻総指揮官が、そこで初めて。

静かに、口を開く。

「……南下だけの問題ではないな」

「……」

「……はい」

「……」

「……本線速度に、影響します」

「……」

その通りだった。

補給とは、兵糧だけではない。

矢、交換馬、予備装備、修繕具、速度。

つまり、失ったのは荷車数ではない。

“予定通り侵攻出来る速度”

「……」

総指揮官の指が、地図を叩く。

前線、包囲、南下、北部。そして——補給。

「……前は、裂かれ」

低い。

「後ろは、遅れ」

さらに。

「下は、流されたか」

「……」

三方向。別々に見えた損害が、繋がり始める。

煙。本領の偽旗。水。

「……」

偶然か?個別か?違う。

「……敵は」

総指揮官の目が、細くなる。

「……我々の“進む形”そのものを、壊している」

「……!!」

その言葉の重さを、幕舎全員が理解した。

兵数だけではない。勝敗だけでもない。

侵攻とは、速く、繋がり、押し続ける事。

それを——遅らせ、疑わせ、流す。

「……全軍へ」

「……!」

「補給線、再確認」

「……!」

「低地合流路、再調査」

「……!」

「本線進軍速度——再計算」

「……!」

その命令。それ自体がもう。

“予定通りではない”

「……本国へも送れ」

「はっ!!」

「敵地形利用、想定以上」

一拍。

「……補給態勢そのものの、再構築が必要だ」

「…………」

本来、侵攻中に出すには重過ぎる言葉。

だが——もう、言わねばならない。

春。

その日。

敵が下流で見つけたのは、壊れた荷車でも、溺死兵だけでもない。

南下枝の損耗、その先。

“本線すら無傷ではない”

という。侵攻計画そのものを、静かに狂わせ始める。泥と水に濡れた、自軍の旗だった。