作品タイトル不明
晴れた先、使える現実
「残っている敵兵——」
クラウスの声は、煙が消えた戦場によく通った。
「戦意無き者は、拘束せよ」
「……!」
「抵抗無き者を、無駄に殺すな」
「はっ!!」
北風は、もう十分に吹き抜けていた。
あれほど戦場を覆い尽くした煙は、すっかりと流れ。
今。視界は、遠くまで見渡せる。
そして——
「……」
その光景に、味方兵ですら。
言葉を失う。倒れている。数百ではない。
もっと。呻く者。目を押さえる者。
視界を失った様に、何も無い方向へ手を伸ばす者。
喉を掻き毟り、嘔吐を繰り返し、
立ち上がれず泥に膝をつく者。
「……」
副官が、低く呟く。
「……三千以上、と報告しましたが」
一拍。
「……それ以上、では」
「……」
クラウスも、否定しなかった。
実際、そう見える。
三千。
あれは、最低限で出した数だ。
だが——
「……」
煙量、風、密集。敵再編速度。
全てが、予想以上に噛み合った。
「……」
止めるつもりだった。
削るつもりだった。
だが、結果は。
“消耗”
より
“破断”
に近い。
「……」
拘束へ向かう味方兵達も、顔が硬い。
敵だ。敵だが——
「……まさか」
誰かが、ぽつり。
「……煙だけで」
「……」
違う。煙“だけ”ではない。
準備。観測。圧縮。投擲。風。
積み上げた結果だ。
だが——見た目としては。
“煙”
なのだ。それが、余計に。
理解を鈍らせる。
「クラウス様」
副官。
「拘束した敵兵は——」
一拍。
「後方送り、ですか?」
「……そうだ」
即答。
「丁重に、治療せよ」
「……へ?」
思わず、副官の口から素が漏れた。
「……」
クラウスは、少しだけ眉を寄せる。
「丁重に、治療せよ。死なれては分からん」
二度目は、明確だった。
「……は、はい!」
副官は、慌てて伝令を飛ばす。
だが、内心では当然思う。
珍しい。いや——優しい?
「……」
違う。
クラウス自身は、冷静だった。
これで良い。言い方は悪い。非常に悪い。
だが——
“使える”
可能性がある。
対応法。症状進行。回復速度。薬効。
煙被害への処置。つまり。
「……」
もし逆に、自軍へ使われたら?
「……」
今回、敵が知らぬ様に。
次、敵が真似ぬ保証は無い。
なら。今、調べる。
治療法。有効薬。対処手順。
後方医療兵。看護兵。薬師。
全て、既に命じてある。
ありとあらゆる、薬。薬草。洗浄。冷却。解毒候補。
「……」
医療隊は、言っていた。
“クラウス様は、お優しい”
「……」
心中で、少しだけ。
違うな、と思う。優しさではない。
“必要”だ。
自軍が、同じ目に遭った時。
その時、知らぬ方が怖い。
「……」
まあ。口が裂けても、言わぬが。
「クラウス様!!」
早馬。
「……!」
「領主様より!!」
「……申せ」
「敵の横腹を——突け、との事!!」
「……」
数秒。
ほんの僅か、クラウスの口元が上がった。
「……解った」
父上。見えたな。敵が止まり。包囲が薄れ。
今。
“削った先”
を更に折る。
「全軍へ」
「……!」
「前進準備」
「……!」
「負傷兵処理班、後方連携」
「……!」
「拘束兵は、生かせ」
「……!」
副官が、次々と命を飛ばす。
「……さて」
クラウスは、煙の消えた先を見る。
先程までは、煙で見えなかった。
だが今は、見える。
倒れた線。乱れた隊列。止まった枝。
なら——次は。
“横から、折る”
「……我々も」
低く。
静かにだが、確実に。
「……前に進むか」
春。
その日。
クラウスは、煙で敵を止めただけではない。
止まった敵を、観察し、利用し。
次に、折る準備まで終えた。
戦場の惨状を見て、怯む者も居る。
だが——クラウスは違う。
その惨状の中からすら。
“次に使える現実”
を、拾い始めていた。