作品タイトル不明
偽旗は、夜にこそ刺さる
敵国内南部外縁——焼け跡近郊。
「グレゴール様」
部下の声は、流石に少しだけ困惑していた。
「……この後の行動は?」
「……そうですね」
グレゴールは、焼け残る遠景を静かに見ながら。淡々と答える。
「日が落ちたら、動きますか」
「……」
「それまでは、休憩ですね」
「……は?」
一瞬。
部下達の空気が、少しだけ止まる。
休憩。
ここまでは村。倉や田畑。橋。必要地点だけを焼き。追撃を避け補給を崩し噂を撒いた。
その上で——休む。
「……」
だが、グレゴールらしい。
焦らない。焼くべき時に焼き。待つべき時に待つ。
「……しかし」
副官が、地図を見ながら問う。
「この辺りの村は、ほぼ焼きました」
「……」
「次は?」
「……そうですね」
指先が、少し先を叩く。
「この辺りで、少し大きめな町」
「……」
「ここを、焼きますか」
「…………!?」
流石に全員が固まった。
「いやいやいや……!!」
思わず、声が漏れる。
「こっちは今、騎兵三十騎程度ですよ!?」
村ではない。町。規模が違う。
門に、警備。常駐兵。
「……はい」
だが、グレゴールは静かだった。
「作戦があります」
一拍。
「でも——日が落ちないと、出来ませんので」
「……」
怖い。静かな人が、静かに言う“作戦があります”は、大体怖い。
「……」
しかも、情報が少ない。
「……報が、入りませんね」
ぽつり。
「……?」
「入って来ないと言う事は」
視線は、北。本隊方面。
「……まだ、足り無さそうですね」
「……」
つまり。領主様達もまだ足りぬでしょうか。
敵を十分忙しくさせているか不明。
なら——こちらも、増やす。
夜。薄らな月灯り。もってこいの暗闇。
遠くの町壁。
「……では」
兵が集まる。
「作戦を、話します」
全員、真顔になる。
「先ず」
指で門を指す。
「私含め、五騎程度で門へ向かいます」
「……」
「伝令を装い、門を開放させます」
「…………」
一同、数秒沈黙。
「……はい?」
グレゴールは、続ける。
「開いたら、控えていた全騎兵が突入」
「……」
「大声で、“敵が迫っている”と騒ぎながら、町中心部まで」
「…………」
「その後」
地図上、右回り。
「入口方面へ土瓶発火を投げつけつつ撤収」
「……」
「後方配置班は」
別地点。
「私が門前到達後——据え置き土瓶発火へ順次点火」
「……」
「追撃側へ、“後続大軍が居る様に”見せます」
「…………」
沈黙。理屈は分かる。
つまり、偽報。混乱に乗じて突入。
そして放火。偽援軍。全部、一晩でやる。
「……グレゴール様」
副官が、真顔で問う。
「作戦は理解しましたが」
一拍。
「……門を、どう開けるんです?」
そこだ。一番大事。普通は開けるのは困難。
「……これを」
グレゴールは、布を広げた。
「……?」
暗がりでも分かる。
「……それは」
「……はい」
敵側この辺りの領主家紋。
「……アルトさんに、作って貰いました」
「…………」
沈黙。
「この暗闇です」
ひらり。
「似た様な旗なら、見間違えます」
「……」
副官は数秒、旗を見つめ。
「……」
「……私も、間違えました」
「……はい」
「なら——敵も、間違えます」
怖い。理屈が、正しい。
「……」
グレゴールは、馬へ乗る。
「では」
短く。
「行きますよ」
ドッドッドッドッ——
夜道。五騎の先行。
後方には、距離を取った本隊。
更に後ろ土瓶発火配置。
町門。
「……!」
門兵。
「味方旗!?」
「伝令!!伝令!!」
グレゴールの声が、夜へ響く。
「至急報告あり!!」
「何だ!?」
「敵が、ここに迫っている!!」
息を荒げ。完璧に、“逃げて来た味方”の声。
「味方が足止めしているが、数が違い過ぎる!!」
「……!?」
「至急、ここの指揮官に会いたい!!」
門上、ざわつく。
「今、確認を——」
「急ぎだ!!」
怒鳴る。
「手遅れになる!!」
さらに。
「門を開放せよ!!」
「……!?」
躊躇は当然。
だが——門上から
「後ろを見ろ!!」
その瞬間。後方の暗闇。揺れる松明。
配置済みの土瓶発火。距離と数。
“それっぽい”
「……っ!?」
門兵が、息を呑む。
「か、かなりの数じゃないか!?」
「早くしろ!!」
「い、今開ける!!」
ギィイイイイ——……
重い門が、開く。
その瞬間、最前のグレゴールの目が、変わる。
「……では」
低く。静かに、だが——決定的に。
「行きますよ」
グワァッ!!
最前門兵、斬倒。
「敵襲!!」
「敵襲だ!!」
「敵が迫っている!!」
嘘ではない。“今、ここに”
「突入!!」
控え騎兵、雪崩れ込む。
叫び。悲鳴。混乱。誤認。
「右回り!!」
「火を放て!!」
土瓶が、夜へ弧を描く。割れ燃える。
門や荷馬車。建物と倉。悲鳴。
そして——背後。
据え置き土瓶発火も更に、次々点火。
町外縁。まるで、更なる大軍が迫る様に。
「増援だ!!」
「まだ居るのか!?」
「何処からだ!?」
「門を閉——」
遅い。もう、燃えている。
春の夜。
グレゴールは、正面から攻めたのではない。
“敵が、自ら門を開けた”
その一手で、町一つの安心と判断そのものへ——逆牙を、突き立てた。