作品タイトル不明
沈んだ補給、拾った現実
「……えーと」
レオンが、珍しく少しだけ言葉を選んだ。
「……エドワルド様」
泥濘に、倒壊荷馬車。流木が多数。そして散乱補給箱らしき物。
水は、大きく引き始めていた。
だが——残された光景は。
“上手くいった”
の一言で、片付けるには少し規模が大き過ぎた。
「……どうしますか?」
「……」
エドワルドは、しばし無言で前方を見た。
泥へ半ば沈んだ車輪に、折れた荷軸。
流された箱。泥沼から抜け出そうとしている馬。倒れたままの兵。
「……そうだな」
短く。
「先ずは、敵損害状況の確認」
一拍。
「その後」
視線を、更に奥へ。
「敵兵が何処にいるか警戒しつつ——索敵」
「……はっ!」
兵が散る。左右へ、そして下流へ。泥濘端、丘側。全方位に。エドワルドは、小さく息を吐いた。
理論詰めし、地形も事前に確認した。
水量と重量。敵の進路と停止位置。
計算した。何度も。一度きりの作戦。
だが——
「……」
理論と現実は違う。いや正確には。
“理論通りに進んだ時の現実規模”が思ったより大きい。
南下した敵兵の一部。それは間違いなく沈めた。だが。
“どれだけ”
は、まだ確認が要る。
「……」
偵察報告。実の現場。索敵報告待ち。
その全てを、突き合わせねば。
戦果は、数字にならない。
父上ならそう見る。兄上も恐らく。
「……」
暫くして報告が、上がり始めた。
「報告!!」
「……」
「偵察報告との照合、完了しつつあります!!」
「言え」
「はっ!」
泥塗れの伝令。
その顔には混乱より、確信が強い。
「対象敵補給部隊——」
一拍。
「……ほぼ、壊滅」
「……」
エドワルドの目が細くなる。
「護衛部隊は下流にて、亡骸多数確認!!」
更に。
「泥濘影響により、未発見多数の可能性有り!!」
「……」
つまり、確認数以上。水に泥。重量。鎧。流速。補給だけではない。護衛ごと、持っていったか。
レオンが、低く呟く。
「……想定以上、ですな」
「……ああ」
否定は、出来ない。
「捕虜は疎に、数名単位で確保!!」
散発。流されず取り残され泥に捕まり。
あるいは、投降。
「……そうか」
少ない。つまり逃げ切った数も多くはない。
次。!
「流失を免れた荷馬車、多数確認!!鹵獲可能です!!」
エドワルドの視線が動く。
荷馬車か……確かに。全てが、壊れた訳ではない。泥へ止まり横転しだが、使える物もある。
「……使う」
「……!」
「自隊補給へ編入」
「はっ!!」
更に。
「馬も」
「……?」
「怪我の程度を見ろ」
折れた脚。軽傷、打撲、混在。
だが——頭数も多い。
「……治療させる」
「……!」
周囲が、少しだけ目を見開く。
敵馬だが馬は馬。使える。
補給や騎兵、運搬。今後に。
「……かなりの数だ」
ぽつり。
「……良い」
レオンが、僅かに苦笑した。
「……勝って、増えましたな」
否定は、しなかった。
自軍損害。無し。少なくとも、直接戦死級は無し。偵察隊が少し盛大に流された程度……なら作戦としては——成功。
「……」
エドワルドは、泥濘地帯を改めて見た。
沈んだ補給。折れた荷車。鹵獲物資。敵亡骸。
捕虜。
「……」
補給線は折れたな。兄が枝を削り。
父上が、線を読み。そして自分は——
“そこへ来た物を、沈めた”
その時ふと、気付く。
勝鬨をしていない。
「……」
周囲も誰もあまりにも。
確認、索敵、被害、鹵獲、処理。
現実的過ぎて。
「……」
エドワルドは、少しだけ空を見た。
「……まあ」
ぽつり。
「……良いか」
勝鬨より、重要なのは次も、使える事だ。
「伝令」
「……!」
「父上へ」
「はっ!!」
低く。だが、明確に。
「敵南下補給部隊——」
一拍。
「ほぼ壊滅」
「……!」
「護衛部隊、多数流失」
さらに。
「荷馬車及び馬、多数鹵獲」
「……!」
「自軍損害、軽微」
レオンが、僅かに口元を上げる。
「……かなり、良い報ですな」
「……」
エドワルドは、静かに頷いた。
「それと」
「……?」
「兄上の報」
一拍。
「……少しだけ、意味が分かったと伝えろ」
「…………は?」
伝令が、一瞬だけ固まる。
レオンが、咳払いした。
「……その部分は、後回しで宜しいかと」
「……ああ」
確かに、説明が面倒だ。
「……補給線を折った」
短く、言い直す。
「それで十分だ」
「はっ!!」
早馬が、走る。旧領主館へ。
父へ煙で枝を折った兄。
泥で補給を沈めた弟。
その報が、今。
一つの線として、父の地図へ加わる。
春。
その日、水が奪ったのは、敵兵だけではない。
補給、速度、南下継続力。
そして——父が“動く”為に必要だった。
もう一本の確かな勝線だった。