作品タイトル不明
煙る的、崩れる枝
敵は——動き出した。
遅い。完全停止ではないが、明らかに慎重。
昨夜までとは、違う。
騎兵先行の勢い。焼き返しの焦燥。
それらは、確かに鈍っている。
「……」
クラウスは、静かに前方を見ていた。
警戒している。当然だ。
景色が噛み付き。夜は眠れず。朝すら整い切らぬ。なら、慎重になる。
「……良い」
ぽつり。
速い敵は鋭い。
だが。慎重な敵は——“狙いやすい”
こい。ゆっくりでいい。焦るな。疑え。
止まりながらでいい。その方が、良い。
こちらは、既に“的”を決めている。
敵先頭ではない。後方でもない。中心。
最も、命令が伝わり。最も、密度があり。
最も、混乱が全体へ波及する場所。
そこへ投げる。
「……」
早過ぎれば、散る。
前過ぎれば、避ける。
遅過ぎれば、中心が抜ける。
だから待つ。
クラウスは、偵察隊の合図を待っていた。
偽装布。低姿勢。草の中。
彼らの目だけが、“どこが最も崩れるか”を測る。
「……」
まだ敵は、ゆっくりと警戒し進む。
昨夜の音を、覚えているのだろう。
物音。風。小さな揺れ。
その全てへ、視線が走る。
「……」
良い。もっと、疑え。
そして。
ヒュオオォ——……
空へ。あの嫌な音。数本が偵察隊によって打ち上がる。
笛矢の合図。
「……!」
クラウスの目が、細くなる。
今だ!手が上がる。
「投石開始!!」
大声。
抑えていた全てが、そこで解放された。
「連続で、投げつけろ!!」
ブッオン!!
重い。
巨大な投石器が、唸る。
弧。火。燃える球が、空を裂く。
敵は、既に止まり始めていた。
あの音。
昨夜、眠れなかった音。
それだけで、警戒態勢へ移る。
だからこそ——遅い。
「……落ちるぞ」
着弾し土瓶発火は、破裂。
割れる。散る。燃える。
圧縮された葉と枝。乾燥物。
一気に、火を拾う。
煙。
「!?」
敵中心部。最初に起きるのは、理解。
ではない。困惑。煙幕?そう思う。当然だ。視界阻害。突撃前兆。伏兵接近。
なら——どうする?
密集。
「……そうだ」
クラウスは、静かに見る。恐らく敵は“突撃警戒”を優先する。散るより、守る。密度を上げる。それで、良い。
「第二、火を入れろ」
周囲は昨夜の内に、地へ仕込んだ物。
導火。圧縮球。火。
ボッ——煙。
更に煙。中心だけではない。周囲も包む。
「な……っ」
敵兵達は、そこで初めて気付く。
濃い。ただの煙幕ではない。
喉に激しい痛み。
目が焼ける。
「がっ……!?」
咳。視界。涙。
「何だ……これ……!」
混乱。
だが、本当の異変はそこから。
吸う。咳き込むと更に吸う。
吐き気とめまいが襲いそして嘔吐。
「……っ」
倒れ、死。
「……」
クラウスは、静かだった。
火だけでは、避ける。
煙だけでは、耐える。
だが。
“ただの煙幕だと思わせた後”
そこへの異変。理解が、一瞬遅れる。
その一瞬で吸う。
「……」
敵は、今。突撃を警戒している。
だが——違う。狙いは、前ではない。
“隊そのもの”
中心混乱。視界不全。指揮伝達低下。
「……枝は」
ぽつり。
「……中から、崩れる」
前を止め、夜を削る。朝を乱す。
そして今——“中心を、煙らせる”
春。
北風が吹く煙は、敵へ流れる。
進んでいた筈の枝。
慎重に警戒し整えながら。
その中心で今。
兵達は、初めて知る。
止まる事より恐ろしい物を。
“進んだ先そのものが、吸うほど崩れる”
それは、景色の牙でも夜の音でもない。
“見えぬまま、内側へ入る牙”
そしてその牙は今——割れた枝を。
外からではなく。“中から折り始めていた。”