作品タイトル不明
夜明け、眠れなかった枝へ
夜明け。薄らと、世界が白み始める。
完全な朝ではない。
だが——闇に守られる時間は、終わった。
北風。
昨夜から変わらず、ゆっくりと。
静かに草を揺らしている。
「……悪くない」
クラウスは、伏せたまま前方を見ていた。
夜。
嫌がらせは、十分だった。
派手な夜襲ではない。大火でもない。
大損害でもない。
だが——眠らせなかった。
笛矢の不規則。正体不明の音。
狙撃と静寂。そして——また音。
敵は、眠れぬ。眠ろうとすれば、鳴る。
気を抜けば、誰かが倒れる。
完全な被害ではない。数も、少ない。
だが——
“近くに、まだ居る”
その認識だけで、夜営は回復ではなくなる。
「……」
結果。
討ち取った数は、大戦果とは言えぬ。
だが、それで良い。
重要なのは疲労と警戒。神経をすり減らす事。
“朝の質”だ。
そして——今。
遠目。敵が、徐々に目覚め始める。
騎兵。昨夜、怯んだ枝先。
その後方の歩兵。更に荷。
「……補給の一部か」
ぽつり。
完全再編ではない。だが見える。
つまり——戻そうとしている。
昨夜、乱された枝。
それを、“軍”として整え直そうとしている。
当然だ。怯んだままでは、役に立たぬ。
なら歩兵を前へ。補給を寄せ。
再び、形を作る。
「……そう来るか」
当然。そして——好都合。
“戻りかけ”が、最も脆い。こちらは、既に配置済み。偽装布を被り伏兵。連射式と通常軍用クロスボウと投石器。
そして——新しい弾。
クラウスの視線が、後方投石器へ向く。
何度も、投げた。何度も、改善した。
最初は、燃えるだけ。次は、散るだけ。
重過ぎた。軽過ぎた。煙が薄い。燃焼が早い。
投げて、試し。投げて、修正。
そうして、ようやく。
“戦場で使える嫌がらせ”へ辿り着いた。
例の乾燥木葉。細枝。圧縮し丸め。
そこへ土瓶発火。三つを束ねる。
着弾し破裂。そして燃焼し煙。
火だけではない。煙だけでもない。
“何が起きたか、分かりにくい”
それが、良い。
敵は、昨夜。景色に噛まれ。
正体不明の音で眠れず。
そして今——夜明け。
“ようやく整うか”と思った所へ。火と煙。
「……」
疑う。当然だ。新兵器か?毒か?煙幕か?合図か?理解に、一瞬遅れる。
その一瞬が、良い。
更に地面。昨夜の内に、一部設置済み。
導火。燃焼。煙。
つまり。投げるだけではない。
“踏み込んだ先”すら、煙る。
「……」
前へ出れば、景色。止まれば、眠れぬ。
整えば、火。進めば、煙。
「……嫌だろうな」
ぽつり。それで良い。今、必要なのは。
殲滅ではない。
“この枝は、進みたくない”
そう、思わせる事。南下の枝。それは、敵将が割った枝。
なら——こちらは、その枝を。
“使いにくい枝”へ変える。
「……」
夜明けとは、本来。再始動、整理。
士気回復。だが——今日の朝は違う。
“眠れず”“見えず”“整い切らず”
その状態でまた、理解不能を足す。
「……来い」
クラウスは、静かに前を見た。
昨夜、お前達は景色を疑い。音を恐れた。
なら。今朝は——火と煙で、“整う事”そのものを疑わせる。
北風。悪くない。煙は、向こうへ流れる。
春の夜明け。本来なら、再び前へ進む筈だった枝。だが——その朝。
そこに待っていたのは回復ではなく。
“まだ終わっていない嫌がらせ”だった。
枝は、まだ折れていない。だが。確実に“折れやすく”なり始めていた。