作品タイトル不明
繋ぐ者の逆牙
——少し、時を戻す。
領都。グレゴール駐留所。
前線ではない。
だが——机上に集まる報は、前線以上に多い。
「……」
地図。
北部旧領都、避難線、補給線。
そして——敵侵攻線。
一本の太い線。
「……領主様、クラウス様、エドワルド様」
ぽつり。
「……流石です」
細かい。非常に。
各地へ放たれた偵察。報告、接触、停止、再編。
情報量そのものが、敵線の形を浮かび上がらせる。
「……この流れ」
グレゴールの指が、北側街道をなぞる。
「敵は、恐らく北部旧領都狙い」
現状、主線は太い一本。
途中、南下。領都方面へ。
その可能性も、当然考えた。
あるいは陽動。
あるいは、枝分かれ。
だが——
「……薄い」
少なくとも、現時点では。
敵は、我が領の兵力を。
「……過小評価しておりますね」
ぽつり。理解出来ない訳ではない。
普通なら、北部旧領都。そこを落とせば。
旧領主館、北線、接続。
敵国本線と、太く繋がる。
そうなれば——後は、圧し潰すだけ。合理的。
「……」
だからこそ。
「……旧領都を、落とされても困る」
短い。
クラウス様なら、仕掛ける。
恐らく、気を引き線を割らせる。
だが——
「……それは」
一部。敵の“枝”を折るには有効。本線そのものは——まだ太い。
なら。
「……」
太いままなら。“根元”へ触る。
グレゴールの視線が、北を越える。
敵国内側。
「……」
前へ出る。
防ぐだけではない。“逆”へ。
「偽装村へ」
副官が、即座に顔を上げる。
「……騎兵、荷馬車隊を偽装村北へ、集結」
「……!」
一瞬、空気が止まる。
だが——副官はすぐ理解した。
「……承知」
偽装村北。
既に、見えにくい位置。
偽装に草。林縁。
そこへ。騎兵、荷馬車には発火壺。
クラウス考案。土瓶発火武器。
火。
火は、守りにも使える。
なら——
「……攻めにも、使えます」
集結。
兵達も、最初は理解し切れていない。
敵を迎えるのではない。
「……集まりましたね」
グレゴールは、静かに前へ立った。
「……これより」
一拍。
「敵国へ、逆侵攻を掛けます」
「……!?」
どよめき。
当然、守る為の戦。そう思っていた。
だが——違う。
「騎兵隊」
「はっ!」
「可能な限り発火土瓶を装備!」
「荷馬車隊!」
「……!」
「土瓶発火武器、最大積載」
地図ではない。言葉でもない。
命令は、極めて明確だった。
「目標は」
低く。
「燃やせる物、全て」
建築物、倉、田畑、集積。敵補給余地。
「……」
「捕虜は不要」
さらに。
「逃がせ」
「……?」
兵が、僅かに目を瞬く。
「我々を見せろ」
短い。
「……!」
「噂を、敵国内へ流させます」
恐怖、混乱、誤報、過剰反応。
“敵が来た”
その一言だけで、後方は揺れる。
守る為の兵。戻す兵。確認する兵。
つまり——
「……線が、細る」
太い侵攻線。
それを、正面からではなく。
“後ろ”から、不安で削る。
「手持ちが尽きたら荷馬車へ補給」
「荷馬車在庫が尽きたらここへ戻れ」
つまり——継続。
一撃ではない。波状。
「目標は、勝つ事ではありません」
グレゴールは、静かに言う。
「敵に」
一拍。
「“戻らねばならぬかもしれない”と、思わせる事です」
敵兵を、全て殺す必要はない。
全部奪う必要もない。
“燃えている”“敵が居る”“自国後方が危うい”
それだけで十分。
「……では」
風。春。
だが——ここから北へ向かう者達は。
守る為に、敵国を燃やしに行く。
「出撃」
「「おう!!」」
騎兵が、走る。荷馬車が揺れる。
火を積み。逆へ。
その日。
領都で、最も線を繋いでいた男は。
敵の線を、後ろから断ち始めた。
繋ぐ者。
だが——
時にそれは、最も静かに、最も深く。
敵の腹へ、逆牙を立てる者でもあった。