作品タイトル不明
止まる線、見えぬ意図
「クラウス様!偵察隊より報告です……!」
仮陣。地図へ印を置いていたクラウスは、顔を上げた。
「……何だ?」
駆け込んだ伝令は、呼吸も整え切らぬまま報告書を差し出す。
「敵補給隊——並びに一部歩兵隊が、侵攻を停止」
「……」
一拍。
「……停止?」
声は低い。
だが——その目は、即座に地図へ落ちていた。
「はい!しかも」
伝令自身も、未だ信じ切れていない様に続ける。
「偵察に引っ掛かっている……全敵部隊です」
「……」
沈黙。
「……全部隊が?」
「……はい」
クラウスは、報告書を奪う様に確認した。
一隊ではない。しかも複数?
補給と護衛の歩兵。確認出来る範囲——全て。
「……」
父の反撃開始命令は、まだ来ていない。
なら。
「……何故、止まっている?」
ぽつり。
方角を見失った?あり得る。
だが一隊なら。全体?複数?
「……」
違う。補給再編?
それも有り得る。
だが。
「……待て」
指が報告地点をなぞる。
街道と平野。見通し。
「……隠れていない」
そこだった。普通なら停止するにしても、少しでも地形に配慮する。
林や丘、遮蔽。何かを使う。
だが——報告位置は妙に“見つけやすい”
「……」
あり得ない。
偽道標や偽標識で慎重化した敵が、そんな不用意を?
「……」
数秒。そして。
「……!」
目が僅かに細くなる。
「……それとも」
低く。
「……罠か」
副官が僅かに顔を上げる。
「……罠、ですか」
「……ああ」
クラウスは即答しない。
考える。こちらは、既に火。偽装と伏兵。
見えている“隙”に、食い付かせる側だった。
なら——敵も、同じ事を考えても不自然ではない。
「……発見されやすい場所で止まる」
「……」
「隙を見せる」
さらに。
「こちらが、噛みたくなる位置で」
成る程、有り得る。
補給線を餌に、こちらの伏兵や偵察網を逆探知。
あるいは——早撃ち誘発。
「……」
中々。
「……やるじゃないか」
ぽつり。
敵将評価。少なくとも雑ではない。
だが。
「……」
口元が、僅かに上がる。
「……こっちから、手を出すつもりは無いぞ」
罠なら——噛まない。
罠でなくとも——まだ早い。
こちらの役目は、線を割らせる事。
今、不用意にこちらが動けば。逆に、こちらの牙を見せる。
「……」
なら——見る。
止まる理由とは?これから動く方向とは?
再開速度とは?再編位置とは?
止まった事そのものより、“何の為に止まったか”
そこだ。
「命令」
「はっ!」
「敵全停止部隊に、張り付け」
「……!」
「距離を保て見失うな!接触するな!」
「……!」
「動きがあれば——直ぐに知らせろ」
「承知!!」
伝令が、飛ぶ。
偵察網が、更に細く広がる。
「……」
クラウスは、再び地図を見る。
止まった敵。
それは狂いか?再編か?罠か?
あるいは——
「……」
別の誰かが、敵線そのものへ、既に噛み付いているのか。
父上は、まだ命じていない。
エドワルドも泥前。
なら。
「……グレゴール?」
一瞬だけ、その名が脳裏を過る。
繋ぐ者。だが——本当に繋ぐだけか?
「……」
まだ断定は早い。だが全線停止。
この不自然さは、単なる迷いではない気がした。
春。
燃える筈だった線は、突如として——止まった。それが敵の策か。味方の牙か。
まだ、見えない。
だからこそ——クラウスは、動かずに見る事を選んだ。見えぬ意図ごと、噛み砕く為に。