作品タイトル不明
夜に咲く火
日が落ちる頃には——報告通りだった。
敵先鋒騎兵部隊。放棄村に留まる。
強行偵察。長距離前進。その上で、目の前に現れる“安全そうな村跡”。
休む。
極めて自然だった。
クラウスは、目を細めその様子を静かに見ていた。焚火、馬、見張り。
完全な油断ではない。だが——完全な警戒でもない。当然だ。
放棄村。人の痕跡。柵。建物。
敵から見れば、一夜の休息地としては悪くない。
「……まあ、そうなる」
ぽつり。予想通り。
なら——次も、予定通り。
仕掛けは、既に終えていた。
放棄村。
周囲を囲む柵。その外周。
目立たぬ様に土を掘り、埋めた。
極端に度数の高い酒。
本来なら、飲む為の物。だが今回は——違う。
流す、燃やす、繋ぐ。
工兵には、偽装布。
夜陰。
準備は、静かに終わっている。
夜。
風向き確認。湿度、位置、火点。
「……そろそろです」
副官の声。
クラウスは、小さく頷いた。
初。
理論ではなく——実戦。
「……さて」
低く。
「どうなるか」
静かに、見る。
偽装布を纏った工兵が、地を這う様に動く。
見えない。夜。草。影。導火線。火。
小さな火種。それが、走る。
一瞬。次の瞬間——
ボッ——!!
火柱。
一本。
二本。
三本。
いや——囲む。放棄村、その外周全てをなぞる様に、火が立つ。
「……!」
炎。酒。地中を伝い、火が繋がる。
線が、輪になる。
そして……一つになる。
巨大な火の壁。
村を囲む様に、燃え上がった。
敵騎兵。
突然、馬が暴れる。悲鳴と怒号。
だが——遅い。
柵外周。逃げ場。炎。予想外。
村そのものを燃やしたのではない。
“囲った”出ようとして——火。
混乱、馬、転倒。
そして風に乗る。何とも言えぬ声。
火そのものとは違う。断末魔に混乱と恐慌。
夜に、響く。
クラウスは、見ていた。
自分で考え、自分で許可し、自分で仕掛けた。
その結果。
想定はしていた。足止め。混乱。焼討ち。
そこまで、だった。
実際に目の前で起きると——
「……まさか」
ぽつり。予想以上。
炎は、思った以上に速く。
思った以上に激しく。
思った以上に——逃がさない。
「……」
副官も、部下も。
誰も、すぐには言葉が出ない。
ただ——見る。
夜に咲く火。
あまりにも鮮烈で。あまりにも現実的だった。
クラウスは、小さく息を吐いた。
勝った。少なくとも、奇襲としては成功。
だが——これは、便利という言葉で済ませていい物ではない。
「……取り扱いには」
一拍。
「注意が必要だな」
低く、そう漏らした。
それは、兵器として。戦術として。
そして——自分達自身の為にも。
強い。だからこそ——危うい。
遠く。燃える放棄村。悲鳴と火。崩れる音。
その光景を前に、クラウスは静かに理解する。
新しい手は、戦を変える。
使う者まで、変えてしまうかもしれない。
春の夜。
本来なら、静かな筈の平原で初めて。
彼らの準備した牙は——想像以上の形で、敵へ食い込んだ。