作品タイトル不明
見えている先、見せている物
元領境中間地点。
クラウスの隊は、既に配置を終えていた。
緩やかな高低差。
偽装拠点。軽防備。投石器。伏せた兵。偽装布。
開けた地。
隠れるには不向き。
だからこそ——隠し方そのものを変えた。
見せる物。
見せない物。
その境界を、こちらで選ぶ。
春風が草を揺らす。
遠く、北。
報告通りなら——そろそろ来る。
クラウスは、前方を静かに見据えていた。
焦りは無い。だが、緩みも無い。
父の後退策。
エドワルドの偽装。
グレゴールの防備。
全ては——時間を奪い、流れを選ばせる為。
ならば、自分の役目も同じ。
ここで必要なのは、勝ち急ぐ事ではない。
敵に、何を見せるかだ。
やがて見えた。
北の土煙。速い。敵騎兵。
数。
想定通り——いや、想定以上に速い。
雪解け後とは思えぬ速度で、平原を切り裂く様に進んでくる。
だが——
速いだけではない。
散り過ぎない。崩れない。
先を見る為に広がりながらも、統率を失っていない。
上手い。
クラウスは、僅かに目を細めた。
先鋒として、優秀。雑兵ではない。
それでも見えている。
こちらが“見せる範囲”に居る限り。
騎兵は進む。視線を走らせる。
地形。街道。村。
そして——見つける。
放棄の村。
街道近く。
当目では、不自然ではない程度。
しかし、既に放棄されている。
煙。柵。小規模建物。
敵騎兵の速度が、僅かに落ちた。
見た。確認しようとしている。
クラウスは、その変化を逃さない。
予定通りだった。
村に見える。だからこそ、見る。
見るからこそ、速度が落ちる。
一瞬。
それでいい。
完全に止める必要は無い。
“考えさせる”だけで十分。
敵騎兵の一部が左右へ散る。
測る。回る。探る。
その動きもまた、想定内。
放棄村は、防ぐ為だけではない。
敵の目を使わせる為の物。
時間。意識。判断。
それらを、少しずつ削る。
クラウスは、静かに投石器位置を確認した。
まだ——早い。
撃たない。
ここで撃てば、“脅威”として認識される。
今はまだ——“違和感”でいい。
ただの村か。何かあるか。判断を揺らがせる。
敵騎兵は、優秀だった。だからこそ慎重。
速いが、無謀ではない。
厄介だが——悪くない。
視線は更に後方へ向く。
騎兵の後ろ。歩兵。そして、その更に奥。
補給。やはり厚い。
エドワルドの報告通り。護衛が濃い。
兵站軽視の軍ではない。
なら短期決戦だけを狙う敵でもない。
押し込み。維持し。必要なら長く戦う。
その構え。クラウスは、小さく息を吐いた。
中々だ。敵将は、少なくとも愚かではない。
だからこそ——削り甲斐がある。
騎兵先鋒は、放棄村を完全には無視しなかった。それだけで、意味はある。
止めた。見た。測った。
その間に——こちらも測る。
数。速度。警戒水準。
そして“どれだけ疑い深いか”
それが分かる。
疑い深い敵は、遅い。大胆な敵は、脆い。
どちらでも——使い道はある。
クラウスは、前を見たまま静かに判断を重ねる。
まだ、本命ではない。
先ずは——読む段階。
敵が直進するか。南下するか。二分するか。
それが定まるまでは、深く噛み合わない。
ならば今は。少しずつ、削る。
速度を。判断を。意識を。
見えている先。その更に先で——何を見せるか。
戦は、始まっている。
だが——まだ。本当の牙は、互いに隠したままだった。