作品タイトル不明
先を見る目、隠れる影
「……国境付近」
エドワルドは、地図を見下ろしていた。
敵侵攻開始。まだ——本隊は来ていない。
「……見る」
短く、そう言った。
「相手が、どう来るか」
報告だけでは足りない。
総数は?進撃速度は?兵種は?指揮官の癖は?
「……」
実際に、見る。
「偵察隊を!」
「はっ!」
「偽装布装備、国境寄りまで前進、敵主力方向、確認後即報」
「……!」
兵が、一礼する。
そして。
「レオン」
「はい」
「少数で出る」
「……」
レオンは、一瞬だけ沈黙し。
「……やはり、ですか」
「当然だ」
即答。
「自分の目で見る」
「……」
「大隊長には、俺不在時の指揮を」
「はっ!」
春の平原。緩やかな風。雪解け後の湿り。
以前なら——見つかりやすい。
だが、今は違うはず。
伏せる。進む。止まる。
レオンが、小さく漏らす。
「……自分で使うと、尚更妙ですな」
「……何がだ」
「隠れている側なのに」
一拍。
「……少し、安心します」
エドワルドは、小さく鼻を鳴らす。
「見つかったら意味が無い」
「その通りで」
数時間後。丘に、僅かな起伏。
そこから——見えた。
「……!」
「……来たか」
遠く。北。まず——騎兵。
「……多いな」
想像以上。
数。速度。密度。
「……強行偵察」
レオンが、低く言う。
「……かなり無茶ですな」
「ああ」
速い。偵察の域を超える程に、だが。
無秩序ではない。
「……」
散り過ぎない。突出し過ぎない。
「……上手いな」
ぽつり。敵も——慣れている。
速度を活かしながら、崩れ過ぎない。
問題は。
「……何処を目指してる?」
「……」
旧領都か?
直進だが——
「……判断に、迷うな」
南下準備か。陽動か。測量か。
まだ——読めない。
その時、レオンの視線が、更に後方へ向く。
「……エドワルド様」
「後ろ」
「……?」
そして見えた。
「……!」
「……歩兵」
騎兵の更に後方。大部隊。
「……多い」
本当に。列。列。列。
重い。本命。
「……」
騎兵だけではない。
強行偵察の後ろに——本隊。
「……なるほど」
エドワルドの目が、細くなる。
「……前が目」
「……?」
「後ろが、腕か」
騎兵で見る。歩兵で押す。
厄介だ。かなり。
「急ぎ過ぎている訳ではない?」
「……はい」
「だが、遅くもない」
「……」
想像より——速い。
雪解け泥濘。それでも——進む。
「旧領都方面、可能性高し」
「だが」
一拍。
「……南下判断、まだ捨てるな」
「はっ」
そう。まだ——確定しない。
敵が賢いなら。“見せている進路”そのものが、嘘もある。
エドワルドは、小さく息を吐く。
「……兄上へ」
「はい」
「騎兵多数。後方に大歩兵。進軍速度、想定よりやや速い。旧領都方面有力、だが断定不可」
「……!」
「グレゴールにも南下警戒、継続」
「はっ!」
「……戻るぞ」
「はい」
帰路。偽装布。低姿勢。
敵は、強い。少なくとも——雑ではない。
数。速度。前後連携。
良い相手だ。だからこそ。
「……面白い」
ぽつり。レオンが、少しだけ笑う。
「怖い、ではなく?」
「……怖いぞ」
即答。
「だが」
一拍。
「怖い相手の方が、試し甲斐がある」
レオンは、苦笑した。
「……本当に」
「……?」
「エドワルド様ですな」
春に敵は、来た。しかも——想像より、速く。
見えた。なら——次は。
“どう誘い、どう削るか”準備は——試され始めていた。