作品タイトル不明
布が戦になる時
領都。
「……は?」
工房街に、朝早く。
まだ店を開け切っていない仕立屋へ——馬を飛ばして来た男がいた。
泥。草。顔にも妙な色。
「……」
「え……領都守備軍命令だ!」
「……!?」
店主が、目を剥く。
「布を出せ!」
「ぬ、布?」
「緑、黒、茶!」
「……は?」
「目立たぬ色だ!」
「……」
店主は、一瞬固まる。
その後ろ。別の工房の更に、その奥。
「染物師を呼べ!」
「草編み出来る者は居るか!?」
「端布も捨てるな!」
「麻でも木綿でも良い!」
「……」
工房街が——ざわつく。
「……何事だ?」
「戦支度、らしいぞ」
「木工場だけじゃなかったのか?」
「今度は布?」
「……」
困惑。当然だった。今までは——木。
大型クロスボウ。荷車。補給。
だが——今回は。
「布だ!」
「急げ!」
「偽装装備制作だ!」
「……偽装?」
聞き慣れぬ言葉。
「……」
その中心に立っていたのは——アルト。
つい昨日まで、ただの徴兵絵描き。
だが今は。
「エドワルド様命令!」
一枚の命令書を掲げる。
「偽装装備臨時指揮官として命ずる!」
「……」
仕立屋達が、固まる。
「……お前が?」
「はい!」
「……」
階級と身分。普段なら、有り得ない。
だが——命令書。正式印。
「……」
本物だ。
「……」
アルトは、深く息を吸う。
緊張。当然ある。だが——
「布は、“服”じゃない!」
声を張る。
「“隠れる為の道具”だ!」
「……」
周囲が、静まる。
「草地に溶ける色!」
「泥に沈む色!」
「木陰に紛れる色!」
「……」
絵描きだからこそ。
色を見る。線を見る。
浮く。溶ける。
「派手さは要らん!模様だ!切って、縫って、重ねろ!」
仕立屋の老婆が、思わず口を挟む。
「そんな布、売り物にならんよ?」
「売り物じゃありません!」
即答。
「生き残る為の布です!」
「……」
沈黙。
そして。
「……面白いじゃないか」
染物師の爺が、笑った。
「緑、黒、茶、か草汁も混ぜりゃ、もっと濁るぞ」
「……!」
「泥色も出せる」
「……」
一人。また一人。職人の目が——変わる。
ただ縫うだけではない。
今度は——戦う為に、縫う。
布が、裁たれる。端布。余り布。麻。
染まる。緑、黒、茶。
草が、編まれ縄が、通される。
服。ではない。消える為の布。
「顔料は?」
「炭と草灰、泥混ぜろ!」
「……」
「乾いたら試せ!」
工房街。
普段は、服。祝い着。補修。
だが——今日だけは、違う。
「……戦だな」
誰かが、ぽつりと漏らす。
「……」
布が——戦になる。
その報告は、グレゴール経由で、やがてクラウスにも届く。
「……今度は、布か」
文を読み。
「……」
少し、沈黙。そして。
「……本当に、真っ直ぐ行かんな」
ぽつり。だが——
「……悪くない」
木。泥。道。布。
使える物を——増やす。
「……」
弟らしい。
「……」
領都は、木工場だけではない。
仕立屋、染物師、絵描き。
戦は——兵だけでやるものではない。
春。花が咲く季節。その裏で——布すら、戦場へ向かい始めていた。