作品タイトル不明
消える宿営地
「……ここが、仮宿営地か」
エドワルドは、到着した地点を見回した。
平原。緩やかな起伏。風が吹き揺れる草。
「……」
広い。だが——
「……妙だな」
ぽつりと漏れる。
宿営地。兵。荷。設備。
確かにある。
ある、筈なのに——
「……何だ、この違和感は」
配置。何かが——普通ではない。
「……」
大隊長が、僅かに笑う。
「……お解りになりますか」
「あ、あ……」
完全ではない。だが——何か、変だ。
「……少し、ご案内致します」
「……?」
「こちらへ」
少し歩く。
数歩。十歩。数百歩。もう少し。
「……」
振り返る前。
大隊長が、口を開く。
「私も、最初ここへ来た時——思いました」
「……」
「隠れる所が、少ない」
一拍。
「……いや、無い」
エドワルドも、同意する。
「そうだな」
視線が通る。遮蔽物は、極端に少ない。
「……比較的、視線が通る」
林も薄い。丘も弱い。
「……小さな林でも有れば、良かったんだがな」
「はい」
大隊長が、頷く。
「頭を抱えておりました」
当然だ。
隠れにくい。見つかりやすい。
「……」
「そこで」
一拍。
「隊に、絵描きがおりまして」
「……絵描き?」
思わず、聞き返す。
「はい」
「……」
「そいつの提案で、“試しに”と」
「……?」
意味が——まだ見えない。
「……」
大隊長は、少しだけ口元を上げた。
「エドワルド様」
「……?」
「先程の宿営地から、少し前へ歩いて来ましたな?」
「……そうだが?」
「では——後ろを」
「……?」
振り返る。
「……」
「……なっ?」
思わず、言葉が止まる。
「……無い」
宿営地。
さっきまで、確かにあった。
兵。荷。仮設。
「……消えた?」
「……」
正確には——違う。ある。ある、筈だ。だが——
「……見えん」
輪郭が、薄い。草。土。布。色。線。影。
周囲に——溶けている。
「……」
大隊長が、少し嬉しそうに言う。
「絵描き曰く」
一拍。
「錯覚を利用している、との事です」
「……錯覚」
「はい」
「周囲に、溶け込ませる」
「……」
布。色彩。線。
見せたい形ではなく——見えにくい形。
「……」
「私も、最初見た時は驚きました」
大隊長が、笑う。
「……消えてる、と」
「……」
エドワルドは、目を細める。
確かに完全ではないが最初からあると知っていていれば、何となく解るが。知らなければ、近づかないと解らない。
だが——
「……遠目」
そう。遠く、急ぎ、混乱のその中なら——
「……敵には、見えない」
「はい!」
即答。
「ですので」
大隊長の指が、決戦予定地を示す。
「本戦配置地にも、同様の細工を進めております!」
「……!」
その瞬間に、エドワルドの脳裏で——繋がる。
泥。偽道標。大型クロスボウ。
そして——見えない配置。
「……」
敵は、迷う。止まる。削られる。
その上で——
「……位置まで、読み違えるか」
ぽつりと漏れる。
「……!」
大隊長が、深く頷く。
「左様です!」
「……」
凄い。本当に!地形が不利。遮蔽物が無い。
なら——“無い”を作るのではなく。
“見えなくする”
「……」
エドワルドは、思わず笑った。
「……いい」
低く。だが、強く。
「……凄い。いい!」
「……!」
大隊長の表情も、明るくなる。
「恐れ入ります!」
「……」
絵描き。戦場とは、無縁に思えた者。
だが——
「……使えるな」
ぽつり。
用途は、一つじゃない。まただ。
「……」
道標。木。水。そして——絵。
「……」
使えるなら、使う。それだけ。
「……面白い」
春の平原。
何も無い様に見えて——その実。
見えぬ準備が、増えていく。
敵が見る頃には——もう、遅いのかもしれなかった。