作品タイトル不明
動き出した影
北部旧領主館。
春先の湿った風が、窓を鳴らす。
「……報告は」
領主の声は、低く短い。
その時、扉が強く開かれた。
「国境より急報!」
駆け込んだ伝令兵は、息を荒げたまま膝をつく。
「敵強行偵察と思われる小隊、国境線を越えて侵入!」
「……」
部屋の空気が、凍る。
「規模は!?」
「少数! ですが、速度重視! 街道、地形、橋を確認している模様!」
「……」
測っている。兵数ではない。
「……前触れ、か」
ぽつりと漏れる。
本隊ではない。だが——十分。
「……遂に来たな」
領主は、即座に立ち上がる。
「各村へ早馬!」
「はっ!」
「後退前提を再通達! 無駄死には要らん!」
「はっ!」
「クラウス、エドワルドへも!」
「侵攻前触れ。計画移行準備と伝えよ!」
「承知!」
「……」
伝令達が、一斉に走る。
北へ。中央へ。領都へ。
「……」
静かだった冬は、終わった。
領都。
「……来たか」
文を開いたクラウスは、短く呟く。
敵強行偵察。北部国境。侵攻前段階。
十分だった。
「……予定通りだ」
迷いは無い。
「大隊長」
「はっ」
「即時、出撃準備!中央予定地点へ移行開始」
「……!」
「偽装資材。火器。補給。確認済み順から動かせ」
「承知!」
「……」
一番、距離がある。だからこそ——早い。
「……先に、置く」
短い。
窪地へ誘導する前に。止める前に。
「……壊す準備だ」
クラウスは、既に歩き出していた。
⸻
エドワルド。
「……」
報告書を読み終え。静かに、目を閉じる。
敵強行偵察。想定通り。だが——早い。
「……レオン」
「はっ!」
「自隊集合!休暇中含め、全員呼び戻せ」
「……!」
「大型クロスボウ。補給荷。治水工兵。全確認」
「承知!」
「……」
泥濘地。まだ完成ではない。
だが——
「……間に合わせる」
低く落とす。
「計測班も動かせ、最終地形確認。水量確認。補助水路進捗」
「はっ!」
「……」
敵は、測る。
なら——
「……こっちも、測る」
どこまで来るか。どこへ来させるか。
「……始まるな」
ぽつりと漏れる。
グレゴール。
「北部より急報!」
「……」
文を確認し、即断。
「警備強化!偽装村、全警戒段階一つ引き上げ。見張り倍増!罠配置前倒し」
「はっ!」
「……」
領都近郊。比較的近い。
だからこそ——最初に受ける可能性もある。
「……備えろ」
短い。
「慌てるな。予定通りだ」
「……!」
兵達が動く。
北。中央。領都。
三方向は、それぞれ距離は違う。
役割も違う。だが——
「……」
速い。誰一人として、止まらない。
父は——全体を動かす。
クラウスは——先に置く。
エドワルドは——止める準備。
グレゴールは——受け口を締める。
「……」
冬の間に、積み上げた物。
泥。火。道。偽装。
それら全てが——今、意味を持ち始める。
まだ、本戦ではない。
だが、確実に。
「……戦が、動いた」
春は——もう、始まっていた。