作品タイトル不明
春の前触れ
冬は——終わり始めていた。
北部方面。
深く積もっていた雪は、日に日に痩せ。
白だった地は、まだらに土を覗かせる。
風も、変わった。
刺す様な冷たさではない。
湿り気を帯びた、緩む風。
「……」
だが。それは——動ける、という事でもある。
「……報告は」
北部旧領主館。領主の低い声。
「国境付近より」
控えていた文官が、一礼する。
「商隊流入、更に減少」
「……」
「冬備え名目の物流は、依然確認されております」
「……止まらんか」
低く、短く。
「はい」
「加えて」
一拍。
「街道周辺。小規模な斥候と思われる痕跡が、複数」
「……」
部屋の空気が、静かに変わる。
「……どの辺りだ」
「主に、北部街道沿い国境付近」
「……」
やはり。領主は、地図を見る。
北街道の国境付近。最も、分かりやすい。
「……露骨だな」
ぽつりと漏れる。南は——薄い。謎の流行病。
あの一手が、今も効いている。
人的流入や物流。流行病の警戒。
全てが、鈍い。
なら。来るなら——北。
「……」
文官が続ける。
「まだ、大規模侵攻準備と断定は出来ません」
「……ああ」
当然だ。斥候の測量。探り。
まだ——前段階。
「……前触れではある。国境兵には、無理に抵抗するなと。後退を前提に再度、通達を」
「……」
冬が終わり地が緩む。道が開く。
なら。敵もまた——考える。
北部領主は、小さく息を吐く。
「クラウスとエドワルドへ」
「はっ」
「北側警戒強化」
短い。
「雪解け泥濘も含め、動き出しを見逃すな」
「……承知しました」
「……」
さらに。
「偽情報も、流せ」
「……?」
文官が、僅かに顔を上げる。
「北部街道一部、橋が崩落。補給遅延」
「……!」
「事実でなくていい」
淡々と告げる。
「迷わせろ」
「……はっ!」
「……」
もう守るだけではない。春は、動く季節。
なら——こちらも、動く。
一方、領都。
エドワルドの元へも、早馬。
泥濘工事進捗。北部斥候報告。商流変化。
「……」
紙を読み終え。
エドワルドは、静かに空を見る。
「……来るな」
ぽつりと漏れる。まだ——確定ではない。
だが。
「……近い」
その感覚。
「……」
土と水。道標。矢。
全てが、急に意味を増す。
クラウスもまた、報告を受けていた。
「……春、か」
窓の外。緩む風。
火。距離。置くべき物は——既に、置き始めている。
「……悪くない」
小さく呟く。
「……来るなら、来い」
静かに、だが——確実に冬は、終わる。
そして——戦の季節が、近づいていた。