作品タイトル不明
残されたもの
クラウスは窓の外を一瞥する。
既に、姿は見えない。エドワルドは発った。
静かだ。
つい先程までの気配が、嘘の様に消えている。
文官が何かを言いかける。
だが、言葉は途中で止まる。
視線が一点に向く。
クラウスは気にせず、ポケットに手を入れる。
取り出す。一冊の本。植物図鑑。
それだけで、十分だった。例の物。その出所。
その正体。全てに繋がる鍵。
クラウスは本を軽く叩く。
静かな音。
エドワルドならいずれ辿り着く。時間さえあれば、確実に。
だから——回収した。それだけの話。
文官は何も言えない。理解はしている。
その意味もその危うさも。
クラウスは本を閉じる。
「……危ない所だったな」
ぽつりと落ちる。感情は薄い。
だが——確かに、本音だった。
ただの一冊。
だがそれ一つで、辿り着くはずの答えは遠ざかる。
空気が戻り、静寂。
そこへ新たな文。北部からの父からの叩き台。
防衛体制。
「……」
クラウスは小さく息を吐く。
今か。タイミングは、悪い。
同席していれば、済んだ話。
だがそれも無い。なら——やるだけだ。
文を受け取り、目を通し読み進める。
止まる。
「……なるほどな」
小さく呟く。守りに寄っている。
間違いではない。だが——足りない。
指で紙を叩く。一度、思考が切り替わる。
さっきまでの話は、もう終わり。
顔を上げ、分解。再構築。対応。
やる事は明確だった。
クラウスは椅子に座り直し、次へ進む。
迷いは無い。それだけだった。
北方方面、旧領主邸。
「……」
父は書類に目を落としたまま、報告を受ける。
クラウスからの文。
ゆっくりと紙が広げられる。
内容は簡潔だった。
隣国での謎の流行病。領都近郊への注意喚起。
問題なし。防衛体制に注力せよ。
それだけ。
沈黙。短い。あまりにも。
視線が落ちる。
「……問題ない、か」
言葉をなぞる様に、呟く。
その一文。そこだけが、浮いている。
思考が進む。クラウスがそう言う。
ならば——関与している。
ほぼ間違いない。
だが。規模。範囲。手段。繋がらない。
文を見直す。
余計な事は書いていない。
削ぎ落とされている。
「……隠している」
静かに結論が出る。
空気が張る。だが——父は文を畳む。
今ではない。そう判断する。
防御。優先順位は明確だった。
被害は、まだ無い。ならば、備える。
それだけでいい。
指示が落ちる。武器。備蓄。
領都と北部の統合管理。
動きが始まる。
静寂。父は椅子に深く腰掛ける。文を一瞥。
「……気になるが」
それだけ、切り捨てる。
「……今は、目の前だ」
思考が切り替わる。地図が引き寄せられる。
指が置かれる。
トン。トン。トン。拠点。街道沿い。後背。
運びやすさ。守りやすさ。両立。
分散。一カ所に集めない。叩かれれば終わる。
だから分ける。損耗は許容。全滅は避ける。
線が引かれる。補給線。敵の動き。伸びる。
細くなる。
そこを叩く。短く、決まる。
だが、一拍。指が止まる。
決め手が無い。本来なら籠城。援軍。王都。
だが——来ない。
「……」
無難。堅実。だが、鈍い。
それでも。結論は変わらない。
「……それでいい」
視線が上がる。
「崩れなければ、負けはせん」
「……」
「勝ちは、後で拾う」
静かに落ちる。攻めではない。守り。
積み上げる戦い。
違和感は、残る。
だが——まだ、繋がらない。
そしてそれは、戦の外で、静かに進んでいた。