作品タイトル不明
見えない手
「シュトライヒ様!」
夜明け前。まだ空気の冷たい時間帯だった。
報告役が戻ってくる。
「戻ったか」
シュトライヒは振り向きもせずに言う。
「で?上手く行ったか?」
「はい」
短い返答しかし、その中身は重い。
「五名とも——金品目的の強盗に見せかけて処理しました」
一瞬の沈黙。
「……よし」
それだけだった。
感情はない。
成功か失敗か。それだけ。
「痕跡は?」
「残しておりません。奪われた形で整えてあります」
「いい」
シュトライヒは頷く。
「なら暫くは静観だ。次に動くのは間を空ける。疑いを繋げない為だ」
「……はい」
報告役も理解している。
「それで」
シュトライヒが続ける。
「その武器工房へ、商人として接触出来るか?」
「……やってみます」
一瞬だけ迷いが出る。
「ですが……その後は?」
シュトライヒはようやく振り向いた。
「御用聞きをしろ」
「御用聞き……ですか?」
「ああ」
「何か買えそうな物はあるか。困っている事はないか。足りない物はないか」
淡々とした口調だが意図は明確だ。
「中に入り込め」
「……なるほど」
報告役の目が変わる。
「信用を得る、という事ですな」
「そうだ」
シュトライヒは頷く。
「焦るな。一度で踏み込もうとするな。“都合のいい商人”になれ」
「承知しました」
数日後。
再び報告が上がる。
「接触、出来ました」
「早いな」
シュトライヒは書類から顔を上げる。
「手応えは?」
「あります」
報告役は頷く。
「手持ちの食材を少々欲しいと」
「それと——」
一瞬、言葉を選ぶ。
「人手を手配出来るか、と」
「……だろうな」
シュトライヒは即答した。
「減っているからな」
「はい」
「工房の稼働に影響が出始めています」
シュトライヒはゆっくりと立ち上がる。
「まさか、その為に……」
報告役が呟く。
「そうだ」
シュトライヒはあっさりと答えた。
「足りなくさせる。そして、こちらから差し出す」
「……」
「依存させる」
短い言葉だがそれが全てだった。
「人も、物も“こちらが無ければ回らない”状態にする」
報告役は息を呑む。
「……徹底してますな」
「まだだ」
シュトライヒは首を振る。
「ここからだ」
一拍。
「次をやる」
「……はい」
「四名だ」
報告役の目が細くなる。
「対象は?」
「この仲良し二人組と変わり者二人」
紙が差し出される。
シュトライヒはそれに目を通しながら続ける。
「仲良し二人は——揉め事風だ」
「……揉め事?」
「ああ」
「酒か、金か、女か。理由は何でもいい。“口論からの刺し合い”に見せる」
「……なるほど」
報告役が頷く。
「内部の問題に見せる、と」
「そうだ」
シュトライヒは淡々と答える。
「外からじゃない。中から崩れている様に見せる」
「では……残り二人は?」
シュトライヒは紙から目を離した。
「毒殺だ」
静かな一言が重い。
「……方法を変えるのですな」
「ああ」
シュトライヒは頷く。
「同じやり方は繋がる。変えれば——繋がらない。強盗、揉め事、病。全部、別の原因に見える」
報告役は深く息を吐いた。
「……気付かれませんな」
「気付かせない」
即答だった。
「気付いた時には——遅い」
シュトライヒは窓の外を見る。
工房の煙が、遠くに見えた。
まだ動いている。
まだ回っている。
「止める」
小さく呟く。
「ゆっくりと、確実に」
振り返る。
「準備しろ」
「承知しました」
報告役は頭を下げ足音が遠ざかる。
一人残ったシュトライヒは、再び窓の外を見た。