軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

沈黙という策

夕暮れの街道。

薄く赤く染まった空の下、馬をゆっくりと進めていた。

背後には、先ほど視察を終えた二つの“村”。

いや——

村の顔をした砦だ。

木柵。倉庫。家畜小屋。煙突。

遠目には、どこにでもある農村。

だが中身は違う。

伏兵。備蓄。無音伝達。罠。

そして狩人のように潜む兵。

思い出すだけで、思わず口元が緩む。

「……やり過ぎだ、あれは」

呟きながらも、声はどこか楽しげだった。

国境側は、これで十分だろう。

あれなら——

時を稼げる。少ない兵力でも戦える。

正面衝突をせず、削り、遅らせ、疲弊させる。

まるで獣罠のような戦い方。

「……クラウスめ」

真っ直ぐな性格では、ああはならん。

「戦は、ああいう性根の方が強い」

正直な感想だった。

馬の蹄の音だけが、規則正しく響く。

しばらく進んだ頃、隣を進むグレゴールが口を開いた。

「噂も、既に流れております」

「ああ。“盗賊は討伐された”だったか」

「はい。街道の足止めは終わりだと」

ふっと笑う。

架空の盗賊。存在しない敵。

だがその噂一つで、商人は止まり、

流れは制御され時間を買えた。

「便利なものだな。噂というのは」

「剣より安く、剣より効きますからな」

「違いない」

だが、笑みはすぐ消えた。

「……さて」

小さく息を吐く。

「これからは私の番か」

「はい?」

「クラウスは“止めた”。次は“流す”番だ」

商人たちは、また動き出す。

止めていた水門を開けば、当然——

情報も流れる。

「こちらの様子は必ず探られる」

「でしょうな」

「向こうに着いたら、間違いなく根掘り葉掘り聞かれる」

兵はどれほどいる。備蓄はどれほどある。

築城は何の為だ。

そして——王国はまだ生きているのか。

「口止めをしますか?」

グレゴールが問う。

だが領主は首を横に振った。

「いや」

即答だった。

「あえて口止めなどすれば、余計に怪しまれる」

「……確かに」

「人は“隠される”と疑う。“何も言われない”と勝手に油断する」

だから。

「こちらからは何もせぬ」

沈黙。それも立派な策だ。

問題は別にある。領主の目が細くなる。

「……向こうから来る連中だ」

「商人、難民、旅人……ですか」

「ああ」

静かに頷く。

「恐らく紛れている」

間者。密偵。他領の目。

あるいは、野心家。今や王は居ない。

全ての領地が“国”だ。

ならば当然、互いに探り合う。

「……さて」

低く呟く。

「如何したものか」

締め出せば敵。受け入れれば穴。

守れば閉じる。開けば危険。

「……難儀な世だ」

「平和な時代の方が珍しいのかもしれませんな」

グレゴールの言葉に、思わず笑った。

「違いない」

夕陽が沈みきる。

夜が来ると闇が深くなる程、人の腹の内も見えなくなる。

「……だが」

領主は前を見た。遠くに見える我が城。

我が領。

「来るなら来い」

小さく呟く。

「探るなら探れ」

その声は静かだったが、確かな自信があった。

「こちらも、もう丸腰ではない」

罠も、城も、兵も、策もある。

そして何より——

「……息子がいる」

あれは止まらん。

守るだけではなく、踏み出す男だ。

時代が荒れるほど、強くなる類の人間。

「……頼もしいやら、恐ろしいやら」

苦笑が漏れた。夜風が吹く。旗が揺れる。

王のいない時代。

小さな領地同士が、互いに睨み合う時代。

静かな帰路の中で——

領主は、ゆっくりと次の一手を思案していた。