軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帰る場所があるということ

曙町からの報告書が届いたのは、昼を少し回った頃だった。

羊皮紙を受け取り、ざっと目を通す。

「……順調、か」

自然と、肩の力が抜けた。

ここ最近は悪い知らせばかりだったからな。

被害。不足。襲撃。避難。

そんな単語に慣れかけていたところに——

“順調”

たった二文字。

それだけで、こんなにも気持ちが軽くなるとは思わなかった。

父上から回して貰っている物資。

種子、農具、干し肉、保存食。

あれが効いている。

「田畑への播種、ほぼ完了。数日中に発芽見込み——か」

レオンが横から覗き込む。

「順調ですな。これが育てば、補給は大分楽になります」

「ああ……やっと自分達の食い扶持を自分達で賄える」

今までは削るばかりだった。

備蓄を食い、倉庫を減らし、先細りの未来。

だが違う。

今は“増やす”準備が出来ている。

それだけで希望がある。

「芽が出るだけで、人は安心するんだな」

「畑は正直ですからな。蒔けば返してくれる」

「戦よりよほど信用できるな」

二人で小さく笑った。

報告はそれだけじゃなかった。

「……住人の移動も増えている、か」

南町から、こちらへ。

数十名が戻って来たらしい。

だが。

その一部は、また南町へ戻っていったと書かれていた。

「ふむ……」

レオンが腕を組む。

「定住せぬのは不安要素になりますか?」

「いや……逆だ」

俺は首を振った。

「それでいい」

町の名前は変わった。区画も少し変えた。

「結局、中身は昔のままだ」

見慣れた家。井戸。石畳。路地。

子供の頃遊んだ場所。

家族と暮らした家。

記憶は消せない。

「思い出して泣き崩れる者も居たそうです」

「……だろうな」

容易に想像できる。

失ったと思っていた日常。

もう二度と戻らないと諦めていた景色。

それが、目の前にある。

堪えられる訳がない。

「逆に、『帰って来た』って笑ってる奴も居るらしいぞ」

「人それぞれですな」

「ああ」

本当に、人それぞれだ。

過去が辛い者もいれば、

過去が支えの者もいる。

どちらが正しいなんて無い。

「戻る者を止めなくて正解でしたな」

レオンが言う。

「ああ」

最初、少し迷った。

人の移動は管理した方が楽だ。

防衛も、食料計算も。

だが——

「同じ領内だ」

南町も、曙町も。もう境界は無い。

「好きな所で暮らせばいい」

無理に縛れば、不満が溜まる。

不満は、いつか爆発する。

それは戦より厄介だ。

「誰も責めない、か……」

報告書の一文を思い出す。

“移動者に対する非難は無し。互いに協力的”

「良い空気ですね」

「ああ」

これが一番大きい。

もし、

「逃げたくせに」「今さら戻るな」

そんな空気があったら。町はすぐ壊れる。

今は違う。皆、同じだ。

逃げた。怖かった。生き延びた。

だから責められない。

「……自由ってのは、案外強いな」

ぽつりと呟く。

「強い、ですか?」

「縛らない方が、人は勝手に戻って来る」

守られていると分かれば。帰る場所があると分かれば。人は離れてもまた帰る。無理に繋ぐ必要なんて無い。

「帰る場所がある」

それだけで、人は生きられる。

窓の外を見る。

遠くに、畑まだこの地では無理だが土を耕し、種を蒔き、笑い声が聞こえる様にしたい。

「……悪くないな」

「何がです?」

「この感じだ」

城も軍もある。

だが、結局守りたいのはこれだ。

泣いて。笑って。帰ってきて。

また暮らす。

「これを守る為に戦ってるんだよな、俺達は」

レオンが静かに頷いた。

「ええ。間違いなく」

胸の奥が、少しだけ温かくなる。

戦ばかり考えていた頭が、少し軽くなった。

「よし」

報告書を畳む。

「次の補給計画を組むぞ。芽が出る前に、もう一押しだ」

「了解しました」

帰る場所がある限り。

この町は、きっと何度でも立ち上がる。

そう思えた。