軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王なき地図

時を同じくして——

領主館の執務室。

分厚い机の上に、地図が広げられていた。

紙の端は擦り切れ、何度も書き直した跡が残る。赤い線、黒い印、丸で囲まれた街道。

その中央に立ち尽くす男。

グレイス家当主——

エドワルドの父は、深く息を吐いた。

「……はぁ……」

自然と頭を押さえる。ここ数日、そればかりだ。

「旦那様、北領からの返書です」

「……置いてくれ」

受け取りながらも、すぐには開かない。

中身は、もう分かっている。

同じ文言、同じ不安。

“協力は惜しまない”“互いに不可侵”

“有事の際は救援”

つまり——

余裕は無い、ということだ。

北領とは、昔から交流が深かった。

国境を守る同士。

外敵に備えるための、半ば運命共同体。

定期的に文を交わし、兵の動きや魔物の情報を共有し、時には合同演習も行った。

王国あっての連携。

だが今は違う。

「……王がいない」

ぽつりと呟く。その一言が、全てを変えた。

命令を出す者がいない。

仲裁する者がいない。

責任を取る者がいない。

各領地が勝手に判断するしかない。

「皮肉なものだな……」

地図を指でなぞる。

どの領地も、疲弊している。

今年の不作、備蓄不足、流通停止。

兵を動かす余力など、本来どこにも無い。

だからこそ——

「今は、戦にならん」

そう思いたい。だが同時に。

「……だからこそ、怖い」

追い詰められた獣ほど、噛みつく。

飢えれば、奪う。理屈より、生存だ。

北とは急遽、同盟を結んだ。

不可侵。相互支援。

だが、それも紙切れ一枚。

王国法も、王命も、もう存在しない。

「約束を守らせる“力”が無ければ、ただの願望だ」

机を軽く叩く!

もし。今ここに。隣国が攻めてきたら?

山脈の向こう。海の向こう。

こちらの混乱を知れば、どう動く?

「……奪いに来るだろうな」

断言できる。

弱った獲物を見逃す国など無い。

一領、また一領と食われる。

そして。

「王都は……」

エドワルドから聞いた話を思い出す。

混乱。放棄。逃亡。貴族は散り散り。

「どれだけ、生き残っておる……?」

指揮系統の崩壊。

もし。武力を持った軍属や野心ある貴族が。

「……挙兵でもしたら」

想像しただけで、胃が重くなる。

自称“正統王家”。

自称“摂政”。

自称“守護者”。

旗を掲げる者が乱立する。それぞれが正義を名乗り、戦う。

守るため、奪うため、生きるため。

理由など、いくらでも作れる。

「……まさしく」

ゆっくり椅子に腰を落とす。

天井を見上げた。

「戦国の世、か」

王国が消え。残ったのは——

城と兵だけ。

力のある者が生き残る時代。

「……エドワルドめ」

ふと、息子の名が口から漏れた。

「あいつは、もう先を見て動いておる」

町の整備。備蓄。避難民の受け入れ。

防壁強化。

まるで。

最初からこの未来を知っていたかのように。

「子に教えられるとはな……」

苦笑が漏れる。誇らしくもあり。

同時に。

「……情けない話だ」

父として、先に気付くべきだった。

だが今は後悔している暇はない。

ゆっくり立ち上がる。

「同盟文書を正式化しろ。北と補給路も整備する」

「はっ」

「食料の使用は極力減らせ!無駄遣いは一切禁止だ」

「承知しました」

「そして……」

一瞬、言葉を止める。

「……いつでも籠城できる準備をしておけ」

家臣が息を呑む。だが、誰も反論しない。

皆、分かっている。時代が変わったことを。

窓の外。夕日が赤い。

まるで血の色のように。

「王なき国、か……」

静かに呟く。

守れるかどうかは分からない。

だが。

「……せめて、我が民だけは守らねばな」

それが、領主の責任だ。王がいなくとも。

国がなくとも。

守るべきものは、変わらないのだから。