作品タイトル不明
兄の城、弟の影
同じ頃。
グレイス領では、別の音が響いていた。
ガン、ガン、ガン——!
石を打つ槌の音。木材を組む掛け声。
土を固める踏み鳴らし。
戦の音ではない。築城の音だ。
「急げ!日が落ちる前に南壁を上げろ!」
「梁、持って来い!三本だ!」
「基礎、沈むなよ!詰めろ詰めろ!」
街道の分岐点。
そしてもう一つ、谷へ抜ける要衝。
二箇所同時。
そこに、簡易砦が建設されていた。
高台から工事を見下ろす男が一人。
エドワルドの兄——クラウスは、腕を組み、黙って進捗を眺めている。
「……早いな」
隣に控える副官が感心したように言った。
「本来なら、砦一つでも数ヶ月はかかりますが……半分以下だ」
当主は短く答える。
視線は、組み上がっていく壁。
石材は最小限。土嚢と木枠を組み合わせた半常設構造。櫓は軽量化。門は単純化。
無駄が、ない。
「南町の建築方式をそのまま流用した」
「ああ……例のあの町ですか」
副官も思い出したように頷く。
短期間で立ち並んだ家屋。倉庫。防壁。
まるで最初から図面があったかのような速度。
「まるで積み木のように、次々と建っていったと聞きます」
「積み木、か。言い得て妙だ」
兄は小さく笑った。普段から、見ていた。
弟——エドワルドのやり方を。
物資の集め方。人の使い方。建物の建て方。
特別な技術に見えて。
実際は違う。
「単純化、規格化、分業……か」
誰でも出来る形に落とす。
職人の“腕”に頼らない。
同じ長さ、同じ部品、同じ手順。
だから早い。だから大量に作れる。
「築城も同じだ」
ぼそりと呟く。
城を“作品”として作るから遅い。
「道具」として作ればいい。
守れればいい。撃退できればいい。
美しさなど、いらない。
「石を削るな。四角に積め」
「門は飾るな。厚くしろ」
「櫓は高くするな。数を増やせ」
無骨。実用一辺倒。
だが——
「……強い」
副官が感嘆する。
「これだけでも、野盗や賊では既に手も足も出ません」
「十分だ」
兄は頷く。今の時代に必要なのは、王城ではない。
拠点だ。
時間を稼ぐ、牙だ。
ふと、視線を遠くへ向ける。
「……エドワルド」
自然と、弟の名が漏れた。
「あいつは一体、どうやってこんな考えに辿り着いたんだか」
普通は思いつかない。
城は重厚に町は整然と。それが貴族の常識。
だがあいつは違う。
「やたらと合理的で……妙に割り切ってやがる」
情より、結果。
体裁より、生存。
まるで。
「戦場育ちの将軍みたいだ」
苦笑する。弟は、学者でも軍人でもない。
時々、底が見えない。
「……まあいい」
肩をすくめる。
「便利な物は、利用するに限る」
弟が考えた。なら使えばいい。
意地も、誇りも、いらない。
民が生き残れるなら、それでいい。
「東の砦、基礎完了しました!」
「南門、骨組み完成!」
次々と報告が飛ぶ。
早い。とにかく早い。
兄は満足げに頷いた。
「これで街道は押さえた」
ここを通る者は、全て把握できる。
敵も、難民も、商人も。
情報が集まる。
それだけで、領地は強くなる。
「……お前のやり方、悪くないぞ。エドワルド」
風が吹く。遠い空。
弟がいるはずの方向を見る。
「だがな」
小さく、笑った。
「真似される覚悟くらい、あるよな?」
弟の影は、いつの間にか。
兄の領地にも、しっかりと根を張っていた。