作品タイトル不明
鍬を持てない平和
元領主館の町——
いや、今は俺たちの前線拠点となったこの町。
木柵。見張り台。巡回路。
数日前とは別物の姿になっていた。
「……形には、なってきたな」
高台から町を見下ろし、思わず呟く。
門は補強され、屋上には弓兵。
要所にはクロスボウ隊。
民兵も巡回に慣れ始め、もう“逃げ惑う民”の顔はしていない。
ちゃんと、守る側の顔だ。
「エドワルド様」
背後からレオン。
「南側柵の増設、完了しました。これで正面突破はまず無理ですな」
「ああ。ご苦労」
正直。
ここまで短期間で形になるとは思っていなかった。
民兵も、保護民も、騎士団も。
皆、自分の居場所を守るために動いている。
だから早い。命令を待たない。
勝手に仕事を見つけて動く。
「……いい町になりそうだ」
自然とそんな言葉が出た。
だが。レオンは苦笑した。
「“中だけ”なら、ですな」
「……だろうな」
視線を町の外へ向ける。広がる田畑。
本来なら。今頃、畑を耕し、種を蒔き、
次の収穫の準備を始めているはずの土地。
誰一人、出ていない。出せない。
理由は簡単だ。
「本日も三件です」
「……またか」
「はい。野盗です」
小規模。三人。五人。多くても十人程度。
だが、消えない。
まるで腐肉に群がる虫のように。
どこからともなく現れては、物資を狙い、
女や子供を攫おうとする。
その度に撃退しているが——
「鬱陶しいな」
「ええ。しつこい」
レオンが吐き捨てる。
「完全に“弱った土地”扱いですな。奪えば食えると思って集まってきやがる」
王都崩壊。隣領主死亡。統治者不在。
つまりここ一帯は今、
「無法地帯」
そう見られている。だから次から次へと湧いてくる。
「これじゃ……」
思わず歯噛みする。
「迂闊に田畑に人を出せないな」
「はい」
もし畑作業中に襲われたら。守れない。
町から距離がある。援軍が間に合わない。
最悪——攫われる。
「せっかく生き延びたのに、畑で死なせる訳にはいかん」
「同感です」
レオンは真顔だった。
「ですので今は“守り切れる範囲だけ”に絞るべきかと」
「……やっぱり、そうなるか」
理屈では分かる。畑を放置する=食料不足の未来。守れば守るほど、動けなくなる。
まるで檻の中だ。
「救ったのに、鍬すら持たせられないか……」
皮肉だ。守るとは、自由を奪う事でもある。
そんな現実が、胸に刺さる。
しばらく沈黙。
やがてレオンが言った。
「焦る必要はありません」
「……?」
「町は出来てきている。兵も育っている」
遠くで、巡回中の女性クロスボウ隊が子供に手を振られている。
笑い声。
ほんの少しだけ、平和な音。
「今はまだ“籠城中”みたいなもんです」
レオンが続ける。
「まずは牙を折る。野盗どもを徹底的に狩る。畑はそれからで十分です」
「……狩る、か」
「はい」
にやりと笑う。
「向こうが虫なら、こちらは掃除屋ですな」
思わず吹き出した。
「物騒な例えだな」
「事実です」
確かに。急ぐな。守れる範囲を広げながら、少しずつ外へ出る。それしかない。
「……もう暫くは、我慢だな」
「ええ」
拳を軽く握る。今はまだ、鍬より槍、種より剣。
いつか必ず。この土地で、子供たちが安心して畑を走れる日を作る。
そのための時間だ。
「野盗討伐、強化するぞ」
「はっ」
「この辺り一帯、まとめて掃除する」
レオンが楽しそうに笑った。
「ようやく“狩り”ですな」
夕日が町を赤く染める。まだ平和とは言えない。確実に。この地は、俺たちの色に染まり始めていた。
とはいえ——
何も手をこまねいているだけではない。
むしろ。町の“中身”は、日に日に強くなっていた。
「掛け声合わせろ!盾は前だ!前だけ見ろ!」
バンッ!
木盾同士がぶつかる音が広場に響く。
「隙間を作るな!そこから刺されるぞ!」
「はいっ!」
怒号と返事。土煙。汗の匂い。
俺はその様子を腕を組んで見ていた。
……正直。
感心するしかなかった。
訓練を付けているのは、元騎士団の連中だ。
王都から脱出してきた、あの歴戦の騎士たち。
隊列の組み方。盾の角度。槍の突き出すタイミング。交代手順。負傷者の下げ方。
どれもこれも。
「……俺には無理だな」
ぽつりと漏れる。
「流石に専門外ですか?」
横でレオンが笑った。
「ああ」
素直に認める。俺は所詮、知識と判断で動いてきただけの人間だ。
戦術や采配は出来る。
“兵を育てる技術”は無い。
軍隊の基礎。それは経験でしか身に付かない。
「こればかりは、教えられん」
民兵たちは、最初こそただの素人集団だった。槍の持ち方すら怪しかった。
だが今は違う。
隊列を組み、号令で動き、盾を並べ、足並みを揃える。
もう“武装した民”ではない。
ちゃんと——兵だ。
「いやぁ」
レオンが苦笑する。
「正規軍崩れってのは伊達じゃありませんな」
「だな」
騎士の一人が怒鳴る。
「崩れるな!一人が崩れたら全員死ぬぞ!」
その言葉に、民兵たちの顔が引き締まる。
遊びじゃない。
訓練の時点で、既に戦場の顔だ。
「……非常に貴重だな」
思わず呟く。
「ええ」
レオンも頷いた。
「金では買えん戦力です」
その通りだ。武器は作れる。兵は集められる。
だが。
“軍”は簡単には作れない。
それを——俺たちは、偶然にも手に入れた。
「……運がいいのか、悪いのか」
「両方でしょうな」
騎士団の隊長がこちらに気付き、軽く頭を下げる。俺も頷き返す。
彼らが居なければ。
この町はとてもじゃないが維持出来なかった。
「救ったつもりが、救われているな……」
自然と笑みが漏れた。守る力は、確実に育っている。今はまだ鍬を持てない。
槍を持てる民は増えている。
それは——
未来を守れる力が増えているという事だ。
「……もう少しだな」
いつか必ず。この槍を、鍬に戻せる日が来る。その日のために今は、強くなるしかない。