作品タイトル不明
白旗の先にあるもの
白旗が、風に揺れる。
だが——
互いに武器は下げない。
三十歩。
この距離なら、弓もクロスボウも届く。
騎兵二十。
こちらは屋上と物陰に伏せた兵。
どちらが先に引き金を引いても終わる距離。
沈黙が、重い。
やがて、相手の騎士が口を開いた。
「……貴様らは敵か、味方か」
単純な問い。
だが、この世界ではそれが全てだった。
王はいない。法もない。命令も届かない。
あるのは武力と判断だけ。
エドワルドは一歩前に出る。
「俺たちは民を保護している」
騎士の眉が動く。
「保護、だと?」
「この町も、その前の村も、立て籠もっていた者を救出した。食料を配り、治療し、拠点を整備している」
「……占領ではなく?」
「結果的にそう見えるだけだ」
レオンが横で苦笑する。
「まあ、武装してる時点で説得力は薄いですがな」
騎士の口元がわずかに緩んだ。
少しだけ、空気が緩む。
「……こちらも同じだ」
「何?」
「我々も、民を守って逃げてきた」
その言葉に、エドワルドは目を細めた。
「王都からか?」
騎士はゆっくり頷く。
そして、低い声で言った。
「——地獄だった」
空気が変わる。あの戦場を知る者の声だ。
「暴動が起き、倉庫が焼かれ、兵糧が奪われた」
「騎士団は鎮圧命令を受けたが……」
歯を食いしばる。
「民を斬れと命じられた」
レオンが小さく舌打ちした。
「最悪ですな」
「拒否した部隊も多い。だが統制は崩壊。味方同士で斬り合いも起きた」
騎士の拳が震える。
「王城に火が入り……」
沈黙。
「王は、民衆に引きずり出されて殺された」
その場の全員が、息を呑んだ。
やはり、確定か。噂ではなく、事実。
王政は、終わった。
「我々は残った民と共に脱出した」
「だが行く先々で——」
吐き捨てる。
「騎士団というだけで略奪者扱いだ」
そりゃそうだ。この混乱で鎧を着た集団が来れば、恐怖でしかない。
「だから白旗、か」
「ああ。戦う気は無い」
と続ける。
「敵なら、容赦はしない」
互い様だ。エドワルドは静かに言う。
「目的は?」
「食料の確保。民の保護。拠点の確立」
「……同じだな」
騎士が目を細める。
「だから聞いている。貴様らは敵か味方か」
少しだけ考える。撃てば楽だ。
だが。
ここで潰し合えば、得をするのは野盗と他国だけ。
「提案がある」
「聞こう」
「不可侵。そして情報交換」
騎士が眉を上げた。
「同盟ではなく?」
「まだ互いを知らん」
正直に言う。
「しかし敵にもなりたくない」
レオンが補足する。
「交易路と難民の通過は互いに妨害しない。敵勢力や野盗の情報は共有。どうです?」
騎士はしばらく考え——やがて頷いた。
「……妥当だ」
張り詰めていた空気が、ほんの僅かに緩む。
「我々は旧バルディア騎士団。団長、ガレスだ」
「グレイス領、エドワルドだ」
初めて。二人は武器から手を離した。
「……だが」
ガレスが最後に言う。
「もし貴様が民を利用する側に回った時は——」
視線が鋭くなる。
「次は白旗は掲げん」
エドワルドは小さく笑った。
「その時は、全力で来い」
「望むところだ」
短い握手。固く、重い。
これは同盟ではない。
信頼でもない。
ただの「撃たない約束」。
この世界では、それだけで十分価値があった。
白旗の騎兵は、ゆっくりと引き返していく。
レオンが呟く。
「味方……と言っていいんですかね?」
「さあな」
エドワルドは空を見る。
「少なくとも、今日の敵ではない」
王が消えた世界。国も、法も、正義も無い。
あるのは。自分で選んだ関係だけ。
——これが。
国なき時代、最初の不可侵条約だった。