作品タイトル不明
灰の台と消えない記憶
「レオン」
「はっ」
「流石にこの建物は使えない。拠点に出来る場所を探してくれ」
焼け落ちた領主館を顎で示す。
柱は崩れ、床は抜け、壁は炭だ。
雨でも降ればすぐ崩落するだろう。
「了解しました。警戒しつつ周囲の建物を確認します」
「頼む」
レオンは数名を連れて離れていった。
残ったのは、俺と、数人の護衛だけ。
……静かだ。
焼け焦げた匂いに灰。崩れた石。
ここが、かつてこの町の中心だった場所。
命令が飛び、税が集まり。
支配が行われていた場所。
それが今は、ただの残骸。
「……因果、か」
あれだけ金を溜め込んだ末路がこれだ。
皮肉にも程がある。
そう思いながら、ぼんやりと周囲を見渡していた。
その時だった。
ふと。
視界の端に、不自然な“台”が見えた。
「……ん?」
瓦礫の影。半ば焼け残った木製の構造物。
低い。やけに低い。三段ほどの階段。
板張りの平面。簡素。粗雑。
……雑すぎる。
「……これは」
一歩、近付く、心臓が。ドクン、と鳴った。
「……っ」
息が詰まる、足が、止まる。頭の奥で嫌な音が鳴る。
ギィ……ギィ……
縄の軋む音。ざわめき。怒号。石。罵声。
そして。
——首に触れる、冷たい刃。
「……っ、ぅ」
喉が締まる。視界が歪む。
「……処刑台……?」
口から、勝手に漏れた。見覚えがある。
忘れるはずがない。
低さ。雑さ。急造感。
罪人を“見せ物”にするためだけの台。
「……あ……」
急に胃の奥がひっくり返った。
「うっ……!」
膝をつき。そのまま地面に吐いた。
酸っぱい臭いが広がる。
「エドワルド様!?」
背後から駆け寄る足音。
「大丈夫ですか!?」
レオンの声。
だが。
耳が遠い。……違う。
これは、ただの台じゃない。
俺は——
この高さを、知っている。
この目線を、知っている。
群衆を見下ろす角度。
縄の位置。刃の重み。
「……はぁ……っ、はぁ……」
呼吸が荒れる。冷や汗が止まらない。
「エドワルド様、下がってください」
肩に手が触れる。その瞬間、我に返った。
「……大丈夫だ」
無理やり立ち上がる。足が少し震える。
「……問題ない」
「ですが顔色が……」
「いい」
強く言う。
「……平気だ」
レオンも、それ以上は言わなかった。
代わりに。
台を見上げて、低く呟く。
「……恐らくこれは、処刑台ですな」
「……」
「遺体は見当たりませんが……暴動の際に使われたのでしょう」
暴徒が。領主か。役人か。誰かを。ここで。
見せしめに。
「……この低さ……この適当感……」
拳を握る。
「……間違いない」
忘れもしない。俺が立った場所と、同じだ。
前の未来。俺は。
あんな場所に立たされ。
石を投げられ。罵られ。
そして——首を刎ねられた。
「……くそ」
吐き気は、まだ残っている。
だが。
恐怖は、不思議と薄れていた。
代わりに湧いてきたのは。
怒りでも。絶望でもない。
「……終わったんだな」
小さく呟く。レオンが振り向く。
「何が、です?」
「……いや」
首を振る。
「何でもない」
処刑台。焼けた領主館。地下の金。
全部。象徴だ。腐った統治の末路。
守らなかった支配者の最後。
「……俺は、ああはならない」
静かに言う。
「絶対に、だ」
守れなかった結果がこれなら。
俺は守る側で居続ける。
泥を被っても汚れても。
処刑台に立つくらいなら。
その前に全部叩き潰す。
「……レオン」
「はっ」
「使えそうな建物が見つかったらすぐ知らせろ」
「了解」
俺はもう一度だけ、処刑台を見た。
そして。背を向けた。
もう二度と。あの上に立つつもりはない。
立つなら——守る側としてだけだ。
灰の匂いの中。俺は、はっきりとそう決めた。