作品タイトル不明
灰の館と沈黙の財
部隊を二手に分けた。
ここの拠点には大半を残す。
ここを失えば、補給も救助も全てが崩れる。
連れて行くのは、足の速い若い者たち。
結果、動かせるのは——百名ほど。
「少数精鋭、ですな」
レオンが言う。
「防衛を削ってまで出す数ではない。これが限界だ」
「十分でしょう。偵察と制圧には丁度いい」
百。
軍と言うには小さく、だが町一つを調べるには十分な数だ。
俺たちは静かに進軍を開始した。
道中に何度も足が止まった。道端に木陰に倒れた荷車の横に。
そこかしこに——亡骸。
剣傷は無いし矢も刺さっていない。
ただ、力尽きたように倒れている。
「……飢え、か」
「恐らく」
レオンが短く答える。荷物袋は空も水筒も空。
逃げて——辿り着けず——そのまま、だ。
「……」
民兵たちが目を伏せる。怒りとも、悔しさともつかない空気が漂う。
誰も喋らない。ただ、足音だけが土を踏む。
やがて。丘を越えた先に、町が見えた。
「……あれか」
中規模の町。石壁に囲まれ、家屋も多い。
本来なら数千は住める規模だ。
だが。
「煙……」
一部から黒煙が上がっている。
「火災か」
「まだ燃えている……いや、違うな」
レオンが目を細める。
「新しく放たれた可能性もあります」
つまり。
「誰か居る、か」
「その可能性が高い」
レオンが手を上げる。
合図。全員が即座に散開。盾を前に、槍を構える。
「警戒前進!」
門へ近付く。だが——
「……壊されてますな」
門は内側から破壊され、焼け焦げていた。
攻城ではない。暴徒か、略奪か?
統制のない破壊だ。
「入るぞ」
静かに町へ踏み込む。……静かすぎる。
風の音だけ。家はあるし井戸もある。
店もある。
だが。
生活の匂いが無い。鍋は転がり。商品は散乱し。血痕が乾いて黒ずんでいる。
「ここから崩れたんでしょうな……」
レオンが呟く。
「この町が先に落ち、周囲も連鎖した」
「……王都の縮図か」
秩序が崩れれば、後は奪い合い。
人は簡単に人を殺す。俺は拳を握った。
「……進め」
町の中心部の石造りの大きな館。
「……領主館、だな」
だが。
その姿は。
「……炭か」
黒焦げ、柱は崩れ屋根は落ち。完全に焼失していた。
「焼き討ち……か」
民衆の怒りか?略奪者か?あるいは両方か。
どちらにせよ。
この町の“支配”は、ここで終わったのだ。
「……何も残っていないか」
そう思った、その時。
「エドワルド様」
レオンが呼ぶ。
「こちらに」
瓦礫の裏。崩れた床石の一部。
不自然な継ぎ目。
「……隠し扉か?」
「恐らく」
レオンが剣の柄で叩く。
コツ、コツ。
空洞音。
「開けます」
数名で持ち上げる。ギィ……と石がずれた。
下へ続く階段。冷たい空気が吹き上がる。
「松明」
火が灯る。俺たちは地下へ降りた。
そして。
「……は?」
誰かが声を漏らした。地下室。
そこにあったのは。
金。
金。
金。
袋詰めの金貨に箱詰めの銀貨。宝飾品の山。
まるで小山のように積み上がっている。
「……おいおい……」
民兵の一人が呟く。
「どれだけ溜め込んでやがる……」
「税でしょうな」
レオンが冷たく言う。
「あるいは裏金。横流し。賄賂。好きな名前をどうぞ」
俺は黙って見つめた。地上では民が飢えて倒れ。子供が死に、町が崩壊していた。
その真下でこいつは。
これだけ溜め込んでいた。
「……ふざけるな」
自然と声が漏れた、怒りではない。
呆れだ。
「これだけあれば……何人救えた……?」
誰も答えない。答えは、分かりきっている。
数千。いや、それ以上だ。
この金が使われていれば。
この町は、崩れなかったかもしれない。
「……レオン」
「はっ」
「全額回収」
顔を上げる。
「これは戦利品じゃない」
静かに告げる。
「——救命資金だ」
民を救うために使う。食料。武器。薬。建材。全部に回す。
「……了解しました」
レオンが小さく笑った。
「やはりあなたは、侵略者には向きませんな」
「当たり前だ」
俺は金貨の山を睨む。
「こんなもののために戦う気は無い」
だが。
「……使う」
必要なら、冷酷でもいい。
民を守れるなら何でも使う。
それが今の俺のやり方だ。
灰になった領主館の地下で。
俺たちは。
この町の“最後の財産”を手に入れた。
それは同時に。
——旧時代の腐敗の証拠でもあった。