軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約者との別れ

13歳の誕生日は田舎に住む女の子にとって少し特別である。

地方の貴族子女らは幼い頃から胸下切り替えのAラインワンピースを着用し、簡単に作れる型紙の服ばかりで生活をするものだ。

田舎は道も険しく馬に乗ることが多いため実用的で動きやすい利点を尊ぶ。クララベルも楽チンなドレスが大好きであったが13歳になればそれは変わる。

母親達から女として一人前だと認められ、ドレスは子供用から大人用のウエスト切り替えの形に切り替わるのだ。

女性らしい体型に合わせた『オンナ』を磨くドレスに憧れない女の子はいない。

その昔は月のモノが来るようになる年頃の女の子は早ければこの歳で嫁がされたと言い伝えられる。流石に今はない風習であるが婚約者が出来たクララベルはこの日をとても意識していた。

『アラン様私のドレス姿褒めてくださるかしら?』

胸の高鳴りが朝から鳴り止まない。今日は姉のお下がりドレスではない。それだけでもかなり嬉しいのに母が珍しくクララベルにドレスを仕立ててくれた。

憧れのピンクや、ペールブルーのドレスでは無かったが胸元には白いヨークがありギャザーもあしらわれている。ウエストのリボンベルトもクララベルからすれば飛躍の一歩であった。

ドガ子爵達が到着する夕刻までクララベルは3歳上のハンサムな婚約者を待ち侘びていた。

「やあ!いらっしゃい!」

やって来たドガ子爵達はリンドバーグ家で大歓迎を受けた。

「クララベル、すっかり 淑女(レディ) ね。」ドガ夫人は優しくクララベルを抱きしめてくれた。

「誕生日おめでとう。」アランはニッコリ笑いマリーゴールドの花束を渡してくれた。そして手のひらサイズの箱をポケットから出す。

「よかったら使ってね?」

指輪?!ネックレス?!

ドキドキしながら箱を開けるとそこには銀製の栞が入っていた。

「本、好きだろ?」アランはそう言うとクララベルの横を通り過ぎザカリーの隣にポンと座って狩の話を始めた。

あれれ?

その後も楽しい会話は続いたがクララベルはアランからドレスを誉めてもらうことは一度もない上に額にキスさえしてもらえなかった。

(来年飛び級テストを受ける話出来なかったな。)

ちょっとの寂しさを抱えつつアランを見送る。

そんな彼女に追い討ちがかかる。

「あ、クララベル。君刺繍上手くなったね。でもあの図案は王都じゃ使えないよ。もうちょっと勉強しておいて。」

さようならも言わずにアランは馬車に乗り込んだ。

クララベルはせっかくの誕生日に胸に冷たい風が吹き込んだが家族には決して言えなかった。

姉はもしかしたら少しその気持ちを察したのかもしれない。

裕福な男爵家の旦那様が翌週に普段着用のドレスを1着プレゼントしてくれた。

「お誕生日にドレスが届かないのはちょっと寂しいからね?」憧れのペールブルーのワンピースは木綿で出来たあっさり仕様ではあったが義兄の心遣いがクララベルは涙が出るほど嬉しかった。

母も兄もドガ子爵達からドレスが届かなかったことに何も言わなかった。

ドガ夫人も婚約者の13歳の誕生日にはドレスをプレゼントするものだとアランには言わなかったのだろうか?

クララベルは引っかかるものはあったがそれを胸の奥に仕舞い込んだ。

(何があっても私は婚約者だし、これからもっと大人になったら色々変わるって信じよう。)

打たれ強い少女の思いはその時はまだブレてはいなかった。

しかし学園に翌年飛び級して入学してみれば年上のアランはクララベルを疎ましく思っていることがハッキリした。

辛かったがあれは自分の知っている田舎の『アラン』では無かった。

別人だと認識すれば淡く幼い初恋はあっという間に冷たい風に吹き飛ばされてしまう。

ヴィクトリアに気に入られ、ロイドから指導を受けていく中でクララベルの世界は広がった。あんなにアランに認めてもらいたかった気持ちが、暫くすると自分に対して忙しい時間を割いてくれている彼らに報いたいという気持ちに切り替わった。

見返してやる!と意気込んでいた2ヶ月目の時よりもミランダのようなしなやかで強く美しい女性を目指したいと考えが変わった。

王都に折角出して貰ったんだもの。自分をちゃんと成長させよう。

王子妃を務め上げるために努力を惜しまないヴィクトリアに恥じない自分でいたい。それは偽りのない自分の心だ。

「アラン様とは婚約を破棄します。違いますね、解消します。お互い背中を向けているのに将来的に良い方向に向かうとは思えません。

私はまだ若いですしデビュタントまでまだ2年もあるんです。私みたいな女でも誰か見初めてくれる可能性がないわけじゃありませんから。」上手く笑えているだろうか?そう思いながらロイドに向けて口角を上げる。

「心配するな。お前は可愛い。」

ロイドから信じられない言葉が飛び出した。

「……変なものでも食べました?具合でも悪いんですか?」

「馬鹿が!」

いつもの掛け合いに二人はクスクスと笑いあった。

翌日。

ヴィクトリアが寄越してくれたメイドはクララベルの身支度を完璧に整えてくれた。

濃紺のジャケットに大きめのリボンがあしらわれた白いワンピース。

ハニーブラウンの髪にはコテが当てられ緩いウェーブを描いている。

因みに白いワンピースは義姉のお下がりである。

自分では絶対に選ばない組み合わせの濃い色のジャケットはクララベルを不思議なほど細く見せた。

「クララ、とても可愛いわ。」赤ちゃんを抱いたまま義姉は感心したように声を漏らした。

今日はアランとドガ子爵が来るのでクララベルはいつもよりしっかりと化粧をする。ヴィクトリア曰く『化粧を施さない無防備な状態では心が負けるわ』だそうだ。

薔薇色のチークと薄白桃色の口紅をたっぷり塗りつければプルンとした口元が更に艶やかに輝いた。

(ヴィクトリア様の言うことに嘘はないわね。)

約束の時間より少し早く訪れたドガ子爵たちを迎え撃つためクララベルは『武装』を完了させ玄関へと向かった。

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この女は誰だ?

アランは目の前の上品な女が紅茶を飲む姿に気がつくと目を奪われる…というのを先ほどから何度も繰り返していた。

父親が頭を必死になって隣で下げているというのに心はどこか浮ついて落ち着かない。

「私としては婚約を続けて貰いたい。勿論息子には生活を改めさせるし、不誠実なことはもう二度とないと誓わせよう。

リンドバーグ家とは今まで通り付き合いを続けて行きたいんだ。」

クララベルはドガ子爵の謝罪を聞きながら

(やはりこの実直なドガ子爵に断りを入れるのは精神的に重いなあ)と眉を顰めた。

アランの方をチラリと見ればサッと視線を逸らされる。先ほどから黙ったままで自分の意見を全く言わないアランにクララベルは自分から話を切り出さなければならないのかと昏い気持ちになる。

(せめて向こうから婚約破棄で!と言ってくれればいいのに。)

頼りになるはずの兄ザカリーを見れば苦虫を噛み潰したように口をモゴモゴと動かしているばかりで情けなかった。

一番年上の子爵が頭をペコペコと下げていることがとても兄妹の気分を悪くする。

優しい兄はドガ子爵を責め上げることが出来ないのだ。結論が出ているだけに。

だがいつまでもこんな風に過ごしているわけにはいかない。

頭を軽く振るとクララベルは再度背筋を伸ばした。

「ドガ子爵。すみませんがアラン様は私と結婚はしたくないのだと思います。」

思い切ってクララベルは言葉にした。

言った瞬間アランは大きく目を見開く。

(何故だ?!)

その様子にクララベルは驚いたがそのまま話を続けた。

「私は学園でアラン様から『親には言うなよ』と脅しをかけられました。手紙を送り続けましたが無視され、恋人達とイチャつく姿をずっと見ていたんです。初めは嬉しかった婚約も学園で過ごすうちに気持ちの負担にしか感じなくなりました。」

再びアランに視線を投げ掛ければアランは床を睨みつけていた。

「彼がお付き合いしている女性達を見ればわかります。アラン様は美人で華奢な都会的な方が好きなんです。私には力不足なんですよ。」

言っててあまりに自虐的で情けなくなるがそれが現実だ。クララベルは大きく息を吐き出すとアランにも声をかけた。

「そうですよね?田舎くさい私が疎ましかったんですよね。」

だがアランは『はい』とは返事をしなかった。

「き……………、気の迷いだ。」

「はい?」

「若気の至りだ。

父だって若い時は散々遊んでいたんだ。俺だって遊びたかっただけだ。

だからもうしない。」

「え?」

「俺はクララベルのことは別に嫌いじゃない。だから婚約は破棄しないでいい。」

アランは仏頂面のままクララベルを睨みつけた。

ザカリーも流石にその発言には呆気に取られた。

昨日はあんなにクララベルを罵っていたじゃないか!!

『ダサい』と言ったのをこの耳はしっかり聞いたぞ!!と発言しようとすればドガ子爵が嬉しそうに援護射撃をする。

「クララベル!そうなんだ!男には男の事情というものがあるんだ。

若い時はつい馬鹿なことをしてしまうんだよ。幼い君には今は理解し難いかもしれない、しかし私だってそうだったんだよ?けれど散々遊んだ私が結婚して今は妻を何より大切にしてるしアランだってきっとそうなる。」

ドガ子爵は息子の肩をガッシリと掴むと自信満々に言い放った。

「若いんだ!間違いは誰にだってあるもんだ!」

クララベルはアランの気持ちを聞いて意識が飛びそうになった。

( 私(クララベル) の気持ちをこの人は微塵も気遣っていない!!)

ドガ子爵の言葉に『優しい隣人のおじ様』が急に自己中心的な他人に思えた。

隣を見れば兄も呆気に取られている。

家族としてガツンと言ってほしいところであるがのんびり屋の 兄(ザカリー) からの口撃は期待出来そうにない。

クララベルは再び口を開いた。

「私はこの半年、本当に悩んだんです。

二人で話し合った方が良いのではないか?口止めされたけれどお父様にアラン様の生活を報告した方が良いのではないか?解決の糸口を求めて男子寮を訪れた日もありました。

ですが門前払いです。何故ならアラン様は自分に婚約者がいると学園に伏せていたからですよ。

飛び級までしてアラン様に会いに来たけれど、私に全く関心がないようで手紙も捨てられていましたし会いにも来てくれませんでした。友人にさえ婚約者がいることは伏せていらした筈です。」

あ、マリアンヌ様には話していたかも?と思ったがそこは蒸し返しても仕方ない。

何せ彼はクララベルを引き合いに出して彼女を褒め称えていただけなのだから。

「どんなにお慕いしていても私に関心がないと分かれば気持ちも冷めて行きます。

半年ですっかり私はアラン様への心を失い今では他人と変わらないくらいの認識です。」

そう言えばアランは少し傷ついたような表情を見せる。

(そんな顔を今更されても私は半年前もっと傷付きましたけど?)

そう罵りたかったがヴィクトリア達の教えが自分の矜持を支える。

(淑女たるもの声を荒らげてはいけない)

「男の方の事情ってなんなんでしょうね?

私はまだ15歳ですし理解は出来そうにありません。待てばいつか理解出来るとドガ子爵は仰いましたが私は待てそうにないのです。

それは何故か。

私は自分を磨く楽しみを見つけてしまったのです。見た目のことだけではありませんよ。王都には子爵領では得られなかった知識と経験が沢山転がっているのです。

遊びも楽しいでしょうけれど、現在私は友人に恵まれ向上心のある人々に指導を受けております。リンドバーグ家は裕福ではありませんが家族が努力してお金を捻出してくれていることを私は知っているので派手な遊びにお金をかける余裕はありません。だからアラン様とは違う楽しみでこの学園を過ごしています。

きっとそんなところもアラン様から好かれなかった点ですね。」

一気に喋るとクララベルは少し冷たくなった紅茶を一口含んだ。

ドガ子爵はクララベルの様子に驚いた。

顔の良いアランに惚れているのはクララベルだと彼は分かっていた。体型こそ妻似だが自分に似た顔は女性に受けることも理解していたのだ。

だから、2人掛かりで謝罪すればきっと許してもらえると信じていた。

13歳の誕生会に招待された時、彼女はリンドバーグ家らしい野暮ったいドレスを着せられていた。

それでも無垢な少女は目をキラキラさせて、美青年に育った息子に構って欲しそうだった。そんな様子を見ながら(単純だな)と笑いが込み上げる。

デビュタントで見初めた妻も単純で純朴で無知だった。

女はこういうのが一番御し易いのだぞと帰りの馬車で話せばアランも鼻で笑っていた。

しかし目の前のクララベルは自分の知っている少女ではなかった。

たったの半年で田舎の雰囲気はすっかり消え失せている。

高いドレスではないがクララベルによく似合う白いドレスにすっきりとした紺色のジャケット。背筋は美しく伸び、座る姿勢は勿論、カップを持ち上げる仕草ひとつも洗練されていた。

そして今の会話である。

小柄な体からはそこ知れぬ気概を感じた。

「だが……」ドガ子爵が反論しようとした時ザカリーが手で制した。

「あの、父と母から手紙が来ているのです。」

ドガ子爵の顔が一気に強張った。友人から罵られることを予測したのである。

ザカリーは抜粋して読むことを告げると2人を視線で黙らせた。

〈親愛なるザカリー〉

私たちはクララベルに可哀想なことをしてしまったんだね。

四番目の子供だったし手がかからず賢い娘であったから兄2人と嫁いだ姉より軽く見ていたのかも知れない。

ドレスだって、化粧品だって姉と同じようにちゃんと揃えてやるべきだった。都会に住むのにあの子は随分と肩身が狭かっただろう。それに気が付かなかったと妻も嘆いているよ。

アラン君が他の女性に目を移してしまった原因を作ったのは私たちだ。

娘を年相応に着飾らせなかったのだから。

アラン君が許せず激昂した時妻から叱られた。私が若い頃綺麗な女達に現を抜かしていたことを指摘されたのだよ。

自分が若い時にふらふらしていた癖にアラン君だけを責めるのは違うのではないかと言われて私は苦しんだ。クララベルを愛しているからね。

でも事は起こってしまった。

クララベルが私たちに相談してこなかったのは『言っても無駄だ』と見限っているのだろう。でも相談して欲しかった。

私たちはクララベルの味方であり続けると誓おう。

婚約破棄についてはクララベルの気持ちに沿った形で決着をつけてくれ。だがドガ子爵は私の友人であることに変わりはない。形は変わってしまって親戚にはもう成れないかもしれないが彼は良い隣人だ。

ザカリーには気苦労をかけてすまないね。

*エンリケ・リンドバーグ*

クララベルは胸を撫で下ろした。

『若気の至りだと一度は許してやれ』と言われると思っていたからだ。

王太子からの言葉がクララベルの心には残っている。

『他の女性と関係を持った婚約者殿と赤ちゃんを作る行為は出来そうかな?』

殿下はそう仰った。

悩むまでもない。

『無理』である。

15歳だから潔癖だという訳ではない。

今後マリアンヌやキャサリンといった女性の影を感じながら彼に触れられるのは生理的に難しい。それに何より長い人生、アランに対して『信頼する』という感情が持てそうに無かった。

根底には冷たくされた誕生日やドレスのこともあるのだと思う。ドガ子爵家皆から感じた少し下に見られている感覚も今では間違いではないと思う。

きっと。

積み重ねられた不信感が『家族になること』を拒否したのだ。

もう迷わない。

両親の手紙もクララベルには自信に繋がった。

きっと着飾ったところでアランは自分を愛したりはしなかった。

(だって好みが違うのだもの)

アランに視線を向けるとクララベルは静かに喋り出した。

「父達は今まで通りお付き合いを継続すると思います。アラン様はどうか無理をなさらないで、自分の思う人を奥様にお迎えください。

私は……私は自分の人生は自分で選びたいと思います。

素朴な私を愛してくれる人が現れれば結婚するでしょうし、無理でしたらヴィクトリア様のお側で働き続けるつもりです。

王宮に上がれるように今後も勉学に励み続ける所存です。

アラン様もどうか自分の人生を大切になさってください。」

そしてドガ子爵にもしっかりと視線を合わせる。

「ご縁が無かったのです。取り立てて秀でるところの無かった私を娘にしようと思ってくださったことに感謝してます。アラン様の行いを許せなかった私には二度と会いたくないでしょうから私は王都に残るつもりであることだけはお伝えしておきます。ドガ夫人にもよろしくお伝えください。どうかお元気で。」

それだけ言うとクララベルは立ち上がった。

「お兄様、私の気持ちは変わりませんでした。婚約は無かったことに。」

そう言うと二階の部屋に向かって歩き出した。

久しぶりに会ったアランに心が動かされることは終ぞ無かった。昔は美しいと思って見つめていた 顔(かんばせ) は褪せて見えた。

生徒会の真面目な面々やロイドのような口が悪くても自分のことを思ってくれる人間を知れば、アランの冷たさが許せなかった。

私は私の幸せを諦めたくない。

クララベルはヴィクトリア達の励ましに心を熱くしていた。

きっと、若い自分にはまだまだ可能性があるのだ。

王都に来て本当に良かった!

二階の部屋を開けると義姉が心配そうに揺り籠を揺らしていた。

「どうだった?」

優しい義姉の言葉にクララベルは頷く。

「負けませんでした!私からビシッとお断りしました。私が選んだんです。」

半年で蛹が蝶のように生まれ変わっていく。女の武装をした義妹は満面の笑みを浮かべた。

拍手する義姉の姿にクララベルは再び自信をつけたのであった。