軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シンデレラの最愛 4

「エンフィールド、公爵様……」

「愚かですね」

ギルバート様は私を殴ろうとした男性の腕を掴んだまま、冷ややかにそう言ってのける。

男性はようやく冷静になったのか、さっと血の気が引いた様子で振り上げていた手を下げ、数歩あとずさった。

「公爵家の人間に暴力を振るった以上、どうなるかはお分かりでしょう? アンカー伯爵」

「…………っ」

アンカー伯爵と呼ばれた男性は、酔った勢いで感情的になってしまっていたのだろう。自分のしたことの重大さに気づいたらしく、先程までの勢いはもう見る影もない。

さっきまで恐ろしくてたまらなかった大きな男性の姿が、ひどく小さく見える。

この世界の法に詳しくない私でも、このままでは彼が重い罰を受けることになるのは容易に想像がついた。ゴドルフィン公爵家だって、黙ってはいないだろう。

「も、申し訳ありません……こんなつもりじゃ……」

「すぐに衛兵を呼んで──」

見張りの兵を呼ぼうとしたギルバート様の手を、止めるようにぎゅっと掴んだ。

「呼んでいただかなくて大丈夫です、どうかこのままで」

「……は」

まるで理解できないという顔をしたのはギルバート様だけでなく、伯爵も同様だった。

私は伯爵に向き直ると、まっすぐに見つめた。

「明日の午後、ご自宅に伺います」

「なぜ……」

「約束すると言いましたから。今日はもうお帰りください、先ほどのことはその後、改めてお話しましょう」

淡々と伝えれば、男性は泣きそうな顔で唇を噛み締める。

「……申し訳、ありませんでした」

そして今にも消え入りそうな声で謝罪の言葉を紡ぎ、深く頭を下げると、去っていった。

静まり返った場には、私とギルバート様だけになる。ギルバート様はいつも通りの無表情だったけれど、纏う空気からは怒りのようなものが感じられた。

「騒ぎを起こしてしまって申し訳ありません」

「……なぜ何の罰も与えなかったのですか? すでにあなたは暴力を受けたのですから、その権利はあるはずです」

「あの男性が罰されることを望んではいないので」

正直とても怖かったし、痛かった。ギルバート様が来てくれなければあのまま顔を殴られていただろうし、それが一回で済んだとも限らない。

それでも家族の命がかかっている中で、冷静でいられる人はどれだけいるだろう。

「これで男性が罰されれば、偽善者の私は罪悪感に苛まれると思ったんです。それでも何の罰もないというのは違うと思っているので、後で考えます」

この場で騒ぎになってしまっては、きっとやり直す機会さえも奪われてしまうはず。もちろんこのまま許すのは甘すぎると分かっているし、娘さんを助けられた後にその処遇については私自身が決めたいと思っている。

「本当に明日、伯爵邸へ行くつもりですか」

「はい」

はっきり答えれば、ギルバート様は切れ長の目を細めた。

なぜ伯爵邸へ行くのか尋ねられないあたり、少し前から私達の様子を見ていたのかもしれない。それでも、なぜすぐに助けに来てくれなかったのかなんて思ったりはしない。

「助けてくださって、ありがとうございます」

あのまま放っておけば私は殴られて、彼からすれば憎い相手が痛めつけられるのだから、好都合だっただろう。それでも間に入って守ってくれたことに、内心胸を打たれていた。

(……元のイルゼが悪かったせいで、ギルバート様自体は悪い人じゃないもの)

理不尽な目に遭っている私としては腹立たしいこともあるけれど、第三者視点から見れば彼は悪くないのだ。

どうかお互いのためにも復讐に囚われすぎず、シーラと幸せになってほしい。そう思っていると、ギルバート様の手がこちらへ伸びてきて、頰に触れられた。

「あなたは本当に、俺を苦しめるのが上手ですね」

「……え」

どういう意味だろうと顔を上げれば、自嘲するような笑みを浮かべたギルバート様と目が合う。その表情は、初めて彼に抱かれた日に責め立てられた時と、重なって見えた。

過去に断った治療を受けるという行動は、彼からすればやはり気分屋のように映ってしまったのかもしれない。

けれどギルバート様は溜め息を吐いた後、いつも通りの無表情に戻っていた。

「いえ、何でもありません。俺にできることはありますか」

「……え?」

ここでなぜ、そんなことを尋ねられるのか分からない。

戸惑いつつも例の作戦についてお願いする絶好の機会だと思い、私は口を開いた。

「今から三十分後に、庭園の中央噴水の奥にある、大きな木の下に行ってくれませんか?」

「構いませんが、そこで何をすればいいのですか」

「ただ行ってくださるだけで十分です」

我ながら意味の分からないお願いをしている自覚はあったけれど、少しの後、ギルバート様は「分かりました」と言ってくれて胸を撫で下ろした。

(色々とごめんなさい、けれどあとは私に任せてください)

心の中で固く拳を握りしめた後、ギルバート様と別れ、私はシーラの元へと向かったのだった。

そっと厨房へ顔を出すと、お酒の準備を手伝っているシーラをすぐに見つけた。忙しなく大勢の使用人が出入りする空間の中でも、光り輝いている彼女は目立ちすぎている。

シーラも私に気が付き、笑顔で駆け寄ってきてくれた。

「イルゼ様!」

「うっ……」

これは美しすぎるメイドとして、他の貴族女性を差し置いて男性達からアプローチをされてもおかしくはない。トラブルだって起きてしまうだろうと、納得してしまう。

「今日のイルゼ様も本当に本当に素敵です……! 女神様が現れたのかと思いました」

シーラは感動した様子で頬を赤く染め、興奮したように話している。かわいいのはそっちだと叫び出したくなるのを必死に堪え、平静を装ってシーラに微笑みかけた。

「ごめんなさい、突然こんなお願いをしてしまって」

「いえ、イルゼ様のご両親のお祝いの場のお手伝いをできるなんて光栄ですもの」

どこまでも健気で愛らしいシーラに顔のあちこちから血を吹き出しそうになりながら、私は続ける。

「今から三十分後に庭園の中央噴水の奥にある、大きな木の下に行ってほしいの。メイド長には私から言っておくから、もう仕事も上がってもらって大丈夫よ」

「分かりました。イルゼ様の仰る通りにしますね」

「本当に色々とありがとう」

「いえ、私はイルゼ様にお会いできただけで幸せですから」

照れたようにはにかむシーラはあまりにも可愛くて、胸が締めつけられる。もはや私も性別なんてもう関係ないと思えそうで、危険すぎる存在だった。

「それでも何かお礼をしたいんだけど、何がいいかしら」

「……何でもいいんですか?」

「ええ、私にできることなら」

何気なく笑顔でそう返事をしたところ、大変可愛く恥じらうシーラの口からは、とんでもないお願いが飛び出した。

「では、その……抱きしめてもいいですか……?」

「えっ」

予想外すぎて、厨房内に私の大きな声が響く。シーラは本来ここまで積極的な性格ではなかったはず。やはり同性同士であることや、私の先日の暑苦しい告白によって謎の両思い感が出てしまったせいなのだろうか。

もちろんシーラと仲良くしたい気持ちはあるけれど、この感じはまずい気がしてならない。だからこそ、ここは心を鬼にして断ろうと決めたのに。

「やっぱりご迷惑ですよね……申し訳ありません、私みたいな人間がイルゼ様に触れるなんて、烏滸がましいこと……」

「ぜひ抱き合いましょう」

涙を浮かべるシーラを反射で抱きしめると、シーラは驚いた様子を見せた後、きつく抱きしめ返してくれた。

「ふふ、幸せです」

「……っく……」

酔いそうなくらい甘い香りに包まれながら、本当にこれはまずいと察する。そして心の中でギルバート様に「後は何とかしてください」と全てを託したのだった。

◇◇◇

それから三十分後、私は大きな木の下がよく見える庭園の木陰に身を潜めていた。

美しい花々に囲まれた大きな木は、穏やかな灯りによってライトアップされ、最高にロマンチックなシチュエーションとなっている。美男美女の二人がよく映えるに違いない。

「それで、何を待っているのかな?」

「…………」

そんな中、木陰にしゃがみ込む私の肩に腕を載せたナイルお兄様は、超至近距離でそんなことを尋ねてくる。

(どうしてこういう時、お兄様も付いてくるのよ……)

無事にシーラに伝えた後、会場に戻り、そろそろ時間だと庭園へ向かう途中、お兄様に捕まってしまった。

ちょっと用があると振り切ろうとしても、がっしりと抱きしめられてそれは叶わなかった。こうなった以上、ただ見守るだけだし、静かにさえしてくれれば問題はないだろう。

(緊張してきた……あっ、来たわ!)