軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪妻 イルゼ・エンフィールド 1

ずきずきと、割れそうなくらいに頭が痛む。

背中にはひんやりとした硬い感触がして「私」はどこかに横たわっているようだった。

「──い、おい! しっかりしろ」

「う……」

頭に響くほどの大声で何度も呼びかけられ、ゆっくりと目を開ければ、ぼんやりと誰かの顔が見えた。

だんだんと視界が鮮明になっていき、やがて美しい男性の顔が形作られる。

「はっ」

その瞬間、私は跳ねるように身体を起こした。まだ痛む頭を押さえながら、辺りを見回す。

「な、なに……? どこ、ここ……」

ついさっきまで8畳一間のワンルームにいたはずなのに、周りには外国の豪邸のような光景が広がっていた。

柔らかな日差しが差し込む広く長い廊下には、見るからに高価な調度品が並んでいる。

(……え)

自分が置かれている状況の何もかもが理解できず困惑していると、ふと側にいる男性と視線が絡んだ。

眩い銀髪と同じ色の睫毛に縁取られたアメジストの瞳は、宝石のように輝いている。

全てのパーツが完璧で正しい位置に置かれており、こちらを見つめる切れ長の目は、驚いたように見開かれていた。

「……うわあ、かっこいい」

これほどの美形を見るのは生まれて初めてで、思わず口からはそんな言葉がこぼれ落ちる。

(まるで二次元のキャラみたいな……って、あれ……?)

ふと引っ掛かりを覚えるのと同時に再び鈍い痛みが走り、両手で頭を押さえる。

そんな私を見て男性は形の良い眉を寄せた後、蔑むような表情をした。

「元気そうで何よりです」

そして心配して損をしたとでも言いたげな、呆れを含んだ笑みを浮かべて立ち上がる。

「あ、あの……」

「用がないのなら、俺に話しかけないでください」

私の声と重なるようにそう言ってのけると、男性は呆然として床に座ったままの私に背を向けて去っていく。静まり返った廊下には、彼の足音だけが響く。

彼の貼り付けただけの笑顔や冷ややかな声音からは、はっきりと「強い拒絶」が感じられた。

「ほんと、何なの……?」

その背中が見えなくなった頃、ようやく頭痛もおさまってきて、息を吐く。やっぱり何もかもの訳が分からないと困惑しながら、ふらっと立ち上がる。

「夢なら早く覚め──え?」

そしてちょうど廊下の壁に飾られている華やかで大きな鏡を見た瞬間、私は息を呑んだ。

鏡の向こうにいたのは、ローズピンクの長く綺麗な髪をした華やかな美女だったからだ。

「……私の顔じゃない……?」

大きな瞳につんとした小さな鼻、ふっくらとした唇に、肌荒れひとつない真っ白な肌。まるで人形のような愛らしい顔立ちに、思わず見惚れてしまう。

目が痛くなるほど眩くて豪華な装飾品が至るところに着けられ、圧倒的な美貌を引き立てていた。

頬に手を当てて鏡に見入ってみても、鏡の中の美女は私と全く同じ動きをする。

(う、うそでしょう……?)

理解できない事態に再び頭が痛くなるのを感じながら、私はへなへなとその場にへたり込んだ。

◇◇◇

それから十分後、私は「私の部屋」だといって案内された煌びやかな部屋のソファに座りながら、頭を抱えていた。

すぐ側には「私の専属メイド」だという、黒髪の美少女メイドの姿がある。

「つまり私はイルゼ・エンフィールド公爵夫人で、さっきの美形は夫のギルバート様ってこと……?」

「はい。先程は奥様が『キスしてほしい』『仕事なんて行かないで』と旦那様に胸を押し付けてしがみつき、振り払われた拍子に頭をぶつけて気絶されました」

リタと名乗ったメイドはひどく気まずそうに、悲しげに、とんでもない話をしてくれた。

「……あ、ありえない……」

全身の血が冷え切っていき、目の前が真っ暗になるのを感じながら、片手で目元を覆う。

(ここは間違いなく、以前読んだ人気小説「シンデレラの最愛」の世界だわ)

そして私は主人公のギルバート様とヒロインのシーラの邪魔をする、悪妻キャラのイルゼに転生してしまったらしい。

──ゴドルフィン公爵家に生まれたイルゼは家柄にも美貌にも恵まれ、家族に溺愛された結果、傲慢で我儘で血も涙もない悪女に育ってしまった。

『イルゼ様、どうか娘を救ってください……もう本当に命が尽きてしまいそうで……』

『はあ? この私に力を使わせたいのなら、相応の対価を払いなさいよ。まあ、お前ごときに私が望むものなんて用意できないでしょうけど。ふふっ』

イルゼは魔力量や魔法の才能にも恵まれ、国一番の治癒魔法の使い手でありながら、自分の望みを叶えるためにしか力を使わずにいた。

自分や家族以外の他人はどうだって良くて、平民なんて生きる価値もない、虫ケラ以下の存在でしかない。

欲しいものは全て手に入れる、手に入れられる、それがイルゼ・ゴドルフィンの日常だった。

──けれど17歳になったばかりのある日、そんなイルゼの世界は一変してしまう。

『すみません、大丈夫でしょうか』

『…………っ』

偶然パーティーで出会ったギルバート・エンフィールドに、イルゼは一目惚れをしたからだ。