軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シンデレラの最愛 1

「あの、奥様……も、もう少しだけテンポを速くしていただくとさらに素晴らしくなるかもしれません……」

「あ、ありがとう……こうかしら?」

私は今現在、エンフィールド公爵邸内の広間にて、必死にダンスの練習をしていた。

指導はリタから聞いた、ダンスが得意だという子爵令嬢のメイドにお願いしている。やはり 私(イルゼ) に怯えているようで、申し訳ないくらいに気を遣ってくれていた。

イルゼはダンスも得意だったらしく、ステップなんかは身体が覚えていたものの、この世界の音楽を知らないという大問題があり、上手く合わせて踊ることができずにいる。

(そもそもダンスタイムって一体何なのよ……)

なんとゴドルフィン公爵邸で行われる結婚記念日パーティーでは、公爵夫妻を囲んでダンスをするという、意味の分からない時間──通称ダンスタイムがあるらしい。

普通のパーティーにはそんなものはないらしく、さすがイルゼの育ての親だと妙な納得さえした。

午前中は社交の場でのマナーや、イルゼの友人、招待されるであろう主要貴族などの情報を必死に詰め込んでいた。もう時間がなさすぎて、常に焦燥感に襲われ続けている。

ちなみにシーラには昨日のうちに「来週末にお願いしたい仕事がある」と手紙を出してあった。

「ぎゃん!」

ド下手くそなくせに考え事なんてしたせいで、足がもつれてベタな転び方をしてしまう。体調不良を装ってダンスだけは諦めようかな、なんて思いながら顔を上げた時だった。

「……何をしているんですか」

明らかに引いた表情を浮かべるギルバート様が私を見下ろしていて、気まずい空気が流れる。

「その、ちょっと運動を……」

「今朝から国の主要貴族について調べたり、ダンスの指導を頼んで練習したりしていると報告を受けました」

「…………」

「何の真似ですか? ダンスだって得意分野でしょう」

この屋敷での行動は全て筒抜けらしく、隠し事はできないと観念し、半分くらいは本当のことを伝えることにした。

「……その、信じてもらえないかもしれませんが、頭を打ってから本当に記憶が一部なくて……ダンスの曲も思い出せないせいで、上手く踊れないんです」

「…………」

ギルバート様はじっとこちらを見つめた後「そうですか」とだけ言い、私の腕を掴んで引っ張り上げてくれた。

信じてくれたようには見えないけれど、ひとまずこれ以上の追及はされなさそうで、ほっとする。

「あ、ありがとうございます……」

「いえ。それと当日、前の予定が長引くかもしれないので、お一人で会場へ向かってもらえますか」

「はい、分かりました!」

シーラのこともあるし、こちらとしても別行動できるのはありがたい。だからこそ笑顔でそう返したのに、ギルバート様はなぜか眉を寄せた。

「どうかしましたか?」

「……いえ、別に」

そしてそれだけ言って、去っていく。本当によく分からないと思いながら、再びダンスの特訓を再開したのだった。

◇◇◇

そして迎えた、パーティー当日。

私はパーティーが始まる数時間前に、一人でゴドルフィン公爵邸へやってきた。公爵邸が想像以上に豪華でド派手で、ギラギラのイルゼとナイルお兄様の生家という感じがする。

「よく帰ったな、イルゼ。普段からもっと顔を出せと言っているのに、お前ときたら……」

「ふふ、愛する男性の側から離れたくないという気持ちは分かりますわ。私もですもの」

「そう言われてしまうと、何も言えなくなるじゃないか」

「…………」

さすがに両親には中身が別人だとバレるかもしれないと思ったものの、結婚記念日パーティーをするだけあってお互いしか見えていないらしく、事なきを得た。

「おかえり、イルゼ。待ってたよ」

「お兄様! ただいま」

次に爽やかな笑みを浮かべたナイルお兄様が現れ、当然のように抱きしめられ、頬にキスをされる。恥ずかしくて仕方ないものの、ぐっと堪えて笑顔を作り続けた。

(良かった、いつも通りだわ)

シーラに一日メイドとして働いてもらう以上、内部に協力者がいなければ上手くいかないと思った私は、事前にお兄様に協力を頼んでいた。

あの事件の日のことを謝罪しつつ、知り合いを1日だけメイドとして雇いたいというお願いの手紙を送ったところ、すぐに快諾の返事がきた。手紙の文面も妹への愛情に溢れていたし、あの日のことは気にしていないのかもしれない。

(……でも、これだけ変化があるのに何も言わないなんて、おかしい気がする)

そうは思っても、自分から「最近の私、別人みたいでおかしいと思わないの?」なんて尋ねるわけにはいかないし、余計なことは言わないに限る。ひとまず相手から突っ込まれないうちは、警戒しつつ黙っていようと思う。

「もうあの子もメイド長の下で準備をしているはずだよ」

「ありがとう、助かったわ」

「かわいいイルゼの頼みだからね。お前にああいう知人がいたのは意外だったけど」

お兄様の言うあの子──シーラも「絶対に行きます」と翌日には返事をくれていた。

シーラは元々メイドの経験もある上に、公爵家としてもこういった大きな催しの時だけ外部から人手を借りることも少なくないようで、すんなり馴染むことができているらしい。

「お兄様もシーラに会ったの?」

「一度、廊下ですれ違ったよ。それがどうかした?」

「……ううん、何でもないわ」

いずれ溺愛することになるあれほどの美女でも、今は「平民」という括りである以上、何の興味もないようだった。ここまで来ると、清々しさすら感じてしまう。

想像以上に計画は順調で、あとはパーティーの最中にさりげなくギルバート様とシーラを誘導し、どこかお洒落な場所で二人を出会わせることができれば完璧だろう。

そうすれば一目惚れし合い、恋に落ちるはずなのだから。

「パーティーまでどう過ごすつもりなんだ?」

「久しぶりの実家だし、のんびり散歩でもしようかなって」

「……ふうん?」

実はまだ私は普段着で、パーティーの支度はしていない。まずは屋敷内の構造なんかを頭に叩き入れつつ、二人が出会う最高の場所を探そうと思っている。

小説「シンデレラの最愛」のファンとして、一度しかない出会いの場を妥協するわけにはいかない。小説でもロマンチックな場所で、出会うべくして出会ったという感じだった。

私がタイミングを改変してしまっている以上、場所だけはきちんと用意しなければという使命感もある。

「俺もイルゼと一緒に散歩しようかな」

「えっ」

「何か不都合でも? 少しでも愛する妹といたいだけだよ」

「な、ないですけれども……」

色々と協力してもらった以上、断るのも気まずい。とにかく余計なことを言わず、やり過ごすしかない。

「隅から隅まで凝視するくらい、お前がこの屋敷の庭園を気に入っていたとは思わなかったよ」

「し、四季折々、風情があるなあと……」

そうして私はお兄様と腕を組みながら、公爵邸内の偵察をすることとなってしまったのだった。

『──で? イルゼの中にいるお前は一体誰なんだ?』

それから数時間後、首を絞められながらそんな問いを投げかけられるなんて知らずに。