軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪妻は離婚したい 4

イルゼが人助けをしているなんて状況、ギルバート様からすれば信じられないのも無理はない。それでも今は説明をしている余裕もなく、私は意を決して口を開いた。

「ギルバート様、重傷者から順に案内してもらえませんか」

手当たり次第に治療をして回っているのが現状で、このままでは救えるはずの命があったとしても間に合わなかった、ということが起きる可能性だってある。

この場にいる人達はみんな自分のことで精一杯で、もちろんそれも当然だと理解しているからこそ、こんなお願いはできそうになかった。

「お願いします! 大勢の人を助けたいんです」

イルゼのことなど信じてもらえるはずはないし、イルゼが発する言葉に何の説得力もないことも分かっている。

それでも必死に、ギルバート様に訴えかけた。

「……分かった」

「あ、ありがとうございます……!」

すると私の気持ちが少しは伝わったのか、ギルバート様は困惑しながらも頷いてくれる。

そして怪我人の把握を急ぐよう周りの人々に指示をし、自身も怪我人の元へと向かっていく。

(良かった……これで助けられる人が増えるはず)

公爵という立場ながらナイルお兄様とは違い、身分を問わず大勢の人を救おうとする姿にも、安堵してしまった。

「これですべて治ったと思います」

「ありがとうございます、ありがとうございます……!」

涙を流して子どもを抱きしめ、心からほっとする両親の姿に胸がいっぱいになる。あれほど酷かった怪我はもう跡形もなく、改めてイルゼの治癒魔法の凄さを思い知っていた。

(元のイルゼは大勢を救えるような力を、私利私欲のためだけに使っていたなんて……)

その一方で最初よりもずっと、怪我を治しきるまで時間がかかってしまっていることにも気付いていた。

それでもすぐに次の怪我人のもとへ向かおうと立ち上がったところで、ギルバート様がこちらへ駆けてくる。

「こっちだ」

「はい!」

その後はギルバート様のあとを付いていき、ひたすらに重傷者の治療を続けた。

比較的軽傷の場合は、近隣の住民や近くの店の人々が薬や包帯を持ち寄って手当をしている。

「あの、他の治癒魔法使いの人が来たりとかは……」

「治癒魔法使いは希少で一般市民のためになど魔法を使うことがないことくらい、君もよく知っているだろう」

一度、救援が来ないだろうかという期待を胸にギルバート様に質問をしたところ、そんな返事をされた。

私が想像していた以上に治癒魔法は貴重で、使い手達も元のイルゼ同様にお高く止まっている人も多いようだった。

──それからどれほどの時間が経って、どれほどの人を治しただろう。時間感覚もなくなり、数をかぞえる余裕すらなくなるくらい、必死に治療を続けた。

ギルバート様もそんな私の側で何も言わず、ずっと手伝ってくれていた、けれど。

「……次はあなたでも難しいかもしれません」

「えっ? どういう意、味……っ」

そうして案内された先にいた女性の姿を見た瞬間、私は言葉を失った。

筆舌を尽くしがたいほど──生きているのが不思議なくらい、あまりにも酷い怪我だったからだ。

お腹の底からせり上がってくるものを、必死に堪える。

崩れた建物の中心にいたらしく、瓦礫の中からようやく救い出された時にはこの状態だったという。ギルバート様も悲痛な表情を浮かべており、顔を逸らす人も少なくない。

「お母さん、しっかりして! お母さん……っ!」

側には泣き叫ぶ女性がいて、彼女の娘のようだった。深くローブを被っていることで顔は見えないものの、ぽたぽたとこぼれ落ちる大粒の雫が地面の色を変えていく。

──私は平凡に生きてきたOLで、誰かの命を背負うような経験だってもちろんない。

たとえここで救えなかったとしても私のせいではないし、周りの人だって私を責めることはないだろう。

そう分かっていても、自分に人ひとりの命が懸かったこの状況が怖くて仕方なかった。

「すぐに治療します!」

それでも大きく息を吸って、竦む足をきつく握った両手で叩いた後、女性に駆け寄る。私がやらなければ、間違いなく彼女は命を落としてしまうのだから。

「あなたは……」

そんな私を戸惑いながら見つめるフードの女性の姿も、過去の自分と重なって見えて、私を奮い立たせてくれた。

(本当に酷い怪我だわ……傷が深くて、時間がかかる……)

これまで治療してきた人々とは比べものにならず、身体中から生気が吸い取られていく感覚がする。休まず動き回っていたせいか、呼吸が乱れ、目の前が霞んでいく。

それでも手を止めた途端に命の火が消えてしまうかもしれないと思うと怖くて、魔法を使い続けていた時だった。

「ゲホッ……っう、ごほっ……」

不意に咳き込んでしまい、咄嗟に口元に手をあてる。

(…………え?)

するとそこには、べったりと真っ赤な血が付いていた。