軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

50  異世界来たけどネットは繋がるし通販もできるから悠々自適な引きこもり生活ができるはず (フラグ)

「ただいま」

「あ、おかえり〜」

私はソファに寝転がったまま、片手をひらひらと振って出迎えた。毛足の長いクッションに頬を押しつけていたので、声もどこか間延びして聞こえただろう。

すぐに視線を感じて顔を上げると、帰宅したレオナルドがじっとこちらを見ていた。

「……」

「どしたん?」

首を傾げると、彼は少し間を置いてから答える。

「いや、……君に出迎えられるのは、まだ不思議な気分がする」

「あ〜」

起き上がりながら納得したように声が漏れた。

レオナルドは手袋を外して掛け台に置く。

確かに、今までの隠遁生活では外出するのは私ばかりで、レオナルドが家で待っていて「おかえり」と迎えるのが常だった。

それが今や逆転。

しみじみとした顔で彼が頷く姿に、少し可笑しくなる。

レオナルドは現在、王国第三騎士団の副団長として復帰している。

例のオルセン侯爵家の件でエウジェニオにしれっと陞爵され、騎士爵から男爵位を授けられていた。完全に元の生活に引き戻されたわけだ。

そして王都に小さな屋敷を与えられ、私もその屋敷に一緒に住んでいる。

……彼の婚約者として。

──ここまでの流れは、なんか知らん内にそうなっていた。

私の知らない所でしれっと手続きが進んでいて、気づいたら「ご婚約おめでとうございます」みたいな雰囲気になっていたのだ。

エウジェニオに「ちょっと説明してくれます?」とクレームを入れたら、爽やかな笑顔で「あかり殿を野放しにしておきたくない次期王様の気持ちも考えて欲しいな」「なんなら王室相談役とかの役職をつけようか?」と言われたので、丁重に辞退した。ドア・イン・ザ・フェイスってやつじゃん……。

まぁ、エウジェニオがそう言う気持ちもわかる。

別に立場に名前をつけて縛らずとも、利用されることを恐れて国を出るつもりはないのだが。

エウジェニオとルクレツィアとは、時々ちょっとしたことで「どう思う?」とアドバイスを求められることくらいはあるが、基本的に異世界の知識による急激な発展は歪みを産むだろう、という見解は一致している。

しかしエウジェニオからすれば念を入れておきたいのだろう。多分保護目的もある。

その結果の"立場"がレオナルドの婚約者、というのは……。横でルクレツィアが実にいい笑顔をしていたので、多分彼女の入れ知恵もある。鳴かぬなら、鳴くよう流れを作ってしまえ不如帰、ということか……。

もちろん、当の本人──レオナルドにも「これでいいの?」と念を押して聞いた。

彼は少し考え込んでから、短く言った。

「君が良いなら」

……どちらかというとこっちの台詞なのだが、まぁ。

彼が半ば無理やり結ばれたこの婚約を、"私の気持ちが最優先だろう"と顔を顰めて即斬って捨てないあたり、彼自身もこの流れに乗って支障ないという気持ちがあるのだろう。

婚約者という立場は、思った以上に重みがある。でも、それを気負わず自然に受け入れている自分がいる。彼が隣にいることを、今更不思議に感じることはない。

部屋に入ってきたレオナルドが鎧を外し、外套を壁に掛ける。肩から外した金属の響きが、部屋の静けさに少しだけ重く響いた。

副団長という役職は、彼に責任と威厳を纏わせる。けれど帰ってきて「ただいま」と言うときの彼は、あの森の家にいた頃と同じだ。

彼の目の奥にはどこか柔らかな光があった。居場所を得た人間だけが見せる、安心の色。

この世界に来て、色々あった。帰る道は断ったけれど──。

こうして帰りを待ち、帰ってくる人がいて、一緒に「ただいま」「おかえり」を言い合えるのなら、それで十分だ。

支度を整えて食卓に座った彼は、料理を見て目を瞬かせた。

「……これは」

「もろもろ突っ込んだ煮込み料理。圧力鍋買った!」

「知らない家電だな。あとで教えてくれ」

「いいよ〜」

彼の世話焼きぶりは、隠遁生活を終えて私の庇護から抜け出した今も続いているらしい。

休日には気付いたらキッチンに立っているし、私が料理を始めればさりげなく横に立って包丁を取り上げる。……そのくせ、こうして自分が帰ってきたときにご飯が出てくると、妙に照れ臭そうにしているのだからちょっと面白い。

レオナルドは黙って一口食べ、少しだけ眉を上げた。

「……君の作ったものは何でも美味いな」

「ふふーん」

思わず得意げに笑う。褒められるのは単純に嬉しい。

森の生活ではレオナルドがキッチンの主をしていたし、私が作っても冷食をふんだんに利用した手抜き飯が主だった。それでも彼は文句ひとつ言わなかったけれど、こうして本腰を入れて作った料理を、彼が素直に美味しいと言ってくれるのはやっぱり格別だ。

それに、今はレオナルドが騎士団に復帰したのだ。ちゃんと栄養も食べ出も考えて作っている。

とはいえ、結局のところネットのレシピと現代家電のおかげで、手間はあまりかかっていないのだけれど。

食卓では、レオナルドが今日の仕事の話をぽつぽつしてくれる。街道警備のこと、部下の若手騎士の成長ぶり、王都の治安。

私は相槌を打ちながら、昼間観たアニメの話をしたり、この後一緒に見る映画について話し合ったりした。

レオナルドは外で騎士団の仕事に勤しんでいるが、私は変わらずシャンプーの納品……の傍ら、ルクレツィアの御用商人として市場に流しているのとは別のお高いシャンプーを届けたり、ドレスの仕立ての場に呼ばれてあーだこーだ議論を交わしたりしている。

そして、なんと最近、セルディが王都の商業ギルドに栄転してきた。

いつぞやエウジェニオがそんなことを言っていたが、こんなに早くに現実となるとは。本当に優秀な人らしい。

本人は王太子妃御用達となる私との繋がりに乗っからせたもらっただけ、と言っていたが、実力が伴っていなければそうはならなかっただろう。

お屋敷暮らしになって馬車が使えるようになったので、今までの倍の量を納品できるようになって、セルディは大喜びしていた。

入荷ルートの隠蔽については、王太子殿下とその婚約者様の後ろ盾が出来たので、どうとでもなるやろ、と今や放り出している。

そんなこんなで、森の小屋に引きこもっていた頃よりは活動的に。だが一般市民よりは暇を持て余しつつ暮らしている。

結果として、家のことは自然と私が担当することになった。

といっても、そこはチートと魔道具の力に頼りきりだ。

洗濯も掃除も、現代家電と私でも安全に扱える魔道具を贅沢に揃え、ぽちっとボタンを押せばあら不思議、家事が七割終わる。文明の利器バンザイ。

さらにヴァレスティ公爵家の紹介で、週に数度は厩務員や庭師、掃除婦さんらが通いでやってきてくれる。おかげで屋敷の管理は万全、庭の花はいつも綺麗、厩舎の馬もつやつやピカピカ。

やはり一般市民より圧倒的に楽をして生きている。

レオナルドの婚約者になったことでそれなりの立場を与えられてしまったが、実態は「チート便利グッズを使い倒してのんびり暮らす現代人」に変わりはない。

「……なあ、あかり」

「ん?」

「この暮らしに、不満はないか」

夕食を終え、温かい紅茶を前にしていたとき、彼がぽつりと呟いた。

思いがけない問いに少しだけ考え、けれど心の奥を探ってみても「不満」という言葉は見当たらない。私はゆっくり首を横に振った。

「不満なんてないよ。生活は多少変わったところもあるけど、自堕落な暮らしぶりは変わらないし、レオナルドくんもいるし」

彼は一瞬きょとんとしたあと、口元をわずかに緩めた。

「……そうか。ならよかった」

普段は滅多に見せない、柔らかい笑みだった。その笑みを見るだけで胸の奥が温かくなる。

こんな風に、少しずつ距離が縮まっていく。

無理に劇的なことをしなくても、日常の中で十分に幸せを感じられる。

紅茶の湯気が立ちのぼり、部屋にほのかな香りが満ちていく。私たちの間に漂う静けさは、気まずさではなく心地よい安らぎだった。

「……なあ、あかり」

「ん、また?」

続く言葉に、今度は少し身構える。

彼はまっすぐにこちらを見て、淡々と、けれどどこか決意を込めて言った。

「今度の休暇で、ロウヘルト子爵家に行かないか。……君を紹介したい」

「…………」

思わず、手にしていたカップを落としそうになった。

「ま、まずい! 忘れてた!!」

「……殿下が諸々の手続きを勝手に進めてしまったからな。無理もない」

彼の実家に行くということは、彼の家族に正式に“婚約者”として会うということだ。両親への紹介という大事な段取りを、私はすっかり失念していた。

頭では理解していたはずなのに、現実として突きつけられると急に現実味を帯びてきて、慌てずにはいられない。

慌てふためく私に、レオナルドは落ち着いた声で言う。

「俺から連絡はしてあるから、慌てなくてもいい」

「……うん、はい。じゃあよろしくお願いします、婚約者殿」

「よし。では決まりだ」

その言い方が少しだけ誇らしげで、また少し照れくさかった。

窓の外では、夜風に揺れる庭の花がかすかに影を落としている。テーブルの上には紅茶の香りが満ち、カップの縁から立ち上る白い湯気がぼんやりと照明に溶けていった。

暖かな灯りの下、私たちはただ静かに時を過ごす。

外の喧騒も、王家の陰謀も、遠いどこかの話のように思えるほどに。

もしかしたらまた、面倒な運命がどこかからやってくるのかもしれないが……。まぁ、その時はその時。なんとかなるだろう。

──少なくとも今は、私一人ではないのだし。

ここではただ、私と彼が並んで過ごすだけで世界が満ちていた。