軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16 断捨離は取捨選択が大事

「選択肢は三つだ」

レオナルドの声は落ち着いていた。だが、その眼差しは鋭く、警戒を研ぎ澄ませている。

「一つ、ここを拠点に防衛戦をする。二つ、こちらから打って出て各個撃破を狙う。三つ、戦闘を避け、この森からすぐに脱出する」

「三だね。私の存在とレオナルドくんの生死が確認されていない可能性が私たちのアドバンテージだ」

レオナルドが小さく頷く。そう、逃げるのが最善だ。下手に抗うより、存在を見つけられないことが一番の防御になる。

今の私たちに必要なのは、王子と接触するための時間稼ぎ。

それに、この様子ならどうせこの森は隈なく捜索されるだろう。たとえ彼らがレオナルドを見つけられなかったとしても、私やこの拠点の痕跡が発見されれば、もはやここに隠れ住むことはできない。守り切っても撃退しても、大して意味がない。

私とレオナルドはすぐに立ち上がり、撤退準備に取り掛かる。

とはいっても、大した手間はない。レオナルドは離れに自分の装備を取りに戻り、私はアイテムボックスに入れられないこの世界産の荷物を纏めるだけだ。

「服と、ギルドの書類と、食料品と……ポーション。あとはこれとこれ。うん、終わり」

あとはそれらをリュックサックに詰めるだけ。

「レオナルドくん、そっちは?」

「こっちも完了した。ポーションは分けて持とう」

外に出て合流しながら、私は手元に呼び出したウィンドウを操作し、アイテムボックスを起動する。一括収納機能を使い、全てを収納した。

私たちが暮らしていた二つのコンテナハウスは、無音のまま跡形もなく姿を消す。

地面には、ぽっかりと空いた空白だけが残っている。まるで、最初から何もなかったかのように。

「罠とかも全部収納していいかな? 見つけられて回収、研究、再利用されたら面倒」

「回収しよう。向こうは罠も警戒しているだろう。足止めになる確率は低い」

続けて、周囲を囲っていた電気柵、鉄条網、それから森のあちこちに設置していた罠の類も全て回収していく。この森の中くらいの範囲であれば、遠隔でも収納は可能だ。

センサーアラームも、索敵には便利だがアラーム音で敵からも見つかりやすい。

その間、レオナルドが排水用や柵の設置などのために掘った穴を埋め、木の葉を撒き、人間の痕跡を消していく。

何もない森。何もなかったように見える森が、そこに戻っていた。

私は軽く息を吐いて、足元を見下ろした。かつてここに、生活があった。温かい食事、安心して眠れる寝床。灯りと、毛布と、温かいココア。

それが、今はもう跡形もない。

周囲を見回したレオナルドが無言で頷き、私の隣に立った。彼の装備も最小限。鎧を身に纏い、腰に長剣と短剣、ポーションのホルダー。

「この森も、もう終わりか」

「名残惜しい?」

「少しな。……だが、君といれば、どこでも同じだろう」

その言葉に少しだけ胸が熱くなるけれど、今は感傷に浸っている暇はない。

すべての荷物を回収し終え、私たちは最後に周囲を一瞥した。

かつては拠点の灯りが夜を照らし、笑い声が響いた場所──今は静寂だけが残っている。

「じゃ、行こっか」

「ああ」

私たちは一歩を踏み出す。この撤退は後ろ向きではない。

生き延びるための、そして次の一手のための、前進だ。

夜の森は静かだった。だがその静けさは、ただの自然の眠りではない。緊張に満ちた沈黙──獣も鳴かず、風すら息をひそめている。

私たちは迷彩柄のマントをまとい、身を潜めるように森の影を抜け、樹々の間を縫うように歩いていく。互いの足音が響かないよう、可能な限り柔らかな土の上を踏み、息を潜めるように進んでいた。

私の背には、最小限の荷物を詰め込んだリュックサック。レオナルドは武器以外は持っていない。その代わり、両手は常に自由にしてあり、何かあれば即座に剣を抜けるようにしている。

ここから先は、足跡ひとつ残さず抜け出さなければならない。

私の手元には、ドローンのコントローラーが握られていた。全てをアイテムボックスにしまった中で唯一今も稼働しているドローン本体は、森の上空からゆっくりと旋回を続け、監視網を張るように動く。

コントローラーと一体になっている小さなモニターには、上空からの森の映像が映し出されていた。

「まだ森の外縁だね。今のうちに距離を稼ごう」

画面に映るのは、森の浅瀬でじっと待機している数人の兵士たち。各所に点在し、円を描くようにしてこちらを包囲している。

「……時間の問題か」

私は画面の拡大ボタンを押しながら、抑えた声で呟いた。思わず漏れた言葉に、レオナルドが目だけでこちらを見る。

モニターに映る兵たちの動きが、わずかにだが内側へと収束しつつある。

「移動ルート、最短経路はこれ」

私はモニターに表示された森の全体図から、指でなぞるようにルートを示す。

「北東の方角。森の地形が複雑で入り組んでて、敵の配置が甘い。たぶん、入りにくいか、そもそも後回しにしてるか、まだ部隊が到着してないのかも」

レオナルドが私の指す位置を一瞥し、頷く。

私たちは黙々と進んだ。互いに足音を最小限に抑え、地面の枝や落葉に細心の注意を払いながら、息を潜めるように移動し、時折止まってはドローンで索敵を続ける。

森の中は次第に霧がかかるように暗くなり、木々のざわめきが耳の奥で反響する。だがそれ以上に不穏なのは、敵の動きだった。

三十分ほど経過した頃。敵の布陣に明らかな変化が出てきた。

敵の動きが、予想よりも早い。私たちの逃走ルートにかかるかどうか、微妙な位置だった部隊も、じわじわと近づき始めている。

「森を出るためには、どうしてもどこかの部隊とぶつかる可能性がある」

「……ふむ」

しばしの沈黙。レオナルドが目を閉じて思案する。

私はその間に、もう一度ドローン映像を確認する。包囲は徐々に狭まりつつある。すでに安全圏と呼べるルートは消滅しつつあった。

今なら、まだ隙間がある。だが、それはもう「見逃してもらっている」と言ってもいいほどのギリギリだ。少しでもタイミングを誤れば、交戦は避けられない。

「やっぱり、このままじゃすれ違えないよ。誰かとは絶対に鉢合わせる」

「なら、遭遇する位置をこちらで選ぶしかない」

レオナルドの声が静かに響いた。まるで剣を抜く直前の静けさのように。

「できるだけ早い段階で遭遇し、最小限の衝突で突破する。戦力差からして、接近戦になれば短期決戦で終わらせられるかもしれない。俺が引きつけるから、君はその隙に抜けろ」

「──……」

その言葉に、私は数秒間だけ口を閉ざした。

いつかは、こう言い出すんじゃないかと、正直予想していなかったわけじゃない。でも、それを本気で口にされたとき、どう返すべきかは決まっていなかった。

「……向こうの目的はレオナルドくんでしょ。見つかったら即殺されて終わりじゃん。……私なら、利用価値を示せば命は助かる可能性がある。逃げたレオナルドくんが後から助けてくれればいいよ」

「俺に君を囮にしろと?絶対に嫌だ」

「感情論やめてください」

「後から助けに入るというなら君のほうが適任だろう。外で自由に動けるし、日本の技術やそれを利用した人脈作りもできる。俺には不可能だ。それに相手が君を利用する気がなく、排除を優先した場合はどうする?俺は直接戦闘になっても対応できるが、事前準備や不意打ちができない時に君が生き延びられる可能性はどれくらいだ」

「正論やめてください」

言い返しながら、私はわかっていた。

喉の奥が詰まるような、そんな気持ちだった。

彼の言う通りなのだ。合理的に考えれば、私が外へ出て、情報を集め、手を打つべきなのだ。彼は直接的な戦闘に向いていて、私は準備と交渉に向いている。役割は明確だ。

正しい。彼の言葉は正しい。でも──だからといって、納得できるわけじゃない。

「私が残って、レオナルドくんが逃げる。それだって、可能性はゼロじゃないよ」

「可能性の問題じゃない」

彼の声が低く、しかし決して冷たくなく、ただ静かに私の胸に響いた。

「俺が“君を置いて逃げる”という選択をしたとき、たとえ理にかなっていても──きっと一生、後悔する」

「…………」

その一瞬、私たちの間に、戦術でも逃走経路でもなく──ただ、生きていてほしい、という本能的な願いが交差していた。

コントローラーの画面では、さらに一組、こちらに向かってくる部隊が表示される。残された時間は、もうわずかだ。

私の無言の反抗に気づいてか、レオナルドがゆっくりと私の前に立った。コントローラーのモニターからの微かな光が彼の顔を照らす。夜明けのような瞳が、真っ直ぐに私を見据えていた。

「君に救われた命だ。……決して、それを捨てるようなことはしない」

その声は、低く穏やかで、けれど揺るぎなかった。

「血筋やコネが影響する第一、第二と違って、第三騎士団は実力主義だ。俺はそこで、副団長にまで上り詰めた。実戦経験もそれなりにある。ただ剣を握って、生き延びて、仲間を守って、戦い続けて……その末に、今の立場がある」

レオナルドの言葉には、虚勢や芝居じみた英雄気取りの気配は一切ない。ただ、重ねてきた覚悟と信念が、静かにそこにあった。目に見えない静かな焔が、彼の内側から立ち昇るようだった。

「俺は、自分の力をわかっている。相手が王直属の精鋭部隊だろうと、森の中での各個撃破なら十分に可能だ。敵は一度に百人で攻め込んでくるわけじゃない。一つずつ、仕留めればいい。それだけの話だ」

「……一人で死にかけてたくせに」

「そうだ。だからもう同じ轍は踏まない」

レオナルドは腰に佩いた剣の柄から手を離し、代わりに私の手にそっと触れた。

私は思わず、唇を噛んだ。レオナルドは冷静で、正しい判断をする人だ。彼がそう言うなら、それは本当に可能なのかもしれない。

「君を、一人にはしない」

その言葉に、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

耳が少し熱い。目の奥が、じんとする。

レオナルドは、私の目の前に一歩進み出た。距離が近くなる。自然と息が止まる。

「あの森の中で、君と暮らした時間が、俺には必要だった。あの安らぎを知ってしまった今、俺はもう、それを手放すような愚か者ではいられない」

レオナルドが、わずかに口角を上げる。

「俺がいなくて、誰が君の世話をするんだ?」

その問いかけは、冗談のように聞こえたけれど、冗談ではなかった。声には優しさが滲み、けれどその奥には、本気の覚悟があった。

「砂糖の量を間違えて甘くしすぎる君にココアを淹れるのは俺だし、買いすぎた保存食を棚に詰めるのも俺だ。君がうっかり機材を雨ざらしにしかけた時、文句を言いつつ拭いてやるのも、俺しかいない」

「……それ、別に私ひとりでできますけど?」

むすりと不機嫌を顔に出して言い返した声は、少しだけ震えていたかもしれない。

だけど、レオナルドはすぐにこう返してくる。

「そうだな。君は一人でも、生きていける。たぶん、俺がいなくても何とかする。でも、君が一人になる理由に、俺がなるのは……嫌なんだ」

静かな、けれど決然とした想いが、その言葉にはあった。

それは守護者の誓いでもあり、仲間としての信頼でもあり、たぶんそれ以上の何かだった。

私は、何も言えなくなった。

周囲では、森の夜風が葉を揺らす音がする。遠くのどこかで、フクロウが短く鳴いた。

まるで世界が、一瞬だけ静止したかのような、特別な沈黙だった。

やがて、私はレオナルドから視線を外し、そっとコントローラーの画面に目を落とした。

敵はすぐそこにいる。数にすれば数十。けれど、私たちは──二人だ。

それでも、彼は共に行くと言ってくれた。私を守るのではない。共に歩く、という覚悟で。

私は深く息を吐いて、少しだけ目を閉じた。

「──……わかった。ここで別れよう。そして私たちは、ふたりで、逃げ切る」

目を開けると、レオナルドの口元がわずかにほころんだ。

それは、誰よりも頼れる騎士であり、今ここにいるただ一人の“味方”の笑顔だった。