軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

95

王都のバルガ公爵邸で報告をおこなっていた俺に、バルガ公爵は新しい依頼を出したいと言ってきた。

「新しい依頼ですか?」

「そうだよ。なに、それほど難しい事を頼むつもりはないよ」

「内容を、お聞かせていただいても宜しいですか?」

バルガ公爵は話をする時に、こちらの目の奥を覗き込むかのように視線を合わせてくる。今も、ケブラーマスクに隠された俺の瞳を覗いて何かを考えている。しかし、それはほんの僅かな黙考で終わりを告げた。

「いいだろう。本来ならば聞いたら拒否は認めないところだけど、まずは依頼内容の話をしよう、それから判断してくれて構わないよ」

「恐れいります」

「まず、今回のラピティリカ暗殺依頼の依頼主についてだ。君に護衛についてもらってから、各地の魔導貴族とつなぎを取り、ラピティリカの婚儀について問題が出ないよう手を回してきたが――」

バルガ公爵は、俺とアシュリーが護衛についてから今日まで、ラピティリカ様と王家の三男であるアーク・クルトメルガ王子との婚姻について、反対派に回る魔導貴族との交渉を行なってきたそうだ。

その中で、現時点でも折り合いがつかない数家のうちの一つが、今回の首謀者だと見当をつけていたらしい。しかし、物証に欠けている状態で今日を迎えていた、そこで出てきたのがエアーマスクと”魔術師殺し”だ。

各地の騎士団の戦果を顧みても、”魔術師殺し”を使用して勝ちを逃す例は殆どない。しかも夜襲との併用で、休憩所を完全に包み込んでおきながら失敗は、まず考えられない事だった。つまり、”魔術師殺し”の使用も、エアーマスクの持ち出しも、露呈するわけがないと高を括っていたのだろう。

分解されたエアーマスクに刻印された識別番号により、襲撃犯の手に渡ったエアーマスクの出所がすぐに判明した。そして、そこが未だに折り合いがつかない魔導貴族家だったわけだ。

「つまり、その魔導貴族に制裁を加えろと?」

「少し違うね、君にはその魔導貴族……デニス・フェドロフ侯爵の王都にある邸宅を、潰して欲しい」

「邸宅を、ですか?」

「貴族を裁くのは貴族の役目、それは私たちが責任を持って行なうよ。でもね、フェドロフ侯爵は有力な魔導貴族でもあってね、彼にはやってもらわなければならない事が沢山ある。簡単には死なせないよ」

「では、なぜ邸宅を?」

「見せしめ」

「み、見せしめですか……」

バルガ公爵、じつは無茶苦茶怒ってないか……?

「それと邸宅内を捜索し、闇ギルドとの繋がり、”魔術師殺し”やエアーマスクが保管されていないかの捜索、他にも色々とね。勿論、君一人ではなく――ヴィー」

「――ここに」

突然背後で聞こえた声、マップに映りだす光点。この執務室には俺とバルガ公爵の二人だけだと思っていたが、もう一人いたようだ……。

ゆっくりと後ろを振り返ると、執務室の隅に一人の女……?

部屋の隅に立つ女は黒く凹凸の少ない皮鎧を着込み、顔には口元を隠すフェイスベールとアイマスクを着けていて、素顔を見る事はできない。唯一見える黒髪は、ウェーブのかかったロングだが、まるで黒真珠のような光沢で、光の加減によっては銀髪にも見える……。

全体的な体型と、低く透る声で女だとわかるが、声を発する瞬間まで、その存在が本当にわからなかった。

「彼女は私の護衛の一人、ヴィー。彼女と一緒にフェドロフ侯爵邸へ行き、証拠固めと邸宅の破壊を頼みたい」

「幾つか確認をさせていただいても?」

「勿論だとも、何かね?」

「実行する日時と、邸宅には使用人や侯爵の家族などがいると思われますが、それへの対処は?」

「まず日時についてだね。王城で開かれる舞踏会の日、つまり三日後だ。舞踏会には侯爵夫妻やその娘も出席する、邸宅には幾人かの私兵と使用人だけになるだろうけど、これへの対処は任せるよ」

「舞踏会の日……ラピティリカ様はこのまま欠席されると言う事ですか?」

「断言は出来ないけど、舞踏会に出てもらうよ。”魔術師殺し”は正しい対応を取れば、それほど後には残らないからね。それにバルガ公爵家三女として、魔導貴族の一員として、迷宮討伐者として、あの子には周囲に魔導貴族たる姿を見せなくてはならない」

「それでは、俺は舞踏会には向かわずに、侯爵家へと行くわけですね」

「”黒面のシャフト”には護衛についてもらうよ。丁度、明日にはバルガから後々の護衛官になる騎士が到着する予定だ、彼にシャフト役をやってもらうとしよう」

なるほど、俺が黒面で素顔を隠している事も、この依頼を出す理由の一つか。派手に邸宅を破壊する力をもち、アリバイ工作も容易……ヤゴーチェ邸や商館の破壊は、俺がやったって大前提で進んでいるけど、今更否定は出来ないか……。

完全に裏の仕事で、侯爵家を暗殺しろだなんて依頼ならば断るつもりだった。ラピティリカ様の護衛や、バルガ公爵家に一時的にでも雇われるのは、俺にとってはビジネスでしかない。忠誠を誓うつもりも今後も雇われ続けるつもりもない。一時的なビジネスとして、一定の敬意と仕事を完遂する為に力を振るうだけだ。

しかし、暗殺者として、言われたから殺りました。などというのはビジネスではない、そんな仕事に身を落とすつもりは最初からないのだ。邸宅に残っている使用人達への対処がこちら次第だと言うのなら、受けても良いと思っている。

俺としても、アシュリーをあんな目にあわせた侯爵家を、簡単に許すつもりもない。

「この依頼、お受けさせていただきます」

「助かるよ」

そこからは報酬の確認や、ヴィーと呼ばれた女護衛を加えての作戦会議となった。

◆◆◇◆◆◇◆◆

公爵の執務室での会議を終え、部屋を出る間際にバルガ公爵から一言、「シャフト君、血の匂いが体に染みこむ前に着替えた方が良いよ」

そういえば、全く着替えてなかった……ラピティリカ様の私室の横にある待機室へと向かい、そこでケブラーマスクからアバター意匠から全て新品に取り替え、髪についた血は洗面所で洗い流した。

服装を一新していると、レンズに映るマップに馬車と思われる光点が見えた。どうやらラピティリカ様とアシュリーが戻ってきたようだ。すぐに待機室を出て、正面玄関ロビーへと向かうことにする。

ロビーでは、すでにバルガ公爵夫妻と使用人達が集まって輪を作っていた。

輪に近付くと、アシュリーがすぐに俺に気付き、こちらに目を向けている。立ってはいるが、まだ少し辛そうだ。ラピティリカ様も気付いたようだ、彼女もまた使用人に支えられながら立っている。

「ラピティリカ様、無傷で帰還すること叶わず、申し訳ございませんでした」

俺はラピティリカ様の前で膝をつき、今回の不始末とも言える結果を謝罪した。何をどうすれば被害を抑えられたのかはわからない、今回のが最善だったのかもしれないし、他にもっといい方法があったのかもしれない。

だが、結果としてみれば多数の護衛に死者を出し、護衛対象にも命の危険があったのは事実。戦闘力が高いだけでは護衛は務まらない、そう思わされた。

「私もでございます。閣下、ラピティリカ様。バルガ公爵家護衛団として満足に任務を務める事も出来ず、むざむざと部下達を死なせるだけにしてしまった無能でございます」

護衛団の団長もまた、バルガ公爵へと膝をつき、頭を垂れていた。

「シャフトさん、それに団長。お顔を上げてください、冒険者として修行に出ていながら、守られる事しかできなかった私も悪いのです。命を落とした護衛員の皆には何と言っていいのか……」

「そのお言葉だけで結構でございます。我々バルガ公爵家護衛団は、その身をもってお守りする為に結成されたのですから」

ラピティリカ様とアシュリーの無事な帰宅を喜ぶべき場面なのだろうが、これは俺達のけじめだ。

「団長、護衛員たちの遺体はどうなっているのかね? 彼らを丁重に弔うのは私の義務だからね」

「シャフト殿が連れ帰ってくれております」

「私の道具箱に、賊どもの死体とは別に、丁重に遺体を運んでまいりました。場所を指定していただければすぐにでも――」

「襲撃犯の死体も回収してきたのかい、それは興味があるね。フォルカー、後でシャフト君を倉庫に案内してあげてくれ、まずはそこで引き取ろう」

「畏まりました」

「頼むよ。そろそろいいだろう、団長もシャフト君も立ち上がりなさい。君たちは十分にやってくれたよ、結果的にラリィは帰宅しているのだからね。まずは二人とも部屋に戻って休みなさい、詳しい話は明日にしよう」

そこからはまた、帰宅を祝うムードに変っていった。俺もうじうじと悔いるつもりもない。アシュリーの手を肩に回し、待機室へと連れて行く。

「シャフト、ありがとう。貴方は怪我はないの?」

「ないよ」

「――よかった」

俺とアシュリーが待機している待機室は、邸宅の二階に位置している。ロビーには大きな階段が設けられ、そこを上がって二階に向かうわけだが、”魔術師殺し”によって体力をだいぶ消耗しているアシュリーには、この階段を上がるのも結構辛いようだ。

俺はアシュリーに貸している肩とは逆の手を、彼女の膝裏に回し、一気に持ち上げる。

「ちょっ、シャフト……」

アシュリーが消え入りそうな声で名を呼ぶが、無視だ無視。

ロビーへとアシュリーを抱えたまま振り返り、フォルカーさんへと声を掛ける。

「彼女をベッドに寝かしたら戻ってきますので、案内をお願いします」

「畏まりました。お待ちしています」

フォルカーさんの後ろに立つ、使用人の娘達の顔が真っ赤になって惚けているが、大丈夫か彼女たちは……? 横に公爵が笑って立っているんだぞ?

公爵夫妻とラピティリカ様に再び挨拶し、アシュリーを抱えたまま階段を上がり待機室へと向かった。その間、アシュリーは俺のオーバーコートを握って静かに固まっていた。