軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

296

アマールの海岸線はこれまでと一変していた。通りを歩くのは観光客や漁業関係者ではなく。大きな荷袋を背負い、子供の手を引く親。何台もの荷馬車を連ね、それを守るように護衛の男たちが追随していく。

そのほとんどが言葉を発することはなく、みな一様にアマールの名物と言える巨大なエレベーター、魔動昇降機へと向かっていた。

その流れに逆らうように、俺は一人海岸線を進む。ふと道沿いに建ち並ぶ建物に視線を向けるが、住宅や商店は固く閉ざされ、中からは人の気配がしない。

一時的な疎開が始まり、街の住民のほとんどが鉱山街ブリトラや山岳都市バレイラーへ移動しているのだろう。

この静かな大移動と対照的なのが沿岸部の方だ。桟橋に停泊していた多数の交易船は姿を消し、代わりに大小様々な軍船が錨を下ろしていた。

軍船と桟橋を繋ぐ渡り板を往復する海兵の姿が見える。手には道具袋らしき荷袋をいくつも掴み、甲板から響く怒声に急かされながら駆け回っている。

『ほらほら早く積み込め! クルトメルガ海洋騎士団が護衛船団ごときに遅れを取ることは許されんぞ!』

甲板の上で叫んでいるのは船長、もしくは航海長あたりか――集音センサーで拾っているとはいえ、海岸線を歩く俺に届くほどの大声だ。桟橋で直接聞いている海兵たちには堪らないだろう。

沿岸部に響き渡る声によれば、桟橋に停泊しているのがクルトメルガ海洋騎士団。王国唯一の海軍であり、他の港町で組織されている船団は全て護衛船団として運用されているそうだ。

組織体系にそれほど違いはないのだが、やはり一番大きなところは何と――誰と戦うのか、その一点に尽きるだろう。

護衛船団はその名の通り、交易船や輸送船を魔獣や海賊から守ることを主任務としているが、海洋騎士団は他国の海軍との交戦を主目的としている。

だが、クルトメルガ王国と海を挟んだ大国といえばフィルトニア諸島連合国なのだが、すでに両国間の間で友好条約が結ばれ、海洋騎士団が本来の活動をすることはほとんどない。

彼らにとってすれば、今回の 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) 討伐という任務は、数十年ぶりに訪れたチャンスなのかもしれない。

それを証明するかのように、喧騒と緊迫した空気は一層濃くなっていく。

『海洋騎士団に着任して三十五年、ついに日頃の鍛錬の成果を陛下に……このクルトメルガの民に見せる機会が訪れたのだ! 我らの前に立ちはだかるは自然界の覇者ドラゴン、そして世界の敵である大迷宮だ! だが、臆する必要はない! 戦う決戦の舞台はこの南洋海域、ここは我ら海洋騎士団の世界だ!』

『オォォォ!』

『たとえ何百、何千という魔獣の大津波が押し寄せようとも、その荒波を乗り越え、命をかけて眼前の厄災を打ち滅ぼさん! それが我らクルトメルガ海洋騎士団の矜持なのだ!』

『オオォォォォォ!!』

ついには甲板の上から大演説も聞こえ始め、それに応える大歓声も響き渡る。

その様子を眺めながら海岸線を歩いて行き、軍船からは死角になっている場所で救命ボートを海中に投げ入れる。

海洋騎士団が大いに盛り上がっているところ悪いが、彼らにはビグシープから分離し、アマールに向かって逃げている大船団の保護を頼みたい。

それと――もしも俺の想定通りに事が進まなかった場合、言葉通りに命をかけて 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) の上陸を阻止してもらう。

それができなければ、オルランド大陸の国々は 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) と無数の魔獣たちに蹂躙され、狂った女神の望み通り――この世界は破滅の一途を辿ることになるだろう。

海に出て海洋都市アマールと距離をとったところでUボートを召喚し乗り換える。そこからは潜水航行で進路を南に取り、アマールの沿岸部に集結した軍船たちに見つかって騒がれないように気をつけながら、一路南へと進路をとった。

最大船速で南下して数日たったころ、潜望鏡から見つめる水平線に複数の黒い影が映った。

「どうやら、無事に逃げ切ったようだな……」

複数の黒い影――船上都市ビグシープから分離した大船団は、 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) から逃れるように三つに分かれ、そのうちの一つがアマールに向けて北上していた。

潜望鏡に映ったのはその一団の影だ。Uボートを海中で停止させ、海上を通過していく船団の様子を観察する――同時に、 TSS(タクティカルサポートシステム) のウィンドウモニターを拡大マップへと変更し、 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) に打ち込んだピンの位置から残り時間を予測する。

「あまり時間はなさそうだな……」

大船団と 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) との距離は大分縮まっていた。もしかすると、大船団の最後尾付近を航行する船舶からは 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) の巨大な影が見えているかもしれない。

いや、天を衝く巨大な頭首は間違いなく見えているはずだ。

潜望鏡からでは船団に乗る人々の様子は確認できないが、真っ直ぐにアマールを目指す大船団の動きからは明確な焦りと悲壮感が感じられた。

大船団に追いすがるのは 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) だけではない。あれは動く迷宮――天高く伸びた竜の 顎門(アギト) からは無数の魔獣が吐き出され、 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) に追随するように北上しているはずだ。

その吐き出された無数の魔獣にも、アマールを襲撃させることはおろか、大船団に追いつかせるつもりもない。

ここで、この海域で決着をつける。

それから数時間、大船団と十分な距離が離れるのを待ってUボートを海上に浮上させた。

迫る 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) と交戦距離が交差するまで、あと三〜四時間といったところか。その前に吐き出された魔獣たちが押し寄せるだろうが、それだけの時間があれば、こちらの迎撃準備も整うだろう。

発令所から司令塔に上がり、甲板へ歩いて行きながら水平線を覆う巨大な島影を睨む。

「ふぅ〜」

大きく息を吸い込み、ゆっくりと長く吐き出す。

インベントリから再び救命ボートを取り出し、甲板から海上に投げ入れる。潮風に鳴る波音の中に、急噴射しながら瞬く間に膨張していくゴムボートの音が混じる。

「よッ――と」

甲板から救命ボートへ飛び移り、Uボートをドックへと還す。Uボートの大きな船体が光の粒子へと帰り、揺れながら天へと昇り消えていく。

Uボートはいい潜水艦だった。VMBの仕様上、艦船は二つの兵装しか装備していない――兵装の解釈は艦船によって違うのだが、Uボートの場合は艦首の魚雷発射管と司令塔の八十八ミリ砲の二つ。

だが、 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) を討伐するには明らかに火力不足。これまで随分と一緒に船旅をして来たが、Uボートとはここで一旦お別れだ。

水平線を見つめれば、 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) の影がより大きくなっている。

「さぁ、始めよう」

それは誰に言うわけでもない呟き――いや、自分自身にそう言い聞かせなければ、最後の踏ん切りがつきそうもなかった。

ゆっくりと、だが鋭く左手を振り抜いた瞬間――視界の全てに TSS(タクティカルサポートシステム) のウィンドウモニターが何十枚も表示された。

そして探す――これまで決して開かなかった項目。それはVMBの仕様上、ゲーム内部からはアクセスできなかった 機能(システム) だ。

だがあの日、俺はそのシステムすらもこの身に同化させた。

今こそ――この新たな システム(力) を使おう。生き抜くために全てを捨て、再びアシュリーとユミルの下に帰るため――。

――あぁそうだ……俺をこの世界に落とした狂った女神の選択は正解だった。それだけは認めていい。そこだけは感謝してもいい。

一人のFPSプレイヤーとして、俺は一つの頂点にまで足を掛けた。数年以内にはその頂を登りきっただろう。

しかし、この世界に落とされたことで、俺はその頂から見る景色以上のものを手に入れたと思う。

俺が愛する女性、俺を親と慕う仔、気の合う友人、共に命を掛ける仲間、そのどれも得難い存在だ。

だから――一度だけだ。

「一度だけお前の思惑にのってやる……一度だけ狂気に狂ってやる」

無数に表示されたウィンドウモニターの中から目的のコマンドを発見し、眼前に浮かばせる。

「 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) ……お前を招待するよ。俺の世界に、枉王の世界に――さぁ起動しろ!」

そしてゆっくりと手を挙げ、目の前に表示されているコマンドへ指を伸ばす。

「〈 迷宮創造(クリエイト・ラビリンス) 〉!」