軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

295

レスターさんの後に続き、食堂を出て地下階へと降りていく。ここは基本的に給仕の女性たちや従者たちの生活空間であり、貯蔵庫や洗濯室などの作業場などもここに集められている。

海洋都市アマールと王都クルトメルガは直接には転送魔法陣で繋がれていない。そのため、ここには俺に所有権がある転送魔法陣を敷き、王都の転送管理棟の一室を極秘に繋いでいる。

地下階の奥にある倉庫を片付け、そこに転送魔法陣と模写魔法陣を敷いてあるのだが、視界に浮かぶマップにはその一室に二つの光点を浮かべていた。

「ご当主様、シュバルツ様をお連れしました」

「ありがとう、レスター」

『ママ!』

淡く光る転送魔法陣の前で俺を待っていたのは、アシュリーとユミルだった。

アシュリーに喉を掻かれていたユミルは、俺が倉庫に入って来たことに気づくと嬉しそうに一鳴きし、ペタペタと近づいて鼻先を擦り付けてきた。

「ユミル、アシュリーによくしてもらったか?」

「キュゥ〜」

ユミルは喉を鳴らし、細く長い尻尾を俺の足に絡ませて擦り上げていく。

「おかえりなさい、シュバルツ。マルタさんとの用事は終わったの?」

「終わったよ。マルタさんにはユミルのゴハンを手配してもらった。トリントへ飛ぶ前に、王都でマリーダ商会から受け取ってほしい」

『ゴハン!』

「ありがとう。トリントではユミルちゃんの食事を賄えるほどの量は手には入らないから……王都からの転移輸送に頼りきりになるの」

「マリーダ商会には事前に多額の代金を支払ってある。継続的にマルタさんがユミルのためだけに魔石を用意してくれるはずだ」

「わかった……貴方が直接届けに来るのを、トリントでユミルちゃんと一緒に待つ」

アシュリーにはもう、別れの言葉は必要ない。昨晩――彼女が抱く不安の全てを解消することができたとは思えないが、それでもアシュリーは俺が先陣を切ることに納得してくれた。

迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) を討伐し、俺はアシュリーが待つ場所へと帰る。

そこがアマールなのか王都なのか、それは決めていなかったが――どうやらこの瞬間、その場所がトリントに決まったようだ。

『アシュウとママを待つの?』

「そうよ、ユミルちゃん。シュバルツの帰りを一緒に待ちましょ」

「キュッ!」

アシュリーも転送魔法陣の前から俺の横へと移動し、一緒にユミルの眉間を掻いてやりながら見つめ合う――。

「んッホン!」

ユミルの頭の上でお互いの距離がゼロになろうとした瞬間、俺の背後で事の成り行きを見守っていたレスターさんのワザとらしい咳払いが響いた。

「ご当主様、そろそろ転移しませんと向こう側の受け入れ準備に遅れが出ます」

「そ、そうね……」

「そ、そうだね……」

ゼロになるはずだった距離が一気に離れ、ユミルは頭上で何かが起ころうとしていたことに首を傾げながら瞬きを繰り返していた。

気を取り直してユミルと視線を合わせる。

「ユミル、これからアシュリーが新しい土地にお前を連れて行ってくれる」

「キュ?」

「そこがお前の新しい住処になる」

『すみか〜?』

「そうだ――ユミル、改めて俺と約束しよう。この国の……クルトメルガ王国の守護竜となり、あらゆる悪意・厄災・暴威から人の生きる世界を守って欲しい」

『約束! わかった!』

ユミルの鳴き声が言葉となって脳内に響き、俺の言葉を受け入れてくれたことにアシュリーやレスターさんの表情が緩むのが判る――二人の脳内にも響いているのだろう。

だが、約束とは互いに何かを誓い合うことでもある。

『ママも約束! ママはずっとユミルのママ!』

その声が響いた瞬間――脳内を何かが駆け抜けて体の芯を貫き、心の奥底のさらに内側にまで貫く楔を打ち込まれた気がした。

「あ、あぁ……判った。ユミルが約束を守る続ける限り、俺もユミルのママであり続けよう」

そうユミルに応えると、心の深淵に打ち込まれた楔が体全体に溶け込むような感覚を覚えた――。

「シュ、シュバルツ様……今の輝きは一体……?」

レスターさんが背後で呟いた――アシュリーも俺に何かの変化が起こったのを見たのか、目を見開いてこちらを見ていた。

「わからない……だけど、俺は今――ドラゴンと契約のようなものを行なったのかもしれない」

「古い絵本でそんな話を読んだことがある……遠く東に住む真紅のドラゴンが、山奥で暮らす小さな村とある約束をして村の守り神になるって……」

「その約束って?」

アシュリーがユミルの首筋を撫でながら昔話を話してくれた。

はるか東方に存在した小さな村の物語――その村は東国の庇護を離れ、山の奥深くで自給自足の暮らしをしていた。

だが、その山は豊富な資源が眠る魔鉱山だったため、東国の権力者たちは村人たちを山から追い出そうと兵を差し向けた。

だが同時に――その魔鉱山の魔力に誘われて、まだ若い一匹の赤いドラゴンが山に舞い降りた。

山に訪れた二つの勢力に対し、村はより大きく偉大な存在であるドラゴンに助けを求めた。

東国の兵を退け、村と山の安全を守って欲しい。

無謀な要求にも関わらず、赤いドラゴンは村の助けに応じた。たった一つの約束を交わして――。

かくして東国の兵とドラゴンは激突し、村の平和は守られた。

赤いドラゴンは魔鉱山に巣を作り、村はドラゴンのために魔石を掘って奉納した。

そして村を守るために交わした約束に従い、毎年一人――村で最も内包魔力の高い子供を 贄(ニエ) として捧げた。

結果どうなったか? 毎年一人とはいえ、小さな村の若い子供をドラゴンに捧げ続ければ、村を存続し続けることは不可能だ。

約束を果たせていたのは十数年ほど、捧げる贄を用意できなくなった村は瞬く間に赤いドラゴンの豪火に焼かれ、人の味を覚えた赤いドラゴンは東国を喰い荒らし、焼き尽くした。

絵本のお話はそこで終わる。この昔話は自然界の覇者であるドラゴンと――力あるものと安易に約束を交わさないことを教訓としている。

果たして、俺とユミルの約束は安易なものだったのだろうか――。

思わぬ昔話に時間を取られたが、聞けてよかったと思う。転送魔法陣に乗るアシュリーとユミルを見送り――。

「トリントで待ってるから」

「あぁ 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) を討伐してすぐに俺も向かうよ。それまでは、ユミルのことをよろしく。ユミル、アシュリーの言うことをよく聞いて、俺との約束を忘れないでくれな」

「キュッ!」

見送る言葉なんてこの程度でいい。光のカーテンに包まれて転移していくアシュリーとユミルを見送り、地下の一室には俺とレスターさんの二人だけとなった。

「シュバルツ様、先ほどは失礼をいたしました。お体には何も?」

「問題ないです。それに、俺もすぐに出発します」

「かしこまりました。料理長が昼食のサンドを包んでご用意しております。どうぞ、お持ちになってください」

「助かります」

「いいえ――シュバルツ様はいずれ、我らの主人となられるお方です。どのようなご用命でも承ります」

アシュリーやゼパーネル宰相にするのと同じように、レスターさんは姿勢を正し、ゆっくりと頭を下げた。

「それはまだ少し早いような……それでも、レスターさんたちに認められていると思えば、悪くないですね」

「ゼパーネル家に仕える者たちは皆、シュバルツ様を歓迎しております。主人としてお仕えする日を心待ちにしております」

「なんだかちょっと恥ずかしいですね。それなら……トリントに美味しい茶葉とティーセットをお願いします。この大仕事を終えたら、俺もトリントの自然を眺めながらゆっくりとお茶にしたい」

「かしこまりました。最高のものをご用意して、お帰りをお待ちしております」

トリントは険しい山脈に囲まれた盆地にある。そこから見る山嶺はとても神聖で荘厳な風景で、見る者の心を圧倒的な存在感と美しさで包み込むと言う。そんな風景を鑑賞しながら飲む紅茶はまた、格別に美味しいだろう。

迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) 討伐後の楽しみが出来た。そんなことを考えながら地下階より上がり、料理長からサンドが詰まった荷籠を受け取ってゼパーネル邸を後にした。

目指すは海洋都市アマールの南海域、そこで 迷宮竜(ラビリンス・ドラゴン) を迎え撃ち、この一連の騒動に決着をつける。