作品タイトル不明
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マルタさんと俺の秘密の一部を共有した数日後、クルトメルガ王国第三王子、アーク・クルトメルガの成人を祝う式典が王城でしめやかに執り行われた。
式典に参加できるのは爵位を持つ貴族のみ、この日ばかりはゼパーネル永世名誉宰相も屋敷ではなく王城に入り、式典に参加した。
そして――式典の終わりに際し、特別にアシュリー・ゼパーネルが会場に呼ばれ、ゼパーネル宰相より現国王並び王侯貴族たちへ、彼女が次期当主に選定されたことが告げられたという。
その日の夕刻、王都の都民たちにより至るところでアーク王子の生誕と成人を祝う宴が行われ、第一区域に建つ大舞踏会場――フライハイトには、続々と王国の有力者たち、そして王侯貴族たちが集まってきていた。
『ベッテン伯爵夫妻が到着したぞ!』
『表へ人を回せ! 馬車が詰まりだしているぞ』
『祝いの品をお預かりして控室に運んでおいてくれ、名札をかけ間違えるんじゃないぞ!』
『おいおい、ここは会場じゃねぇぞ?』
『マリーダ商会からシャフーワインの追加届きましたっ!』
『リーダぁ―! ここにいるのは従業員ばかりっす!』
『メイドたちに食前酒として運ばせろ、飲ませすぎるなよ!』
『そうでさぁ! 早く会場に入って料理を食べましょうよぉ!』
『ヤミガサ商会が持ってきた大型家具は箱のまま奥へ入れておけ、どうせ会場では開封できん!』
『おぅ! いくぞおめぇら!』
俺はフライハイトの裏手納品口より中に入り、マルタさんと共にシャフーワインやアーク王子の贈り物の納め、検品作業に立ち会っている。
シャフーワインは数日前に一度納品してあるのだが、今夜の晩餐会で出されると決まるや否や、地方から王都へとやってくる有力者や貴族からの問い合わせが多数集まり、お土産用もかねてより多くの納品を求められていた。
「果実酒の確認は終わりました。続いて『大黒屋』シュバルツ殿の贈り物ですが、中身は?」
「中身はオルランド大陸の外より特別に取り寄せた異国のケーキです。料理長にはすでに話を通してありますので、食材貯蔵庫へ置かせていただきます」
「念のため、中を見させていただいても?」
「えぇ、もちろん。ですが、毒見は後でお願いしますよ」
検品にはフライハイトの従業員のほか、中央騎士団に監視されながらの作業となった。
ケーキの納品自体は滞りなくいきそうだが、集音センサーが捉えてくる音、視界に浮かぶマップに映る光点の動きは正に戦争だ。
続々と入場してくる貴族たちの案内や、晩餐会が始まる前の対応に追われているのがよく判る。その戦場に迷い客まで入り込んでいるのは、ご愛敬といったところだろうか。
商人として仕事を終えた次は、アシュリーの付き添いとして晩餐会に参加だ。マルタさんはマリーダさんを迎えに商館へと戻り、俺はフライハイトの更衣室にスペースを借りて衣装を変更することにした。
シュバルツとして正装が必要なパーティーに出席するのは初めてだが、シャフトの時と同様にアバターカスタマイズからテールコートに白いベストを選択し、準備を進める。
テールコートのデザインはシャフトの時とは僅かに変えてある。些細な違いでしかないのであまり意味はないかもしれないが、何度も見ているラピティリカ様の前に、全く同じ服で立つ勇気はなかった。
視界に表示されている時刻をチェック――そろそろ良い時間だと判断し、フライハイトの来賓控室へと移動を開始した。
ゼパーネル永世名誉宰相に挨拶し、アシュリーを迎えに行かねばならない。それに、宰相の付き添い役で来場しているシャルさんにもだ。
何度か中央騎士団の誰何に足を止められるも事前に話は通っているようで、大黒屋の名と商人ギルドのギルドカードを提示するだけで奥へと進む事が出来た。
武器や暗器などのチェックは最初の納品時に受けているし、このフライハイトの地下には大型の魔法陣が敷設されており、晩餐会がスタートする頃には会場内で魔法やスキルの発動を妨害する結界が張られるそうだ。
同じ魔法陣が王城の一部にも敷設してあり、大量の魔力・魔石を消費するため常時発動させられるものではないそうだが、緊急時や大きなパーティーでは発動させて会場内の安全を保つ。
だが、それでは会場を警備する側も魔法やスキルが使えないと思われがちだが、中央騎士団の正式鎧にはこの結界を無効化する細工が施されており、会場や王城内の防備は万全というわけだ。
すれ違う中央騎士団の騎士たちの鎧を見ながら、マルタさんから聞いたそんな話を思い出していた。
ゼパーネル家の貴賓室が見えてきた。扉前に建つ二人の護衛――“ 君影草(スズラン) ”の構成員だと思われる男たちに声を掛けた。
「『大黒屋』シュバルツです、アシュリー・ゼパーネルを迎えに来ました」
「少々お待ちを」
護衛の一人が貴賓室の中へ入り、俺が来たことを伝えるのが聞こえる。答える声は一つ、アシュリーの声だけ、ゼパーネル宰相とシャルさんが貴賓室にいないことはマップに映る光点の数でも判っていた。
「どうぞ、アシュリー様がお待ちです」
「ありがとう」
護衛に促され、貴賓室内へと入っていく。中は白を基調とした質素な部屋だったが、中央に置かれた丸テーブルと椅子には繊細で美しい細工が施されているのが見えた。
そして、向かい合うように置かれた一対の椅子にはアシュリーが座っている。
彼女は薄い青を基調としたイブニングドレスを身に纏っていた。赤金に煌く髪、そして首元には俺がプレゼントしたルビーのチョーカーネックレス。
いつにも増して綺麗だ――テーブルに置かれたティーカップを両手で包み込むように持ち、その中を見つめて俯いていた顔が上がる。
似合っているよ……とか、綺麗だよ……とか、思ったことを口にしようと声を発する直前、彼女の表情を――目を見た。
あぁ、なんて目を……今にも泣きそうじゃないか……。
「やぁ、アシュリー……これから晩餐会なのに、随分と酷い顔しているよ」
アシュリーからの返答はない。口元が少し動くが――声はない。
向かい合う椅子に座り、再び俯いた彼女の発する言葉を待つ。
長く続く沈黙――その意味には想像がついている。ゼパーネル家の正式な次期当主に選定されたことで、ゼパーネル宰相から色々と話を聞いたのだろう。たとえば……『魔抜け』の真実とかを……。
「俺のこと、ゼパーネル宰相に聞いたんだね」
その一言に、アシュリーの肩が震える。
「あの時……なの?」
やっと聞こえた声は、何を指し示しているのかを伏せた問い。何が? などとマヌケに聞き返すつもりはない。
「そう……あのゴブリンの巣穴に近い草原に、俺は落ちた」
この世界に落ちて、初めて目を覚ました草原。俺がこの世界に生まれ落ちた場所と言ってもいいのかもしれない。
「この世界に来て、最初にしたことがわたしを……」
「そういう事になるね」
「それからずっと――シュバルツには助けてもらってばかりね……」
空になっているカップから視線があがり、アシュリーの目が真っすぐに俺を捉える――。
何を気にしているのかと思えば……。
「俺がこの世界に落ちて、最初に決断した事が何か判る? 見知らぬ風景、どことも判らぬ場所、そして初めて見たゴブリンの姿――」
「え? ……元の世界へ……帰ること?」
「違うよ」
「じゃぁ……この世界にやって来た理由を知ること?」
「それも違う」
「ゴブリンから……逃げること?」
「その逆――君を、アシュリーを救うこと。それがこの世界に落ちた俺が最初に決断したこと」
「そんな……」
アシュリーは俺の答えに驚きの表情を見せ、肩の震えは腕から手へと伝わり、カップを掴む指にまで伝播していく。
「本当にわたしは、貴方に助けてもらってばかりね」
「そんなことはないさ……」
アシュリーの手を覆うように両手を伸ばし、震える手を包み込む。
「俺が――どれほど君の存在に助けられたか」
あの日――見知らぬ草原で目を覚ましてから今まで、アシュリーだけが俺と言う存在の本質を見続けてくれた。
シュバルツの時も――シャフトの時も――ヨーナの時も――俺がどんな姿であろうとも、一目で俺だと判ってくれていた。
自分を理解してくれる者の存在、それは何よりも尊いものだと思う。守るに値する、最も大切な人――。
「ううん――貴方を助けるのはこれからよ。だいじ――」
そこでアシュリーの言葉は切れ、手の震えも止まった。そして、悲壮な表情から僅かな微笑みへと変わり――。
「『だ……だい……じょうぶ、だいじょうぶ――』」
その一言は――あのゴブリンの巣穴で俺がアシュリーに掛けた“日本語”。その正しい意味なんて知らないはずなのに、彼女の心からの言葉に、俺も釣られて微笑んでしまう――。
「ゼパーネル家次期当主、アシュリー・ゼパーネルがここに誓うわ。貴方を――『魔抜け』を――いえ、『枉抜け』を私利私欲のために利用しようとするすべての貴族、商人、クランから貴方を守る」
「なら俺も誓うよ。シュバルツ・パウダーが――いや、俺の本当の名前……レン・サイトウがここに誓う。君を――全ての脅威、暴力、厄災から護ろう」
「レン……? ふふっ、よろしくね」
「あぁ、よろしく頼む――まずは今夜の晩餐会だ。君の付き添いを、しっかりと務め上げてみせるよ」