軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第159話 重責

俺とマリーは街中を歩いていき、ギーゼラさんの店の前に来た。

「ここね」

「案外、普通の店だな」

歴史があるって言ってたから大きかったりするのかと思っていたが、普通の町にある薬屋だ。

「こんなものでしょ。入るわよ」

俺達はマリーを先頭に店に入る。

店の中は所狭しと色々な薬が置いてあり、奥の受付には病院で見たギーゼラさんが座って書き物をしていた。

「いらっしゃい……ってあれ? 確か錬金術師協会の……」

ギーゼラさんが俺に気付いたので奥の受付に向かう。

「こんにちは。ちょっとよろしいでしょうか?」

「ええ。どうかしましたか?」

さて……

「その前に紹介します。こちらは私の姉弟子に当たり、錬金術師協会本部の薬品生成チームのリーダーを務めますハイデマリーです」

「はじめまして。ハイデマリー4級国家錬金術師です」

マリーが軽く頭を下げた。

「これはどうも……あの、錬金術師協会の本部のお偉いさんが一体どうしたんです?」

そう聞いてきたのでマリーをチラッと見る。

「ギーゼラさんでしたわね? 実は娘さんのマルティナさんのことで話があります」

マリーが一歩前に出た。

「娘がどうかしましたか?」

「マルティナさんは魔法使いとしてとんでもない資質を持っています」

「娘がですが? にわかに信じがたいです。学校でもそんなに成績は良くないですし」

あの物理を見ればな……

「それは座学です。わたくしが言っているのは実技の方です。マルティナさんの魔力は高く、さらには質がとんでもなく上質です。この国一番である王都の魔法学校に入れても五指に入ります」

「すみません……魔法のことには疎くて……マルティナがそんな魔力を持ってるとは意外です」

あの体たらくではな……

「資質は素晴らしいですし、情熱もあります。だからこそ、わたくしはあの子を弟子にしたいと思います」

「え? で、弟子ですか!? それはどういう……」

「わたくしが一から徹底的に鍛えます。何年かかっても必ずや国家錬金術師の資格を取らせますし、最低でも5級にはしてみせます」

資質的にはもっと上も目指せるが、あの学力ではどうだろうかね?

「ハ、ハァ? で、ですが、娘は学校がありますし、この地に住んでいます。王都のハイデマリーさんの弟子にはとても……」

「学校は辞めてもらいます。あんなところにいても時間の無駄ですし、王都の本部でわたくしの手伝いをしてもらいます。もちろん、生活の面倒は見ますし、不自由なことはさせません」

「そ、それは…………すみませんが、お受けできません」

断るのは予想がついていた。

「何故?」

「娘の意思があります」

「娘さんが頼んできましたよ。学校を辞めるから錬金術を教えてほしい、と」

間違ってはないが、微妙に違う気がする。

「はい? マルティナがそう言ったんですか?」

「はい」

「そんな……あの子がそんなことを……! なんで……」

ギーゼラさんがショックを受けている。

当然といえば、当然の反応だ。

「なんで? あなた、なんでって言いましたか?」

マリーの目が吊り上がった。

「マリー」

「お前は黙ってなさい!」

「ハァ……勝手にしろよ」

穏便にしてほしいのに。

「ギーゼラさん、あなたは娘の将来を考えていますか?」

「もちろんです! 娘のことを一番考えているのは私です!」

え? どこが?

いや、やはりこの人はすでに……

「わたくしの目にはあなたが娘さんの足を引っ張っているように見えますよ」

「そんなことありません!」

「ありますよ。皆、そう思っています」

思ってるけど、巻き込むなっての。

「何を根拠に!」

「お前、なんでマルティナが学校を辞めてまでわたくしの弟子になると言い出したかわかっていないんですね」

「え?」

「お前が不甲斐ないからだろ! 何だ、この店の薬!? 質の悪いものばかりじゃないの!」

あーあ、言っちゃった。

俺も店に入ってすぐにうわって思った。

「し、失礼ですっ!」

さすがにギーゼラさんも怒った。

「お前、薬師の免許は?」

「も、持ってません」

「それが違法なのはわかってる? 免許もない人間が薬の取引をしてもいいと?」

「まだ祖父の資格が使えます。特例で3年間はそれで店を維持できます」

薬師が亡くなってもその弟子が同じような技量を持っていると認められさえすれば、3年間は店を維持できる。

実際は持ってないけど、役所が同情して認めたんだろう。

「お前では3年だろうが5年だろうが資格は取れません。そんな余裕がないでしょう?」

「そ、それは……」

忙しすぎて勉強時間なんてないわな。

「この店はお前ではどうにもなりません。だからマルティナは自分がどうにかしようと考えたんです」

「マルティナが……」

「バカ親が……娘にいらない心配をさせるな。道を間違えるぞ」

マリーが低い声を出した。

「で、でも……」

「お前がこの店を続けて待っているのは破滅よ。それに将来ある娘を巻き込むな。無能は一人で沈め」

そこまで言う?

「っ! 私だってわかっています! でも、仕方がないでしょう! 私は本当に手伝いだけで何もさせてもらっていなかったんだから! 子供を育てるっていうのはそれだけ大変なんです!」

大変だろうなとは思う。

多分、子供がいない俺やマリーには想像できないことだろう。

「だから娘を破滅に連れていくと?」

「そ、それは……」

「娘はお前のものじゃなくてよ? 親なら娘の将来を考えなさい」

「だったらどうすればいいって言うのよ!」

やっぱりだ……

この人、もう冷静な判断ができていない。

テレーゼの一歩先を行ってしまっている。

「店を畳みなさい」

「何を……! この店は何百年と続いてきた歴史があるんです! 私の代で潰すわけにはいきません!」

葛藤が見える。

やはり歴史が重かったんだ。

「バカがっ! 店なんか何度でもやり直せるでしょ!!」

マリーがカウンターを叩いた。

「え?」

「今、このまま続けても破産し、何もかも終わってしまうでしょうが! それよりも娘の才能に賭け、再起を図るべきでしょ! 娘を高い授業料の魔法学校に通わせているくらいなら蓄えもあるし、この店だって借家じゃなくて持ち家でしょ! いくらでも再建できるじゃないの!」

「再建……?」

こんな誰しもが思いつくことすら頭になかったんだ。

この人、明らかに限界を超えている。

「そうよ。いつか立派な薬師になった娘が継いでくれることを祈って、娘に賭けるべきよ。少なくとも、今のお前がやるよりもずっと確率は高い。だからそれまで店を休業すればいいだけでしょ。皆、そう思っているわよ」

うん。

「休業……」

「ギーゼラさん、休んでください。あなた、働きすぎです。店が潰れる前にあなたが潰れますよ。もうその一歩手前まで来てます」

確実に鬱病だわ。

前に病院で話した時にあまりにも周りが見えていないからそう思ったが、すでに冷静な判断ができる状態じゃない。

そういう人間はどんなに辛くても、その先に破滅が待っていようとも、思考を放棄し、現状のままを選ぶ。

俺は前世でそういう人間を何人も見てきたのだ。

「そ、そう見えますか?」

「マリーはああ言いましたが、マルティナに店のことなんかわかりません。でも、あなたのことならわかります。だからウチに来たんです」

母親の様子がおかしかったんだろう。

マルティナが守りたかったのは店ではなく、母親だ。

「そ、そうですか……」

ギーゼラさんが椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げる。

その目に生気はない。

「ギーゼラさん……」

「私はね……薬のことなんかに興味ないんですよ……仕事も苦痛でしかない。ただ、死んだ父と夫が好きだった……それだけです」

これ、娘の跡を継ぎたいという言葉もプレッシャーになってるわ。

この店には歴史の他にも家族の想いが詰まっているんだ。

それが能力のないギーゼラさんを押し潰している。

「どっかのレストランでウェイトレスでもしたらどうです?」

「そっちの方が楽しいでしょうね……」

多分、この人も本当は穏やかで明るい性格だったんだろうな……

この町の住人らしく、優しくて明るく社交的。

明らかにそっち方面の職を選ぶべきだった。

「気楽に生きてください。店はいずれ娘さんがどうにかします。マリーも言いましたが、娘さんは確実に才能があります」

「娘に重荷を背負わせるわけですか?」

ネガティブだな。

「あなたが重荷と思うものでも他の人はそう思いません。逆も然りです。未婚で子供のいない私達からしたら子供が重荷に見えます」

「可愛いんですよ? あの子のためなら死んでもいい」

「わかりましたから死なないでください」

冗談にもなっていない。

「店を畳む方向で商業ギルドに相談します……」

「そうした方が良いです。ですが、先に役所に相談してください」

絶対に役所を挟んだ方が良い。

生気がまるでないこの人を見れば商業ギルドが同情したのもよくわかる。

しかし、商人はあくまでも利益を追求する生き物なのだ。

「わかりました…………ハイデマリーさん」

「はい……」

「娘を頼みます。別に店のことなんか考えなくても良いし、娘が望んだ道を進んでくれればいいです」

ギーゼラさんは姿勢を正し、深々と頭を下げた。

「ギーゼラさん、それは今日、娘さんと話し合ってください。わたくしは娘さんに錬金術を教えますし、面倒を見ます。ですが、わたくしは娘さんの将来を決める人間ではありません。あなたと娘さんで話し合ってください。答えはすぐに出すものでもありませんから何度でも話し合ってください」

「はい……わかりました」

一応、これでいいのかな?

「……ジーク、支部に戻って、マルティナを帰らせて。わたくしはそれまでギーゼラさんについてます」

それがいいか。

「……わかった」

頷き、2人をこの場に残して店を出た。

そして、支部に帰るために夕焼けに染まる町中を歩いていく。

「大丈夫ですかね?」

支部に帰る道中にヘレンが聞いてくる。

「多分な。ギーゼラさんはマルティナと違い、薬師なんかになりたくないし、薬屋なんか継ぎたくないんだ。明らかに向いてないだろ」

薬のことに興味もないし、薬師になれる能力がないことは自分が一番わかっているはずだ。

あとは娘とハイデマリーに任せるだろう。

「それなのに頑張っていたんですね……それで心を病んでしまったんですか」

もし、前世ほどに医療が進んでいたら過労で病院に入院した時点でドクターストップだっただろうな。

この世界はまだ鬱に対する理解が遅いのだ。

「少し休ませれば大丈夫だと思う」

荷物さえ下ろせばいい。

重荷と思い、学校の成績が悪い娘に背負わせたくないと思っていた荷物だ。

「何が悪かったんですかね? お爺さん?」

「どうかな……跡取りだったマルティナの親父さんが亡くなり、娘のギーゼラさんは才能もなければ薬への興味もない。残るはマルティナだが、魔法の才はあったが、あれだからな……」

薬師の家だし、裕福なんだろう。

だから完全に努力を怠っていた。

あいつには必死さがなかったのだ。

だからあの点数……

「まだ学生さんですしね」

「マルティナの爺さんは店を閉めるか決めかねていたんだろう。マルティナがどういう風に育つのか、どういう道に行くのか……確かにマルティナには才能があるが、薬師も商売も簡単じゃないんだ」

本来なら進路を決める今年か来年にそういう話をしたかったんだろう。

しかし、病で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

そんなところだろう。

「もう大丈夫ですかね?」

「ああ。ハイデマリーに頼んだんだ。あいつなら上手くやる」

薬のことにも商売のことにも詳しい錬金術師だし、ちゃんと弟子の指導もできるだろう。

「なら良かったです」

「そうだな……」

ふう……

まさか自分のところの支部が危ないのに他所の店を気にかけることになるとは……

でもまあ、これで良いんだ。

今までならアホくさいと思って絶対にしなかっただろう。

いや、今でもアホくさいと思っているし、他所の薬屋なんか知らないと思っている。

そう……俺はエーリカみたいな100点満点の良い人になれないのだ。

でも、思いとは別に、行動くらいは良い人にならなければならない。

「やはり50点だな」

平均75点なら良判定だ。

目指すはそこ。

「何がですか?」

「なんでもない。さっさと帰ろう」

そのまま歩いていき、支部に戻る。

そして、マルティナに家に帰るように告げると、俺達も支部の戸締りをし、家に帰った。