軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

白雪の聖女 1

フリーダが私を見てる。それを肌で感じる。

彼女がなにを考えているかは明らかだ。だけど、彼女が口を開くより早く、目の前の光景に変化が起こった。私が降らせる白い雪が、瘴気を吸って黒く染まり始めたのだ。

「これは……黒い雪? なら、さっきのは見間違い? いえ、たしかに最初は白かった。だとしたら、ノエル皇妃殿下、貴女の黒雪の異名は――っ!」

フリーダが黒雪の由来に気が付いた。その驚きと興奮に包まれた声を聞きながら、この空間を支配する濃密な瘴気を浄化していく。

瘴気の密度は、これまで浄化した瘴気溜まりの中でも圧倒的だ。

これを浄化するのは、さすがに骨が折れる。だけど、だからこそ、この瘴気溜まりを浄化すれば、そこに充てられていた聖女のリソースを他に回すことが出来る。

どれくらい時間が過ぎただろう? おそらくは五分は越えていない。

けれど、額から流れる汗が目に入って煩わしい。

それでも、私は一心不乱に浄化を続ける。

瘴気に染まった雪は、地面に落ちた端から雪解けのように消えていく。

新たな雪は灰色に留まるようになり、やがてはほとんど染まらなくなった。

「フリーダ、このくらいでいいかしら?」

「……え? あっ!? も、もう十分です! と言うかやりすぎです! 普通は聖女が十数人掛かりですが、ここまでは浄化しませんよ!」

「そう、なら十分ね……」

浄化を止めると、急に全身から力が抜けてよろめいた。それとほぼ同時、フリーダが「大丈夫ですか!?」と私の体を支えてくれる。

「疲れただけ。少し休めば大丈夫よ」

片手でもう片方の腕を抱き寄せ、荒い息を吐きながらも自分だけの力で立った。

それを見たフリーダがその身を震わせる。

「白い浄化の雪。これだけの浄化をたった一人やり遂げる聖力……やはり、貴女は」

フリーダは片膝を突くと、腰の剣を外して床に置く。

「白雪の聖女様、貴女の復活を心待ちにしておりました」

私を眩しそうに見上げながら、深紅の瞳から涙を流す。私を嫌っていたはずなのに、白雪の聖女だと分かった途端、その感情をかなぐり捨てた。

その変化が怖い。

次の瞬間、フリーダは床に置いた剣の刀身を半分ほど鞘から引き抜いて、それを自分の首元へと寄せた。

「ちょっと、なにをするつもり!?」

「自害です」

「――はあ!?」

「私は愚かにも、貴女が白雪の聖女様だと見抜けませんでした。そればかりか、数々の無礼を働いた。その罪は決して許されません。どうか、この命で償わせてください」

「待て待て、待ちなさい!」

冗談じゃない。

剣を奪おうと柄に手を掛ける。それに逆らう気はないのか、すんなりと奪うことが出来た。

「お手を煩わすまでもないと思いましたが、白雪の聖女様の手に掛かるなら本望です。どうかひと思いにやってください」

「殺すために剣を奪ったわけじゃないわよ!」

物騒なことを言わないでと叱りつける。

すると、彼女は飼い主に捨てられたワンコのようにシュンとなった。

……いくらなんでも変わりすぎじゃない?

私が白雪の聖女と知ったとき、彼女がどうなるかは気になっていた。

悔しさを滲ませながら私に仕えるのか、あるいは手の平をクルリと何事もなかったかのように仕えるのか、そのどちらかと思っていたら、想像以上に忠誠心が突き抜けている。

私はそれが怖い。

フリーダはたぶん、浄化をしたのが白雪でなくとも敬意を示してくれていたと思う。

少しは、私を認めるようになったかもしれない。

だけど、白雪の聖女だったという事実が、その可能性のすべてを塗り潰した。

アルベルト陛下も、私が白雪の聖女だとしれば同じようになるのだろう。

それは……やっぱり嫌だ。

「ねぇフリーダ、お願いがあるの」

「――っ。はい、なんなりとご命令ください!」

「なら、ここで見たことは秘密にして。私がこの六芒殿を浄化したことも、その際に白雪を使ったことも。私が白雪の聖女であることも、他の誰にも言わないで」

「え?」

フリーダがあからさまに狼狽えた。

「で、ですが、それでは陛下や他の六芒領主の態度がいまのままですよ?」

「いいの、それで。私は、黒雪の聖女として皆に認められたいから」

祈るように訴える。

「……認められたいなら、なおさら公表した方がいいのではありませんか?」

「そうね。でも、これはやりすぎでしょ?」

フリーダはさっきこう言った。普通は聖女が十数人掛かりでもここまで浄化しない、と。

それを成し遂げた。その事実を明らかにすれば、私はたしかに認められるだろう。

だけど、今回は明らかにやりすぎた。この後どうなるかも分からない。展開によっては、白雪の聖女と疑う者も現れるはずだ。私はそれを望まない。

なんて、理解してもらえないかもしれないけど。

「ノエル皇妃殿下の気持ち、よく分かります」

え? 分かってくれるの?

「白雪の聖女だから、という理由で無条件に認められるのが嫌なのですよね?」

「ええ、そうよ」

「分かります。私もいま、六芒領主だからではなく、一人の騎士としてノエル皇妃殿下に認められたい気持ちで一杯ですから」

「そっか……」

フリーダも同じなのね。

白雪の聖女を崇拝する彼女には反対されるかもしれない。そう思っていたから、これは嬉しい誤算よ。

「じゃあ秘密にしてね?」

「もちろんです。貴女が秘密にしろとおっしゃるのなら、決して誰にも話しません。必要なら、聖女の誓いでもなんでも使ってください」

びっくりした。

聖女の誓いというのは、聖女がその力を使い、女神に誓いを立てる儀式魔術の一種だ。

約束を守れば祝福を、約束を破れば罰が下る。

使用者と被使用者、どちらか一方、あるいは両方が誓いを立てることが出来る便利な代物ではあるけれど、こんなふうに、人になにかを強要するために使うのは正しい使い方じゃない。

「ありがとう。でも、約束を守ってくれるなら、聖女の誓いはしなくても大丈夫よ」

「信じてくださって、ありがとうございます。では、私も協力いたします。貴女が白雪の聖女様ではなく、ノエル皇妃殿下としてアルベルト陛下に愛してもらえるように!」

「――うぇ!? な、なにを言ってるのよ!」

「え? 白雪の聖女としてではなく、一人の女性として陛下に愛されたいのですよね?」

「ち、違うわよ!」

全力で訂正するけれど、フリーダは不思議そうに首を傾げた。

「でも、白雪の聖女として無条件で愛されるのが嫌なのですよね? それはつまり、ノエル皇妃殿下として、陛下に愛してもらいたいという意味なのでは?」

「いや、そうじゃなくて、私はただ認められたいだけなの」

「結婚相手に認められるのは、愛されると言うことと違うのですか?」

「ちがう……はずよ」

「そうですか?」

全力で否定しないとややこしいことになるのは目に見えている。だけど明確に否定する理由も見つからなくて、私は「もうなんでもいいわ」と溜め息交じりに頷いた。

「とにかく、私が白雪の聖女であることは秘密。それさえ護ってくれるならいいわ。それでこの話はおしまい。エルゼさんを救いに行ってあげなさい」

「……え?」

フリーダがびくりとその身を震わせた。

「なぜかは分からないけど、今月はこの場所を浄化しなくてよくなったでしょう? それだけの余力があれば、侵食病の兵士や、兵士の関係者、領民にだって治療を施すことが出来るはずよ」

もし足りないなら、もう一つ二つ、瘴気溜まりを浄化したっていい。私にその覚悟はある。

「まさか、ノエル皇妃殿下はそのために……っ」

「私はなにもしてないわ。でも、与えられた幸運は有効に使うべきでしょ?」

「このご恩は一生忘れません。ノエル皇妃殿下」

大粒の涙を零し、フリーダはその場で深く頭を下げた。