軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

燃え滓

「な――――何が起きたというのだ!?」

――――【魔神教団】の使徒であり、カイゼル帝国の宮廷魔術師であるヘリオ・ローバンは、目の前の惨状に愕然としていた。

というのも、少し前に、ヘリオは使徒としてカイゼル帝国に潜り込み、現帝王であるシェルド・ウォル・カイゼルをとある方法で操っており、着実に魔神の駒を準備していた。

だが、ある日突然、ヘリオの体から魔神の気配が消失したのである。

そのことに驚き、すぐにステータスや体を直接確認すると、体に刻まれていたはずの魔神の使徒である証が消え、完璧に体内から魔神の力が消えていたのだ。

今までそんなことは一度もなかったため、状況が把握できなかったヘリオは、すぐさま【魔神教団】のアジトまで向かった。

ただ、このアジトは本来神徒たちにしか立ち入ったことがなかった。

というのも、アジトのある場所が冥界であるため、特殊な技能を兼ね備えた人物でなければアジトに向かうことが難しかったのだ。

しかし、ヘリオは使徒でありながら冥界を移動できる数少ない存在だった。

とはいっても、そう簡単に移動できるわけではなく、ヘリオの異名にもなっている【幻魔】の真骨頂、幻影魔法で、冥界を騙しながら進み、アジトにたどり着いたのである。

「特に変わった様子はないが……」

転移魔法を使い、アジトに入ったヘリオだが、その段階では特別な異変は感じ取れなかった。

だが、魔神の座するであろう部屋を前にしたとき、本当ならば魔神による許可がなければ入室できないが、意を決して中に入り込んだ。

すると――――そこには奇妙な模様の空間が広がり、空中には壊れかけの宇宙や、砕けた地面の破片、崩れ落ちた台座など、悲惨な状況が広がっていたのである。

「い、一体何があったというのだ!? 神徒様は!? 魔神様は!?」

慌てて周囲を見渡すが、神徒や魔神どころか、人の気配すら感じ取れない。

「これは……」

『――――そこに、誰かいるのか?』

「!」

ヘリオが周囲を見渡していると、微かに声が聞こえてきた。

慌てて声の主を探すヘリオは、空中に漂う塵に気づく。

すると、その塵は徐々に集まり、やがて人の爪先ほどの大きさの、紫色の結晶体へと変化した。

結晶体は空中に浮かび上がると、弱々しく光る。

『くっ……この我が、このような……』

「まさか……魔神様ですか!?」

ヘリオは目の前の結晶体が、かつて絶大な力を誇っていた魔神だとはとても信じられなかった。

だが、一部とはいえ、魔神の力に触れたことのあるヘリオは、間違いなく目の前の結晶体から魔神の波動を感じていた。

すっかり小さな結晶体へと変貌してしまった魔神は、怪しく光りながら続ける。

『そうだ……我こそが魔神である』

「そ、そんな……そのお姿は一体どうされたというんですか……」

『不敬にも我に歯向かった神敵によるものだ……』

「し、神敵ですか?」

『……ああ。だが、まさかここまでの力を持っているとは……』

魔神は忌々し気にそう呟く。

そんな魔神の反応を見て、ヘリオは顔を青くした。

何故なら、己が信じていた神をこのような姿に変えられる者が存在していることが信じられなかったからだ。

「そ、その……神敵とやらはどこに……?」

『さあな……だが、我を完全に消滅させたと思い込んだまま、この場を去っていった』

魔神はそこまで語ると、愉快そうに笑う。

『ククク……だからこそ、我がこうして生きているとは夢にも思うまい』

「大丈夫、なのですか?」

『フン。我は魔神であるぞ? 少々意表を突かれる形とはなったが、まだ甘い。我を見くびり、己の力を過信した結果だ。苦肉の策であったが、この状況を生き延びるべく、我の気配を完全に消し、こうして生き延びた。ハハハ! 我をここまで弱体化させたステータスとやらも、我を見下していた神々も、我が生きていることを見抜けない間抜けよ!いずれ我を消滅させなかったこと、後悔させてやる』

憎悪に染まる魔神の声音に、ヘリオは背筋に冷たいものを感じた。

すると打って変わり、魔神は今後のことを語る。

『とはいえ、今すぐ我も動くわけにはいかん。今の状況を神々に知られれば、それこそ本当に消滅させられるだろう』

「で、ですが、どうするのですか?」

『業腹だが、再び力を蓄えるしかあるまい。ただし、以前より慎重に、だ。少しでも我の存在がバレれば、またヤツらは我を消滅させに来るだろう。しかし、息をひそめ、力を取り戻した後は……容赦はせん。その時点で、誰に知られることもなく、この世を消滅させよう』

狂気を孕んだ魔神の言葉に、ヘリオは打ち震えると、深く平伏する。

「こ、このヘリオ、魔神様にどこまでも従いまする!」

『うむ。神徒どもは消えたが……お前たち使徒が残っているからな。時間はかかるが、確実に、この世界を追い詰めてやろう……』

「は、ははぁ!」

再度深く平伏したヘリオは、あることを思い出す。

「お、恐れながら、魔神様。魔神様に一つご提案したいことがございます」

『なんだ?』

「実は――――」

ヘリオはふと頭に浮かんだことをそのまま伝えると、話を聞き終えた魔神は声を上げて笑った。

『ククク……ハハハハハ! そうか、その手があったか! 確かに、手っ取り早く力を取り戻すにはそれがよかろう。本来の我であれば、我の力に器が耐え切れぬだろうが……今は少しでも自衛手段が必要だ。一時的な仮宿としてちょうどよかろう』

「で、では?」

『うむ。お前の提案を受け入れよう』

「あ、ありがとうございます!」

ヘリオは深々と頭を下げると、魔神である結晶体を恐る恐る掬い上げた。

『さあ、使徒よ。早速動くとしよう』

「はっ!」

魔神とヘリオは、そのまま静かにアジトを後にする。

すると、魔神の気配が消えたことで、【魔神教団】の本拠地は完全に崩壊するのだった。

◆◇◆

ランゼさんに【魔神教団】の最後を伝えた俺たちは、ひとまず悩みの種が一つ消えたということで、一息ついていた。

とはいえ、これですべてが安心というわけではない。

全世界に迷惑をかけているという点では、【魔神教団】だけでなく、カイゼル帝国もいるのだ。

今のところこのウィンブルグ王国は攻められても防衛に成功しており、膠着状態が続いているが、いつ戦況が動くか分からない。

……神無月先輩たちもどうなっているのか気になるし、何とかして合流しないと……。

そう思っていた時だった。

「誠一君!」

「せいちゃん!」

「え? か、神無月先輩、あいりん!?」

「どうして名前の順番が神無月先輩からなんスか!?」

「いやそこぉ!?」

いきなり聞きなれた声がしたので、慌てて声の方に視線を向けると、そこにはルイエスが大勢を引き連れており、その中に神無月先輩たちの姿もあった。

しかも、神無月先輩とあいりんは俺より先に気づくと、ルイエスや他の兵士さんたちの制止を振り切って、俺の前に現れたのだ。

そのことに驚いていたのだが、あいりんは超どうでもいいことに腹を立てていた。

「そこって、ウチにとっては大切なことっスよ!?」

「ははは! 世渡くぅん! これが君と私の差だよ! そう、愛のね!」

「ムキー!」

「誰か! 誰か医者を連れてきてー!」

この二人の頭を診てあげて! 手遅れかもしれないけど!

てか、いつからこうなった!? どうして俺にここまで……。

相変わらずの二人のぶっ飛び加減に頭を抱えていると、呆気に取られていたランゼさんが正気に返る。

「お、おお。いきなりのことで固まっちまったが……お前さんらは誰だ?」

「陛下。こちら、どうやらカイゼル帝国の者から逃げてきた勇者らしく……」

ランゼさんの問いに答えたのは、翔太たちを案内していたルイエスだった。

しかも、よく確認すると、アグノスたちの姿も見える。い、いつの間に一緒になったんだ?

って、カイゼル帝国から逃げてきた?

ルイエスの言葉に驚いていると、神無月先輩が頷く。

「ああ。そこの方の言う通りでね。誠一君も知っての通り、私たちはカイゼル帝国に帰還命令が出され、君に一言告げる間もなくバーバドル魔法学園を立ち去ることになった。だが、その道中でカイゼル帝国の兵士たちの隙を突き、逃げ出したんだよ」

「そんなことが……」

「そして、その逃げてる道中に、そこのアグノス君たちとも合流したわけだ」

「兄貴! 久しぶりっす!」

「みんな久しぶりだね!」

アグノスたちも元気そうに挨拶してきたので、俺たちも一安心だった。

すると、何かに気づいたアルが、ブルードに問いかける。

「てか、ブルードはここにいていいのか? お前、カイゼル帝国の人間だろ?」

「……ああ。幸い、俺にとって大切な存在はここにいる。だから、もはや帝国に未練はない」

「ブルード様……」

そう語るブルードの傍には、見慣れないメイドさんの姿があった。

恐らく彼女が、ブルードにとって大切な人だったのだろう。

まあブルードは色々と複雑かもしれないが、本人が幸せなら、それが一番だ。

「それにしても、よく無事に逃げ切れましたね?」

「いや、このウィンブルグ王国に向かうのは正直賭けだった。まず、誠一君がどこにいるのかもよく分かっていなかったからね」

神無月先輩の言う通り、俺たちは最後に言葉を交わすこともできず、そのままバーバドル魔法学園で離ればなれになったのだ。

そのため、俺が普段ウィンブルグ王国にいることはアグノスたちも含めて、誰も知らなかっただろう。

「一応、カイゼル帝国の支配下に置かれていない国は調べていたんだ。それがこのウィンブルグ王国とヴァルシャ帝国で、このどちらかに向かい、匿ってもらうことが逃げるための条件だった」

「それで、ウィンブルグ王国を選んだと」

それはとても運がいい。

もしかしたら、世界が気を利かせて、虫の知らせ的なものを神無月先輩たちに送ったのかもしれないが、おかげでこうして再会することができたのだ。

そうじゃなくても、地理的にもウィンブルグ王国の方が近かったのかな?

のんきにそんなことを考える俺だったが、神無月先輩とあいりんは俺の予想を裏切った。

「いや、誠一君がこっちにいるから」

「そうっスね」

「なんで分かるの!?」

俺の居場所を伝えてないって話だったじゃん! それが何故!?

「誠一君のことは何でも知ってるよ」

「そうっスね」

「もうやだこの人たち!」

俺以上に人間離れしてんじゃん! どうして離れた位置から正確に俺を特定できるのさ!?

もしかして、この二人の方が俺のステータスや俺自身より、俺のこと知ってるんじゃね? 恐ろしすぎる。

すると、そんな俺たちのやり取りを見ていたランゼさんが、頬を引きつらせていた。

「な、なんていうか……誠一の仲間なんだなって感じがするぜ……」

「はい。さすがは師匠の学友です」

ルイエスはどこに納得してるの?

ますます頭を抱える俺に対し、翔太が疲れたように声をかけてきた。

「まあ……諦めろ。俺たちも神無月先輩がここまで酷いことになるとは思ってもなかったからよ……」

「だなぁ……この世界にきて、だいぶ神無月先輩の立ち位置も変わっちまったが、地球にいたころなら、こんな神無月先輩の姿なんて誰も想像できなかったろうぜ?」

賢治の言葉に、他の面々も深く頷いているが……そりゃあ知りたくないでしょうし、信じられねぇよ。

すると、あいりんは何かを思い出した様子で叫ぶ。

「あ! そうっス! 大事なことを忘れてたっス!」

「え?」

「せいちゃん、増えたっスよね!?」

「だから何で知ってるの!?」

俺が増えたって、本当に数時間前とかの話ですよ!?

もはや驚きを通り越して恐怖しか感じないでいると、神無月先輩が真面目な表情で頷く。

「当然だろう? 君のことだ。それに、君は増えれば増えるだけいい」

「何言ってんだ?」

もうダメだ、この人。遅すぎた。

神無月先輩たちの手遅れ具合に白目をむいていると、神無月先輩は続けた。

「まあ少し話がそれたが、君がウィンブルグ王国にいることは分かった。だからこそ、そこに向かって逃げていたのだが……私たちの逃亡に気づいた兵士たちが追って来てね。国境も間近というところまで迫ったのだが、追い詰められたんだ」

「え!? あ、もしかして、そこでルイエスたちに出会ったんですか?」

「いえ。私が彼らと合流したのは、そのあとでしょう。彼らの背後からカイゼル帝国の兵士が追ってくる気配は感じなかったので……」

どうやらルイエスが助けたわけでもないらしい。

ならどうやって切り抜けたんだろうか?

すると、翔太がいまだに信じられないといった様子で、その時のことを語った。

「それがさ。突然上空から巨大な斬撃が降ってきたんだよ」

「は?」

まったく予想していなかった答えに、俺はつい間抜けな表情を浮かべる。

いや、だって……斬撃が降って来るって何よ?

「信じられないかもしれねぇけどよ。翔太の言ってることは本当だぜ? いきなり上から斬撃が降って来て、俺たちとカイゼル帝国の間に巨大な溝を作っちまったんだよ」

「本当にすごかったよ! ズバーンって感じでさ! あんな風に大地が裂けるなんて、初めて見た!」

翔太の言葉を補足するように、賢治と美羽もそう言ってくるが……。

「ま、まあ異世界だし、空から斬撃が降って来ることもある……んですかね?」

「あるわけねぇだろ」

俺の言葉に、すかさずアルがツッコんだ。ですよねー。

じゃあそうなると、人為的なものになるわけだが……そんな巨大な斬撃を上から降らせるなんて、人間業じゃないし、そもそも理由が分からない。

結果的にその斬撃が神無月先輩たちの助けになったのでよかったが、もしその斬撃が神無月先輩たちを狙っているものだとしたら、相手は敵ということになる。

できれば相手の正体を知っておきたいんだが……そう思っていると、今までのやり取りを黙って見ていたサリアが、服を引っ張った。

「ねえ、誠一」

「ん? どうした?」

「その斬撃って、誠一のじゃない?」

「は? 俺の?」

思わずサリアの言葉に驚く俺。

だって、そんな斬撃を放った覚えがないのだ。

いや、さっき魔神と戦う中で、全力の一撃は放ったが、その斬撃がこの世界で繰り出されていたら、その時点で世界が消えてるはずだ。今までも全力を出そうとするたびに世界が悲鳴を上げる音を聞いていたからな。

だが、サリアは俺の攻撃だと確信しているようだった。

「うん、誠一の。ほら、夜王と戦った時に……」

「夜王? ……あ!」

そこまで言われて、俺はとある攻撃を思い出した。

以前にルーティアの父親であるゼファルさんを救うため、夜王と戦った際、夜王が夜の状況下では決して死なない無敵であり、しかも夜王のいた場所が常に夜だったこともあって、その空間を破壊するために少し力を入れて斬撃を放ったのだ。

だが実際はそこは閉ざされた空間ではなく、宇宙に繋がっており、その時は空間を斬り裂くことなく宇宙の彼方へ消えていったのだ。

あの後、斬撃のことなんてすっかり忘れていたが……まさか、ここでも『うっかり救世主』の称号が発動しているなんて思わないだろう。

しかし、それは俺だけだったようで、サリアたちは違ったようだ。

「あの時の攻撃が、神無月さんたちを救ったんだよ!」

「まあ、あれで終わりだとは思わなかったよな」

「当然です! なんせ主様の攻撃ですから!」

「……ん。でも、さすがにあそこからここまで届いていたのは予想外」

「そ、そうですね。でも、予想外でありながら、いざ聞くと自然と受け入れられちゃうのが不思議ですよね……」

嬉しいんだか、嬉しくないんだか、よく分かんない信頼ですね!

すると、俺の反応を見た神無月先輩が、目を光らせる。

「ふむ……どうやらあの斬撃は誠一君のものらしいね?」

「そ、そうみたいですね……」

「マジかよ……お前、この世界に来て、どうしちまったんだ?」

「俺が聞きたいよね!」

進化の実と相性が良かったってことなんですけども!

俺が困惑しながら頷くと、神無月先輩は何度も頷いた。

「そうかそうか。やはり君も私のことが大好きなんだな!」

「はい?」

「もう、せいちゃんったらぁ~。そんな遠回しな愛情表現じゃなくてもいいんスよぉ~?」

この二人はポジティブが過ぎる!

俺も前向きさに定評があるけど、この二人には勝てねぇよ!?

めちゃくちゃすぎる二人の言葉に呆れていると、ふとあることを思い出し、この際なので聞いてみることに。

「そういえば、話は変わるんですけど……皆さん、地球に帰りたいですか?」

『へ?』

俺の問いかけが予想外だったようで、翔太たちは気の抜けた表情を浮かべる。

「その、詳しい説明は難しいんですけど、どうやら地球に帰れるみたいで……もし帰りたいんなら、連れて帰りますよ?」

『……』

呆気にとられる翔太たちだが、徐々に俺の言葉の意味を理解し始め――――。

『ええええええええ!?』

驚愕の声を上げるのだった。