作品タイトル不明
233、強引な代官と現れた人物
代官の声が近くから聞こえて目を向けると、階段を下りてこちらまでやって来ていたようだ。少し後ろには牧場主だろう男性もいる。
「伝説の魔物が我が手に!!」
代官はよほど興奮しているのか、頬を紅潮させながら両手を広げて恍惚とした表情だ。マルティナたちのことなど目に入っていない様子で、シーサーペントに向かっていく。それを代官の護衛が慌てて追いかけた。
「あまり近づかれると危険では!?」
「もう死んでいるのなら問題ないだろう!? それよりも傷の様子を確認しなければ! これを子爵様に献上すればもっといい町の代官になれるぞ! いやっ、国に献上すれば爵位をもらえる可能性も……!」
代官はシーサーペントを完全に自分のものだと思っているようだ。倒したのはハルカたちなので、マルティナは少しモヤッとしてしまう。
「こういう場合はその領地を収める人のものになるのでしょうか……?」
マルティナの問いに答えてくれたのはソフィアンだ。
「いや、基本的に魔物は討伐した人がその所有権を有することが多いよ。もしくは領主やそれに類する者が所有権を得るとしても、討伐者には報酬などが与えられる」
つまり、代官がハルカたちを完全に無視した形で騒いでいるのは、当たり前のことではないということだ。大はしゃぎしている代官を微妙な表情で見つめていると、安全が確保されたことが分かったらしい町の人たちがマルティナたちの下に集まってくる。
「あの魔物、倒してくれたんだよな……?」
「マジでありがとう」
「旅の人たちか? 強いんだな!」
「助かったわ……!」
大勢から感謝を伝えられて、ハルカは嬉しそうな笑顔だ。それにマルティナは少しモヤモヤが晴れた気がした。
しかし、同時にハルカのことがこの町には届いてないことが明確になる。ハルカの戦闘を見たり、シーサーペントのような強い魔物を倒せることを知っても聖女様という言葉が誰からも出てこないということは、知らないのだろう。
そしておそらく、代官もハルカが聖女であることを知らない。シーサーペントを使って上に取り入る方法を考えるような男が、もしハルカの立場を知っていたら取り入ろうとしないはずがないのだ。少なくとも無視はないだろう。
「皆さんが無事で良かったです」
笑顔のハルカに町の人たちは感動の面持ちだ。
「姉ちゃん、強いしいい子すぎるだろ!」
「なんか凄い人なのか?」
「確かに服の質が良さそうだな」
そんな疑問にハルカがソフィアンへと視線を向けたところで、一人の男性が眉間に皺を寄せて言った。
「それにしても、代官様は何をやってるんだ? 恩人を放置して……」
「本当よね。感謝を伝える方が先でしょうに」
「何一人で盛り上がってるんだか」
次々と同調する人たちが現れて、代官に厳しい眼差しが向けられる。今のやり取りと牧場でのやり取りを考えると、代官はこの町で好かれてなさそうだ。むしろ嫌われてるのかもしれない。
「誰かあの自己中を呼んでこいよ」
「俺は嫌だぜ。文句言われるに決まってる」
「でもあの魔物を自分のものだと思ってるみたいよ? 恩人の皆さんが損するんじゃ……」
「確かに」
町の人たちは顔を見合わせて少し話し合うと、壮年の男性が前に出た。少し代官に近づいて、恐る恐る声をかける。
「あの、代官様……その魔物は、倒した旅の人たちのものではないですか?」
正論の問いに、代官はギロリと睨むように振り返った。
「……私の町に出た魔物なのだから、私のものに決まっているだろ? 私はこの町の代官なんだ。そんな簡単なことも分からないのか?」
「し、しかし、普通は討伐者に……」
「――分かった、そうだな。じゃあお前たち、この私に仕える栄誉を与えよう。つまりお前たちは私の部下だ。部下が倒した魔物は私のものに決まっているな?」
あまりにも強引すぎる話の展開に、壮年の男性では手に負えないようだ。マルティナもこういう場面でのやり取りは得意ではなく、この場で一番得意だろうソフィアンに視線を向けると――。
「私に任せてほしい」
そう言ったソフィアンは、隙のない綺麗な笑みを浮かべていた。笑顔なのに、背筋が冷たくなるような怖さを感じる。
マルティナが思わず一歩後退ると、同時にソフィアンは一歩前に出た。正論が通じなさそうな代官をどう攻めるのか、聖女一行であることを明かすのか。
ドキドキと話の行方を見守っていると――遠くから馬を駆るような音が聞こえ、全員の意識がそちらに向いた。音は街中から聞こえており、かなり急いでいる様子だ。
「誰でしょうか」
「分からないが、かなり馬に乗り慣れてるな」
ロランは馬の足音で分かるようだ。確かに騎士団が馬を駆る時の足音に似ていて、マルティナは納得した。
代官さえも訝しげな表情で町に続く道を見守る中――ついに馬を駆る数人が、海岸に姿を現した。一人は確実に貴族だろう服装をした、がっしりとした体格のいい男性だ。そしてその護衛だろう騎士が数人周りにいる。
「なんと、子爵様!」
代官の声で誰かはすぐに分かった。おそらくこの町を含めた領地を治める子爵だ。しかし、なぜここに来ているのか。シーサーペントの討伐はついさっき成し遂げられたところで、まだ情報がどこかに送られてもいないのだ。
子爵は声を上げた代官を見て、それからマルティナたち、特にハルカ、ディアスに視線を向けた。緊張の面持ちを見るに、子爵はその正体をよく知っているらしい。
馬から降りて、ハルカたちのところに歩き始めたところで――。
「ちょうどいいところに来てくださいました! 実はつい先ほどシーサーペントを討伐したのです! あの伝説の魔物ですよ!」
代官は子爵の動きを遮るように、興奮しながらそう言った。