軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

202、絶望と希望

竜のあまりにも強い咆哮に、ほとんどの者がその場に膝をついた。

「ひっ……りゅ、竜が!」

「こ、殺されるっ」

その圧倒的存在感の前には、もはや勝てるなどという幻想を抱くことさえ叶わなかったのだ。誰もが逃げることさえできていない。

マルティナも膝を突いてしまい、そのまま倒れそうになったところをロランとサシャに支えられた。しかし二人の腕も大きく震えている。

そんな中でカルデラ湖に目を向けると、しっかりと開いた二つの瞳がマルティナたちを見据えていた。その瞳に浮かんでいるのは、強い怒りだ。

マルティナは強い恐怖に晒されながらも、どうすれば良かったのだろうとキツく唇を噛み締めていた。

(私たちがここに来なければ、竜は目を覚まさなかったのかな……どうするのが正解だったんだろう)

色々と考えながらも、マルティナはなんとかハルカだけは助けなければいけないと震える体に力を入れて、近くで呆然と膝を突くハルカの下に向かった。

「おいっ、マルティナ!」

ロランたちに止められても、ハルカの下に向かう。そして、恐怖から涙を流しながらも必死に伝えた。

「ハルカ、本当に、ごめんっ。ハルカだけでも、逃げてっ」

この世界に無理やり呼んでしまったハルカをこの世界で死なせてしまうなど、絶対に避けなければならないのだ。マルティナはその一心だった。

(私が盾になってでも、ハルカを守って、そしたら竜から逃げられるかな。でも、帰還の魔法陣がまだ完成してない。これまでの研究成果は全て書き留めてあるから、あとはラフォレ様たちが……)

ハルカの安全だけを考えていたマルティナの頬を、ハルカが少し強めにバチンッと挟む。そんなハルカの行動に、マルティナは虚をつかれて少し涙が収まった。

「わたしに、皆を見殺しにしろって言うの? そんなのもう、無理だよ。この世界で出会った人たちだって、わたしにとって凄く凄く、大切だよ……?」

浅い息を吐きながら震える唇でそう言ったハルカは、下手な笑みを浮かべる。

「最後まで、皆で足掻こう。ほら、わたしは聖女なんでしょ? 竜も倒せるかも……ね?」

覚悟を決めたようなハルカにマルティナは胸に強い痛みを感じたが、ここでまだ自分が泣き続けていてはハルカに申し訳ないと、必死に笑みを作った。

「うん。戦おう、か。頑張ろう」

自分に言い聞かせるようにそう言って、拳をキツく握りしめる。そんなマルティナたちの話を聞いていたロランとサシャ、さらにフローランたちハルカの護衛も覚悟を決めた表情で立ち上がった。

「どうせ逃げても、逃げ場なんてないもんな」

「最後まで戦ってやるっす」

「私はハルカさんの護衛ですから、最後までお守りするのは当然のことです」

さらにランバートも覚悟を決めた様子でニッと笑みを浮かべる。そして騎士たちに喝を入れるように叫んだ。

「ほらお前ら、騎士なら命尽きるまで戦うのみだ!」

「……は、はいっ!」

「も、もちろんです!」

竜に呑まれていた騎士たちも少しずつ恐怖心を克服し、また立ち上がり始めた。

マルティナたちが竜に対峙する覚悟を決めているうちに、竜はその巨大な翼を広げて――空に飛び立つ。

巨体がふわりと空に浮かぶ様は、夢でも見ているようだった。ブワッと翼を動かすごとに、大きな風切り音がする。

「構えろ! 全員最大威力の魔法を使え! 魔法を使えないやつは剣で竜を受け止めてみろ!」

「はっ!!」

「ここで倒せなきゃ俺たち人類に未来はないと思え!」

「はっ!!」

竜は宙に浮かんだあと、マルティナたちのことをじっと睨んだ。そして一直線にこちらへ飛翔し――全員が自分の命はこれで終わりだと覚悟を決めた、その瞬間。

なぜか竜が、動きを止めた。

「待て!」

突然竜から発されていた怒りが薄まり、それに気づいたランバートが素早く騎士たちを止める。マルティナやハルカも、その変化を敏感に感じ取っていた。

「……どうしたん、だろう」

「ずっと寝てたから、何か問題でもあるのかな……?」

もしかしたら生き残れるかもしれない。そんな微かな希望が全員の脳裏をよぎった時、聞きなれない声が響いた。

『そこの小さき女。お前は誰だ?』

その声は明らかに、目の前の竜から発されていて――。

「喋れる、の?」

マルティナはあまりの驚きに目を見開くことしかできなかった。誰もがマルティナと同じ状況の中で、また竜が問いかける。

『おい、聞いているのか?』

さらに問いかけられたことで、マルティナはハッと気づいた。竜が話している言葉は、魔法陣に使われている言語と同じものなのだ。竜が過去から現在まで生きていることを示すようだった。

つまり、この場でそれを理解できるのはマルティナしかいない。

『あ、あの、その言葉を理解できるのは私だけなんです。小さき女とは……誰のことですか?』

マルティナは緊張に震えながらも、必死に言葉を紡いだ。

この場に女性は少ないが、騎士にも数人いて、さらにマルティナとハルカもいる。そんな中で竜は少し不機嫌そうに言った。

『だからお前だ』

『お前とは……』

『今話しているだろう?』

『……え、私ですか?』

『そうだ。お前は誰だ? なぜ竜の匂いがする? しかもほんの微かなものだ。この世界の人間は憎いが同族ならば別である。しかし我は同族のいない別世界に縛りつけられていたはずであり、お前は同族にしては匂いが薄く……』

訳の分からない話になり、マルティナはかなり困惑した。しかし困惑したおかげで恐怖心はだいぶ減り、頭が回り始めた。

『えっと……ひとまず話し合いをしませんか? 何か理由があるのかもしれません』

戦闘が始まるよりは、話し合いができるならばその方が圧倒的に生き残れる可能性が高くなる。そう考えたマルティナの提案だったが、竜はあまり悩まずに了承した。

『分かった。そちらに行くので少し待て。他のやつらは動くんじゃないぞ』

その言葉を受けて、マルティナは慌ててリール語で今までの会話を伝えた。すると誰もが理解不能だという顔をしながらも、ひとまずすぐに殺されることはなさそうだと安堵する。

そんな中で竜がマルティナたちの頭上まで飛び……突然その姿を光らせた。するとみるみるうちにその姿が小さくなり――スタッとマルティナの目の前に降り立ったのは、背の高い美丈夫だった。